第三章⑩

「これは一体……?」

 セシエレは、惚けた声を出した。

 足下に倒れ伏す数人の男たちを、彼女は信じられないものを見るような顔つきで、睥睨している。彼らをこのような有様に追い込んだのは、ヴィニとセシエレだ。

 ヴィニが洋館の扉を斬り壊した直後、この男たちが襲ってきた。二人は彼らの奇襲を防ぎ、蹴り、殴り、切り伏せた。不意を突いたとは言え、二人を相手するには人数が足りなかったと言える。

 そして今、落ち着いて彼らをよくよく見てみれば、全員が同じ服を着ていた。それだけならば、さしたる問題ではない。

 問題は、彼らの服装だ。黒く威圧感のある軍服。それはどこからどう見ても、彼女の知っているものだったからだ。

「どういう、ことですか?」

 セシエレは呻く男たちの一人を、襟首を掴み無理矢理に起こす。状況が掴めない。何故、何故――問いたださねばならない。

「何故、あなた方はシェルレアン帝國軍の制服を着ているのですか? 答えなさい!」

 しかし、男は気を失ったままで、セシエレの詰問に答える様子はない。

 ヴィニが、セシエレの腕を掴み、首を横に振った。

「先にしなくちゃいけないことがある、早く嬢ちゃんを助けてやらないとな」

 ――そうだ。

 自分には、優先して成さねばならないことがある。

 セシエレは頷き、男から手を離した。ユリンカの居場所も聞きたかったが、目を覚ましそうにもない。

「申し訳ございません、お恥ずかしいところをお見せ致しました」

「俺に謝られても困るし、そういうのは後でいいだろう?」

 ヴィニはうなだれたセシエレの肩を叩き、先を促す。我に返り、セシエレは表情を引き締めた。

 改めて洋館内を観察してみれば、朽ちた外観に反して清掃が行き届いていた。腐って崩れ落ちそうな床も、補修されている。

「油断するなよ、こいつらだけとは限らないからな」

 一つ一つ、扉を開けて室内を確かめる。どの部屋にユリンカが監禁されているかもわからない。一階を全て調べ終わって、二階への階段に足をかける。

「妙だな。……静かすぎる。あいつらだけってわけじゃないのはわかっているんだが」

 入り口に配置された男たちの他に、それらしい気配はない。襲ってくる素振りもなかった。

「かませ犬? いや、それにしたって少数すぎる。効率が悪い」

 ヴィニは慎重に段を上がりながら、ぶつぶつと何事かを呟いていた。対してセシエレは、やはり入り口の男たちのことが、気になっていた。

「――何か……想像もつかない事態になっている?」

 主を誘拐した《銀月の死者》という組織も、存在そのものが不明瞭だ。拉致した理由ならば、彼女には理解できる。ただ、《銀月の死者》がどういう経緯で、もしくは誰を経由してあれを知ったのか――それが、彼女の大きな疑問。

 ――間違いなく、彼らが着ていたのは軍の制服。

 シェルレアン皇帝と、軍部は統括者が同一なようで、その実違う。シェルレスタの治安を司る《帝騎警》の元締めは皇帝だ。対して、帝國軍総帥は、《シェルレアンの六貴》が一家、ディエス家から輩出される。――最も、六貴から皇帝を選出する帝國の構造と伝統上、常に皇位はディエス家、ゴートニス家、セルトワ家の御三家で循環している。そして、現皇帝ガラン二世――ガラン・ナバル・ディエス・シェルレスタは、名が示す通りディエス家の人間だ。

 ガラン二世は、急進派のディエス家でも異端な日和見主義の皇帝として知られており、他国に戦争を仕掛けるようなことはしない。そのことは、武人一族から発展したディエス家では、目の上の瘤、といった扱いを受けている事情がある。

 そして、皇帝の実弟である帝國軍総帥イェスロ・タル・ディエスは、領土拡大を声高に訴える人物として有名だ。

「首謀者は軍部? でも、どうして? こんな回りくどいことを?」

 クーデターを起こすのであれば、セルトワの娘をかどわかすよりも、直接的に皇帝を排してチェバーク城を占拠した方が、効率がいい。失敗する目算が高いとしても、だ。周囲から固めていくにしろ、ルフェルトでもエルンストでもない、今は何ら力を持たないユリンカ・セルトワである必要がどこにあるのか。

「誰が首謀者だとしても、」

 ――いくら何でも、動きが急すぎる。

 セシエレは、嫌な予感を覚えた。自分の与り知らないところで、どろどろと巨大な力が蠢いているような、そんな戦慄。セルトワの娘を誘拐する、というだけでも事は重大であるにも関わらず、より大きな何か――。

 二階も、誰もいない。配置された兵も入り口だけ、というのは妙であった。

「後はここだけですね」

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