大捕り物から逃げるために
チャロはセドナ達と距離を取ったのを確認すると、カンテラを手近にいたエルフに投げつける。
「ぐわ!」
その悲鳴とともに、チャロの存在に気が付いたようだ。
「ほら、そこの兵士たち!逃げるのはもうやめるから、かかってきなよ!」
チャロは大声で叫び、兵士たちの注意を引き付ける。
そして上着を脱ぎ捨て、ノースリーブの肩を露出させた。
「居たぞ、あいつか!」
「囲め、囲め!」
雨脚はますます強くなり、足跡も足音もかき消されるほどの豪雨となっていた。
そして街灯の明かりが雨によって乱反射しながら、チャロの姿を美しく照らしていた。
周囲のエルフたちがチャロに気が付いたのか、近づいてきた。
(まずは第一段階、だね……)
心の中でチャロはつぶやいた。
普段長袖の服を好んで着るチャロが、上着を脱ぎ捨てたのは単に動きやすさを意識してではない。
セドナは、調査に向かう前にセドナから言われたことを思い出していた。
「いいか、万一エルフの兵士たちに囲まれることになった時に、絶対にやっちゃいけないことがある。分かるか、リオ?」
「安い挑発をすることだろ?」
「惜しいな。確かにそれもあまりお勧めしない。けど一番まずいのは、相手に『死の恐怖』を与えることだ。そうすると、最悪捕縛される前に最強魔法の一撃でお陀仏ってことになる」
「じゃあ、武器を捨てるか、持ってないことをアピールするってこと?」
「そういうことだよ。ていうかリオ、お前その剣重くて振れないだろ?置いてった方が良いんじゃないか?」
「バカやろ、剣は男の命だぜ?手放すわけにはいかねえだろ!」
「私の場合は、どうすればいいの?」
「チャロは格闘技で戦うからな。けど、暗器の使用を一番向こうは恐れるだろうから、そでを出した方が良いだろうな」
チャロは近くに来たエルフの顎を掌底でかち上げる。
ひるんだすきに、エルフの肩を強引につかむと弓を奪い取り、そこを踏み台に屋根の上に上る。
「さあ、かかってきなよ!」
そして屋根の上で弓を真っ二つに叩き折ってみせた。
「舐めた真似を!……それなら……」
「よせ、魔法はやめろ!」
兵士が呪文の詠唱を始めた。だが、それを隊長と思しきエルフが制止した。
「なんで止めるんです、隊長!」
「ここは貴族のエリナ様の邸宅だぞ!流れ弾が部屋に入ったらまずい!弓矢も打つな!」
「くそっ! なめんじゃないわよ!」
兵士たちは、自らに強化魔法をかけ、屋根の上に上ってきた。
これもセドナの入れ知恵だ。
「で、陽動するときには、必ず屋根の上に飛び乗れ。それも、出来るだけでっかい家にだ」
「なんで?」
「エルフの攻撃で一番怖いのは魔法攻撃、次に弓矢の攻撃だ。一対一なら何とかなるが、集団から狙われたら勝ち目がない」
「ふ……俺ならそんな攻撃、すべて避けられるけどな」
「嘘ばっか。この間ロナにコテンパンにやられたの、知らないと思ってるの?」
「ぐ……チャロ、そんなことはよく覚えてるんだな……」
「けど、その二つには共通の弱点がある。……手を離れた後、制御できない点だ」
「それが何かまずいの?」
「ああ。『壊しちゃいけない建物』『当てちゃいけない相手』がいる場合、エルフたちは魔法も弓矢も使えないってわけだ。だから、金持ちの邸宅の上が籠城戦にはうってつけってわけさ」
(セドナ、やっぱりキミは凄いな……)
心の中でそう感心しながらも、エルフたちが屋根に上って来たのに気が付いた。
「さあ、来なよ!」
その声に呼応するかのようにエルフたちが襲い掛かってくる。
強化魔法による身体能力の強化幅は人間のそれより大きい。
「うわっ!」
「くそっ!」
だが、この豪雨によって足元が滑りやすい状況では、却ってその強化に体がついていかず、バランスを崩すエルフが続出した。
自らの身体を操る能力そのものが高くないと、このような場所では強化魔法は逆効果となる。
「であ!」
それでも何人かのエルフは何とか重心を保ち、こちらに襲ってきた。
短剣を振るエルフ。チャロはそれをよけずにガシッと両手でつかむ。そして、腰から背中をエルフに押し付ける形で入り込み、思いっきり投げ飛ばす。
