第三章

第三章①

 身体が、途方もなく熱い。

 ふわふわと空を浮いている感覚、どこが上か下かもわからない。

内側から引き裂かれてしまいそうな激痛に、荒い息が重なる。

戻っては失せ、沈んでは浮き上がってくる意識が、どうしようもなく鬱陶しかった。

「ルジェを見つけないことには、どうにもならないな」

 誰かの声が聞こえる。

 知らない人だ。医者か何かだろうか?

「ええ、ニコラには申し訳ないですが……今しばらく寝かしておくほかないでしょう。お嬢様がそろそろ屋敷に戻っている頃合いでしょうから」

 聞き覚えのある声――セシエレ様だ、と彼は思った。

 今話しかけなければ置いていかれる。一人ぼっちにされてしまう。

 話さないと。

「しかし参ったね、これが《エリクシール》でないとなると、打つ手がほとんど皆無になってしまう。何せ、俺は《ディナ・シー》だが《シェラー》だ。《誓呪》をどうこうなんて手立てがないからな。すまない、坊主」

 一人にしないで、と話さないと。

「……ですが、そうなると手がかりはあのルジェという男だけになってしまいます。その……」

 しかし、声が出ない。

 それどころか、額の熱に浮かされて目もはっきり見えない。

 耳だけは、いやに明瞭に外界の音を拾ってくる。

「それは心配いらない。俺がこの街にいるということはあいつも知るところになったからな。嬢ちゃんの部屋に戻ったら、詳しく話すよ。坊主に聞かせることじゃない」

「……ええ。では、そろそろ戻りましょう。――ニコラ、頑張るのよ」

 優しいセシエレの言葉――応えたいのに、思うように口も腕も動かない自分がもどかしかった。

 ふわり、と熱を持った額にひんやりとしたものが乗せられる。何なのかわかる前に、冷たく心地いいそれは遠ざけられた。

 扉がパタン、と静かに閉まる音。

 世界から、全ての音が已む。

 ――あ、れ……? セシエレ様? ユリンカ様? 神父様?

 取り残されたのだと絶望する前に、黒い雲がふんわりと自分の頭を包んでくれた。すぐに、真っ暗な帳に心が閉ざされていく。

 雨音が、近くで聞こえる。

 不意に痛みが和らいだ。

 唐突に訪れた兆候に、少年はぼんやりと目を開けた。

 全く知らない、初めて見る天井が迫っている。

 ――どこ、ここ?

 奇妙に、今までふわふわと浮いたままだった意識が、鮮明になっている。だが、疲労が溜まっているのか身体は動かせず、声も出ない。言葉を発そうとしても、ひゅうひゅうと息が漏れるだけだった。

 徐々に世界が輪郭を帯び――彼は、綺麗な銀色の月を見た。その月は不思議なことに二つあり、自分のすぐ傍らに浮いていた。

あまりの美しさに、少年はその双月を宝石のようだと思った。

ずっと見ていたい、眺めていたい――心が埋め尽くされる。

 それほど、美しかった。

「さぁ、目覚めようか、坊や」

 月をじっと眺める少年に、酷く優しい声が染み渡った。

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