セドナの正体

チャロが奮戦している間にセドナ達は近くにあった馬車に何とか忍び込んだ。

馬車の中で息をひそめて夜を明かした翌朝、御者のドワーフに金を渡し、そのまま王国まで乗せていってもらうことにした。


「なあ、セドナ? チャロを助けに行かないのか?」

馬車が城門を抜けて安心したのか、リオはセドナに焦るような口調で尋ねてきた。

「いくら何でも二人じゃ無理だ。……伝書鳩を出すにも、ディエラ帝国の息がかかった施設を使うしかないからな……」

セドナは冷静に、そう答える。

「けど、チャロの奴が殺されてたりしたら……」

「大丈夫だ。行く時に、捕まるときに気を付けることを話しただろ? 向こうだって、チャロ一人のために無茶は出来ないはずだ」

「……なんでそう言い切れるんだよ!?」

「……今ここで処刑するより、もっと治安が悪くなった時のための『ストック』にする方が都合がいいからだよ」

「なんだよ、ストックって?」

「……民衆のガス抜きのための『スケープゴート』……とかな」

それを聞き、リオは顔を少し赤くしながら憤る。

「マジかよ、そんなひでーことする国があるのか?……けど、確かにそうだよな」

因みにセドナは、以前ルチル姫に謁見した帰りに、自分たちが『スケープゴート』になりかけていたことは、ロナから知らされていた。

受付で高圧的な態度だったことや、チャロの受験を邪魔したことも、セドナ達人間が弓士団に『合格してしまう』ことを防ぐためだったとも聞かされている。

ルチル姫を愛してやまないリオには、そのことを伝えるべきではない、と考えたセドナは、この発想に至った経緯は黙っておくことにした。


「ただ、チャロは助かるよ。向こうは致命的なミスをしたからな」

「なんだよ、それは?」

セドナは、リオに笑みを浮かべて答えた。


「……チャロに気を取られすぎて、お前を取り逃がしたってことだよ」


「…………」

それを聞いたリオは、また顔を赤くした。

だが、すぐに憂いを帯びたような表情を見せる。

「な、なんだよ、セドナ! お世辞はよせよ? ……分かってんだよ、俺だって」

「何がだよ?」

「……俺、魔法も力仕事も苦手だからさ。それにデスクワークもミスばっかりしてるし……。本当は、足でまどいだってことくらいは分かってるんだ。本当は、俺が捕まった方が……」

そんなリオの背中をバン、と叩いて笑った。

「バカだな、んな訳ねえだろ! お前にはいつも助けられてんだからさ!」

「……え?」

少し困惑した表情を向けるリオ。だが、セドナは笑顔で親指を背中越しにある帝国の方に向けた。

「チャロだって、リオのこと気に入ってるだろ? あいつ、気に入った奴にしか『キミ』ってつけないから、すぐわかるんだよ」

「……そういや、基本ロナ隊長には『あんた』呼ばわりだったな」

「だろ? ま、ロナとは仲良くなってほしいんだけどな……。 それに、リオにしか出来ないことがあるからな。それも頼みたいんだ。それは、本当に『リオにしか出来ないこと』だからな。お前が捕まってたら、その計画も台無しだったから、今言ったのは嘘じゃないんだよ」

「俺にしか出来ないこと?」

首をかしげるリオに、セドナは強くうなづいた。

「それについては、着いたら話すよ。頼りにしてるぜ、リオ?」

やや大げさに下唇を噛んでかっこよく発音するセドナを見て、リオも笑みを浮かべた。

それは、いつもの虚勢まじりの笑みではなく、使命感を帯びた表情だった。

「……ああ。ま、任せろよ! 勇者様のご期待にそえるように、やってやるからさ!」

そう言うと腕を組んでクールぶった表情で荷物に背中を預けながら、流し目をセドナに向けた。……やっぱりこの辺はいつものリオだった。


そして、翌日。

馬車が王国についたのは、深夜だった。

「はあ、それにしても時間がかかったな……」

リオは馬車から降りるなり、そう言ってはあ、とため息を漏らした。

「来る時よりだいぶ飛ばしてもらったんだけどな」

一刻の猶予を争う、と言う状況ではないが、時間が経てばたつほど状況が悪化するのは明らかだった。また、万一帝国側から追手が来ることも考慮すると、セドナは御者に割増料金を払い、馬速を速めてもらうしかなかった。

