『万病に効く薬』は存在しない
「ロボット……」
「ああ、そうか。この世界の人は知らないか……」
老爺の呼吸が安定し、峠を越えたことを確認した後、セドナは少し安堵した様子で向き直る。
「い、いや……。知ってるぜ……」
リオがそう少し畏れるような口調でつぶやいた。やれやれ、と心の中で思いながらもセドナは一応耳を傾ける。
「古代図書館に書かれていたのを見たことがある。……なんでも、数千年前に竜族すらをも従えた為政者、その種族こそが『ロボット』……。その力は金属から生命エネルギーを放出し……」
「人為的に作られた疑似的な生命体……言ってしまえば、ゴーレムの一種……かしら?」
だが、リオの妄言を黙らせるように、ロナがかぶせるように答えた。
全く、夢魔はなんで『古代図書館』だの言う施設の名前を好むのかね、とセドナは思った。
「……そうだけど……なんでわかったんだ?」
「最初に違和感を感じたのは、女王様の謁見の時よ。……あれだけ用意された媚薬が、まったく効かなかったのだから」
「え、そんなことしてたのかよ?」
セドナは驚いたように叫ぶ。
表面上『食事をとる』行為は取れるが、実際にはセドナには味覚も毒を感じる能力も無い。リオの腐敗したザワークラウト(のような残飯以下の物体)を食べることが出来たのも、それが理由だ。
「それに、山賊の奇襲に遭った時にあなただけ睡眠魔法にかからなかったでしょ? その癖、あなたは魔法が使えない。……それだけ情報がそろえば、あなたが人間……いえ、生物じゃないってことは何となく検討が付いたわ」
「参ったな……。やっぱり、人間のマネをするのは難しいな……。ま、もともと俺はスパイロボットじゃねえしな」
「……なんか信じられねえけど、要するに『作られた存在』ってことだよな?……もともとは、何のために作られたんだ?」
まだ、話の全てが呑み込めていないのだろう、リオは不思議そうに尋ねた。
「お年寄りの介護を目的に作られたんだよ。そもそも、ロボットが人間型をする必要がある理由なんて限られてるだろ?」
「確かにそうね。人間そっくりのゴーレムなんてめったに見ないもの」
遺跡の警護などに使用されているゴーレムで、純粋な人型をしていることは、この世界では稀である。その為、ロナも同意した。
「色々レクリエーションを考えるのが得意なのも、それが理由なんだ。だからさ、爺さんの相手をするの、楽しかったよ」
「そう、だったの……。夫と一緒に居てくれてありがとう、セドナ」
昔を懐かしむような口調でつぶやくセドナに、ロナは感謝の言葉を述べる。
「昔はってことは、転職したのか?」
「ハハハ、転職って言い方は少し違和感があるけどな。……俺たち『セドナ型ロボット』は、身体能力は人間と大差ないけど、核汚染や生物兵器……要するに致命的なダメージゾーンや疫病のことだな……の影響を受けないんだよ。お前だったらどう使う?」
「……そりゃ、古代兵器の保護だろ?」
的外れなリオの回答に、がくっとセドナはふらついた。
「どうやったら、そうなるんだよ……!傷病兵の救護や応急処置、そう言う仕事をやる『衛生兵』として徴発されてたんだよ、俺は。最低限の格闘が出来るのも、それが理由だよ」
「セドナって言う名前も、本来は固有名詞じゃなかったのね?」
「ああ。『セドナ型ロボット』は俺以外にもたくさん元の世界にいるよ」
そこまで言って、セドナはふう、と息をついた。
「……今まで黙ってて悪かったな。チャロを助けたら、俺はそのままこの国を出るよ……」
「なんでだよ?」
「だって、人間じゃないやつが近くに居るって嫌じゃないか?」
「いや、別に、なあ?」
「そうよ。あなたは仲間じゃない?」
リオとロナはこともなげに答える。
「……リオ、ロナ……」
「たとえ心を持たなくたって、俺たちは手を繋げる、だろ?」
「うえ、気持ち悪い!」
そのリオの発言に、ロナはわざとらしく吐くような演技を見せる。
「リオが良いこと言うなんて、明日は雪でも降るの?」
「なんだと、俺の言葉はいつも良いことだろうが!」
「ハハハ。……けど、ありがとな、二人とも」
「気にすんなよ。……で、これからどうする? ロナは?」
ロナは、忌々しげに薬を投げ捨てると、
「決まってるじゃない。チャロを助けに行くわ」
「へえ、意外だな」
「勘違いしないで。チャロのためじゃないわ。セドナに借りを返すためよ」
チャロとロナの仲は険悪だ。加えてエルフは『ヒューマニズム』を介さない。その為、この発言は本心だろう。
「アハハ、正直だな、ロナは」
「……じゃあ、早速明日ルチル姫に報告に行こう」
「ああ、きっとルチル姫なら兵を貸してくれるよな!それでちゃっちゃと解決できる……よな、セドナ?」
「……どうかしら」
不安そうに尋ねるリオに、ロナはそうつぶやいた。
そして数時間後。
明日に備えてリオは、老爺の近くの床で雑魚寝を初めていた。
「……ねえ、セドナ?」
「なんだよ」
「この薬……。やっぱり、人間を殺すためにわざと私にくれたのかな……?」
「どうだろうな。……けど俺は、そもそもあの薬は『万能薬』じゃなかったって思ってる」
「どうして、そう思えるの?」
「俺を見たらわかると思うけど、俺が転移する前の世界の医学は、ここよりずっと進んでいるんだよ。はっきり言うと、元の世界だと治るような病気にかかって死んでいった人をたくさん見てきた」
「……そうだったの……」
「……そんな俺の世界にも、内臓の病を簡単に治す『万能薬』なんてものはなかったからな。だから、気を悪くしたら悪いけど、ロナは詐欺に引っかかったんだと思う。……人間に副作用があったのは、偶然だと思うよ。そんなことしたらかたき討ちに来られるのは目に見えてるしな」
この世界には、まだ『迷信』の文化が根強く残っている。
その為、神話に出てくるような『万病に効く薬』の存在を鵜呑みにしてしまうものも少なくない。普段は冷静なロナも、夫の病気と知って、そのような存在に望みをかけたのだろう、とセドナは解釈した。
「そうなのね。……ごめんなさい。……ところで、チャロはあなたがロボットだってこと知ってるの?」
少し気まずくなった雰囲気を察したのか、ロナは話題を変えた。
「知らないはずだよ。そうじゃなきゃ、あんな風に俺を愛してくれるなんて……あり得ないだろ?」
「……ふうん」
その発言に、ロナはいつもの妖艶な笑みを浮かべた。
「まあいいわ。あの子の救出が終わったら、話したらどう?」
「そうだな……。まあ、もともと隠すつもりはなかったんだけど、言いだすタイミングが無くてな」
「そうしたら、今まで以上にあの子を愛してやりなさいよ? ……私もそうするから……」
「チャロと仲直りしてくれるのか?」
「バカ、そんなわけないじゃない。……夫のことを愛するって意味よ。……結局夫の病気を治す薬はなかったけど……その分、残った時間を大事にしたいから……」
ロナはそう言うと、寂しそうにしながら老爺のベッドにもぐりこんだ。
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