第二章④
白銀の髪が、雷光を跳ね返す。
静寂の中で、瀕死の女の吐息だけが部屋の中を満たしていく。だがその苦しげな声には、何者も反応しない。セシエレは痺れそうになる舌を動かし、ヴィニ・ゲインズブールと思しき男に、言葉をぶつける。
男の身に纏った眩いばかりの白い外套は、髪の銀色に滲んでいるかのように、神聖な空気を漂わせている。近寄り難い、浮世離れした雰囲気を醸す。
「あなたはやはり――」
「――知っているのかい?」
男がゆっくり顔を上げ――セシエレはそのあまりの凄惨な表情に息を呑んだ。
無感情な面差しに、微かに溶け込んだ喜悦と憎悪――それのみが、男を華やかに彩っている。
「君は、あの男を知っているのかい?」
紡がれる声はあくまで静謐――あまりに平坦な問いかけに答えたのはセシエレではなかった。近付く何者かの気配、足音――
「よう、ルジェ」
セシエレは、ふっと身体が軽くなるのを感じた。
まるで、その闖入者に歪で濃厚な空気が霧散されたかのような錯覚すら、覚える。セシエレは反射的に扉の方を振り向き――絶句する。
闖入者――ヴィニ・ゲインズブールは、目を見開いているセシエレを見るなり苦笑し、肩をすくめた。
髪の色と長さ、瞳の色が微かに違うだけの二人の男が対峙する空間は、異様としか言いようがない。絶対的な違いは、彼らの身体を包む服装の色――黒と、白。
「まぁ、そりゃ驚くだろうね」
「久しぶりだね、ヴィニ。もう、会いたくはなかったけれど……いや、違うな。僕は君にとても焦がれていた、思い出したよ。――こんなところで君は何をしている?」
眩しい銀髪の男――ルジェは、セシエレに興味を失くしたのか、後退した彼女に何の反応も示さない。
煌く月の色に射抜かれたくすんだ月色は、飄々と視線を受けたまま動じない。
「そいつはこっちのセリフだな、ルジェ。君こそ、何をしている? 《ディナ・シー》の薬をばら撒いているのは、君か? ――いや、聞くまでもないな」
ヴィニの質問に答えたのはルジェではなく、建物を震わすほどの天の吼え声だ。
鳴り響いた雷鳴の間隙を縫いひるがえる白い外套――ルジェの身体が動く。滑るようにヴィニの懐内に現れた彼の手に握られていたのは、いつの間に抜かれていたのか――抜き身の剣だ。
儀式用の豪奢なそれは、標的の首を切り落とす手前で、刃に進路を阻まれる。
「腕を上げたじゃないか、ルジェ」
ヴィニは拮抗する刃を見、嬉しそうに笑う。
ルジェは応えず、返す刃で再びヴィニの首を狙い――そのまま、六合ほど打ち合う。響き合う刃の協奏は、何者かが割り込むのを許さない。半歩後退し、右横合いから斬り込むルジェの一撃を、ヴィニはあっさりと防ぎ切る。
「しっかりしてください、エレクトラ様!」
自由になるとセシエレはすぐに、倒れ臥している女性の許へ駆け寄り抱き起こし――息を呑んだ。
「――傷がない?」
エレクトラ・シモーヌと思しき女性の身体は、夥しい量の血溜まりに臥していた。だが、彼女を起こしたセシエレの目に映ったものは、傷一つない女性の身体だ。全身の毛穴から血が湧き出したような状態。
冷たく赤く濡れた手を取り、脈を計ると、セシエレは女性の身体を静かに横たえさせ、右拳を胸に当て目を閉じた。
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