「早馬で来れれば良かったけど、高いし帝国の目をごまかして借りるのは無理だしな……」

「だな。……今日謁見に行っても多分会ってくれないだろうし、とりあえず、うちに行こうか? 飯ぐらいなら出すぞ?」

その発言に、リオは顔を輝かせた。

「お、マジかよ! うち、もう食べるものなかったからさ。ごちそうになるよ!」

「……けど、その前に爺さんのところに行かないか?」

「爺さん? ……あ!」

爺さんとは、ロナの妻のことである。

「謁見に行く前に、このことだけは伝えないといけないしな……」

「はあ、気が重いな……。なんで俺たちがそんなことすんだよ……」

リオは肩を落としながらも、セドナとともに家に足を進めた。


そして、セドナ達はロナの家に到着した。

「……あれ、起きてるのか?」

意外なことに、明かりはまだついていた。セドナはドアを軽くノックする。

「爺さん、いるのか?」

「なんじゃ? ……おお、セドナ! それと、ムリオ、だったか?」

「誰だよ、その名前は? リオだよ、リオ!」

「冗談じゃよ。……とにかく、二人とも入んなさい」

そう言うと、老爺はセドナ達を家に招き入れた。


「爺さん、こんな遅くまで起きてたのか?」

暗くて見づらいが、老爺の顔色はあまりよくない。

「ああ……ロナのことが気になるのもあるのじゃが……一番は、胸が痛くて、眠れなくてな……」

そう言いながら老人は胸をさすって見せた。

「胸が?」

「ああ。……どうも、もうワシも長くないのじゃろう。しょうがないことじゃがな」

「…………」

その老人の顔色は以前からあまりよくないことはセドナにも分かっていた。

おそらくずいぶん前から闘病生活を続けていたのだろうのだろう。

「なあセドナ……。本当に話すのか? あの話……」

「あ、ああ……。俺の方から話すよ……」

「ところで、おぬしたちは何しに来たんじゃ?確か、ロナと一緒に出ていったのじゃろう?」

「ああ。……そのことなんだけど……」


そう言って、セドナは経緯を説明した。

怒鳴られたり、取り乱したりするかと言う予想とは裏腹に、老爺は最後まで黙ってうなづいていた。


「そうか……。ロナは、帝国の内通者じゃったか……」

「ああ、多分爺さんと結婚したのも、もともとは国に入り込むためだったのかも、な……」

「じゃろうな……」

「思ったより、落ち着いてるんだな、ジジイ」

リオの遠慮ない発言に、老爺は憤りの帯びた声で怒鳴る。

「ジジイって言い方は無いじゃろ!……まあ、薄々分かっておったからな」

「そうだったのか?」

「わしはもう、この歳じゃろ?……ロナに迷惑ばかりかけてきたからな……。それなのに、あいつはずっとわしの傍にいてくれた。……スパイだったから、と勘繰ったのは一度や二度じゃないわい」

「…………」

「それに、たとえそうでも……。わしにとっては、ロナと過ごせた時間は幸せじゃった。……そう思うのは、わしの勝手じゃよ」

「爺さん……」

チャロの告白を思い出し、セドナは言葉を失う。

「ははは、そういう顔をするな。それより、今の発言は内緒じゃよ? ルチルの姫様に処刑されるかもしれんがな」

寂しげな、そして諦観を帯びた表情を見せつつも、過ぎた幸福をかみしめるような表情の老爺。

「……けど、俺はロナ隊長を許せねえよ……!」

それを見て、リオはロナへの怒りを隠せなかった。その時、後ろからあり得ないはずの声が聞こえた。


「……その二人の言う通りよ。……私は帝国のスパイだった」


「……? おい、空耳か?」

「いや、まさか……」

そう思って振り返ると、後ろに居たのはロナだった。

「なんでここに居るんだ?」

見ると、ロナの服装はボロボロで、あちこち擦り切れている。恐らく早馬を飛ばしてきたのだろう。

そして、その手には小さな袋が握られている。

ロナは、セドナからの質問には答えずに、老爺の方に強引に割り込んだ。そして、

「ロナ、どうして帰って……」

「ただいま、あなた。愛してるわ……」

そう言って、老爺に反論を許さないような強引なキスをした後、二人にも聞こえる声で口を開く。

「さっきのことだけど……。あなたたちが誤解してることが一つあるわ」

「誤解?」

「そう。私が帝国のスパイになったのは、数年前よ。……夫の病が発覚してから」

「え?」

「嘘だと思う?」

だが、セドナは首を振る。

「いや、わざわざこの段階で嘘をつく理由がない。……というか、ここに一人で来たってことは、狙いは俺たちじゃないんだろ?」

「だよな。俺たち二人に勝てると思ってんのかよ?」

「……確かにセドナと戦っても、勝てるかは分からないわね。そう、私がスパイをやってた理由は、これよ」

さりげなく『リオは戦力外』と言うことを言外に含みつつ、ロナは手に持っていた袋を出した。

「帝国にしか売っていない万病の薬『マイン』……。この薬を買うお金が必要だったのよ」

「万病の薬?」

セドナは警戒するような目を向けた。

「ええ。……夫の病気を治すために、帝国に情報を……そしてあなた達、特にチャロの情報を売ったのよ」

「……そんなことのために、王国を裏切ったのか、ロナは……」

「そんなこと? あなたの命より大事なのものなんてない! ……気に入らないなら、セドナに頼んで、私を殺してもいい。……けど、この薬だけは飲んで!」

普段冷静なロナが、これ以上ないほど強い口調で叫んだ。

目に涙を浮かべながら薬を老爺に渡すロナを見て、リオは口を開けなかった。

「……王国を裏切ったことは悲しいが……。すまんな、セドナ、リオ。……こう思うことを許しておくれ。……わしは、世界一の幸せ者だと思うことを……」

「……ああ、分かるよ……」

夢魔たちは情愛に人生のすべてをかける種族だ。その老爺の気持ちが痛いほど分かるのだろう。

リオは涙目でうなづいた。

だが、セドナは冷静な表情でそれを見ていた。

「とにかく、薬を頂こうかの。……これが何であっても、ワシはお前を愛しておるよ……」

「あなた……。とにかく、少しでも長く生きてくれるなら、それで私は良いわ……」

そう言いながら、老爺はゆっくりと、薬を飲んだ。


「……ど、どう、あなた?」

「…………」

しばらく黙っていた後、老爺は一言だけつぶやいた。

「……愛してるよ、ロナ。それと、ごめんな……ぐはっ!ぐほっ!」

そう言うと、急に老爺は激しくせき込み、そして……

「あなた、どうしたの……あなた、あなた?ちょっと、どうしたの?」

老爺はしばらくするとせき込む様子もなくなり、呼吸が止まった。


「いや……どうして! まさか、毒?」

「ロナ、あんた、やっぱり裏切って!」

リオは慌てた様子でロナに叫ぶ。だが、ロナは激しく狼狽した様子で首を振る。

「ち、違う!そ、そうだ、回復魔法を……!」

ロナは震える声で、回復魔法の詠唱を始めた。……だが、回復魔法は外傷にしか効果はない。まして動揺した状態でまともに魔法など唱えられるわけがない。

老爺の目は、開く様子が見られない。

「ど、どうして……。目を……開けてよ!なんで!開けてったら!」

「心室細動が起きたんだよ! どけ、ロナ!リオ!」

そう言うと、セドナはポケットからスタンガンを取り出した。

「なにすんだ、セドナ!?」

「お前たち、何を見ても、俺の邪魔をすんなよ!」

そう言うと、セドナはスタンガンを咥え、思いっきりかみ砕いた。

キン、と口の破片が飛んできた。……それは明らかに生物のものではない、金属片。

セドナの体からバチバチと火花が飛び始める。

「セドナ、お前、何やってんだよ……!」

リオが大声で叫ぶが、セドナは無視して両手を思いっきり引っ張った。

……セドナの両手は抜け、そこには四角い金属の棒があった。

「スタンガンの電圧を俺の体内で増幅させる!……一か八かだけど……!」

そう言うとセドナは目を見開き、両手についている金属棒を老人に押し当てる。

「頼む、効いてくれ!」

そして、電気を老爺に打ち込んだ。

びくん、と老爺の体が跳ねる。

「……ど、どうなの……」


おずおずと尋ねるロナ。セドナは、

「……ふう。とりあえず、蘇生した……みたいだな……」

安堵した様子で振り返った。

老爺は先ほどとは異なり、すうすうと静かに寝息を立てている。

「そ、そうなの……良かった……」

「な、なあ……、セドナ……。その……」

その様子を見たリオに、セドナは砕けた金属片を口内に戻しながら答える。

「……そうだな、隠すつもりはなかったんだけど、言わなきゃな。……今ので分かったと思うけど、俺は人間じゃない」

そして、ロナが顔を上げたタイミングで、つぶやいた。

「俺の正体は、衛生兵ロボット『セドナ型』……俺そのものが『転移物』なんだよ」

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