「わあああああ!」
「あぶねえ、大丈夫か?」
体重の軽いエルフはそのまま屋根から放り投げられ、下に居た兵士に受け止められた。
チャロはその勢いのまま敵兵の中央に飛び込み、
「てあ!」
強烈なハイキックを顎に見舞う。
「く……なんて強さだ……ん?」
(よし、良い調子……)
敵兵たちは、周囲の異変に気が付いた。
周囲の家々の窓が明るくなり一、そこから住民たちが覗き始めたのだ。
住民たちは好機の入り混じった目でチャロを見ている。
その目には、憎しみや怒りではなく、どこかスポーツを観戦するような期待を帯びている。
「そして、次に大事なのはとにかく『大技』を決めていくことだ」
「大技?」
「そう、威力が高く見栄えのする技……。もちろん、相手を殺してしまうようなのはだめだけどな」
「つまり、俺の必殺技『狼龍雷豪破』みたいな技ってことだな?」
「その技、前見たけど、ただドタバタ走り回りながら剣をぶんぶん振り回すだけじゃん。レイピアを振り回してどうすんのさ」
「ち、ちげーよ!あれは、締めに必要な予備動作だって!あれが終わった後に地面を引き裂く必殺の一撃を打ち込むんだって!」
「レイピアで『引き裂く』ってどうやんの? それに、それが本当でも、あんな隙だらけの技、簡単に破られるよ。というか、発動中に逃げられるのが落ちでしょ?」
「ハハハ、まあその辺にしておけよ。とにかくそうやって見栄えのする『大技』を見せれば、やじ馬が集まるだろ?しかもこっちは素手だ。ますます敵兵はこっちを殺すわけにもいかないし、取り逃すわけにもいかないってわけだよ」
なるほど、セドナの言う通りだった。
敵兵たちは次々に屋根に上ってくる。先ほどとは比べものにならない人数だ。
「さて……。そろそろセドナ達は逃げたころかな……。けど、この調子なら……」
西側から上ってくる兵士たちの動きが遅いのをチャロは見逃さなかった。あそこだけ、訓練の浅い新兵なのだろう。
(……よし! 私も脱出できるかも……!)
そう思ったチャロは、西に居た兵士に突進した。だが、
「え……?」
突然全身から力を抜けるのを感じた。この感覚は前にも感じたことがある。
……強化呪文の解除だ。
緊張とプレッシャーも相まって、チャロはがくり、と膝をついた。
「……まさか……」
「ふう……あなたの目ざとさなら、絶対にこっちに来ると思っていたわよ」
聞き覚えのある声が、チャロの頭上から聞こえてきた。
「あんた……ロナ?」
ロナだ。まだ少しふらつくのか、体を近くのドワーフ兵に支えてもらいながら、こちらにやってきた。
「そうか……。入隊試験の時もあんたが邪魔したんだね……」
「ええ。……人間が弓士団に入ったら、いつかはこうなると思ってたもの……」
ロナはどこか寂しそうな表情を見せた。
チャロは、それでもロナを睨みつけながら、ぐっと拳を握った。
「けど、魔法なしでもあんたくらいならぶっ飛ばせるよ?」
「そうね。けど……」
ロナはポケットから金属製の小筒を取り出した。手元にはクロスボウにとりついているような引き金。
筒先を空に向けて引き金を引くと、パアン……と音がした。
「……雨の日でも金属弾を打てる、この魔筒……。この『転移物』は知ってるかしら?」
「く……」
いつかセドナから『拳銃』という存在について聞かされたことがある。目の前にあるものがそれだということは、チャロにも理解できた。
この闇夜で手元が十分に見えない中『拳銃』から打ち出される弾丸を見切るのは、さすがのチャロでも不可能だ。
「分かった。……降伏するよ」
チャロは抵抗を止め、両手を挙げた。
それを見たロナは拳銃をドワーフ兵に預けると、チャロに近づき周りに聞こえない程度の声でつぶやいた。
「……あの時はルチル姫の『策略』からあなた達を守るためだったけど……。今回は違うわ」
そして、今度は周囲に聞こえる声で叫んだ。
「みんな、この子は『天才』よ。言わなくても分かると思うけど」
ロナの発言に周囲のエルフたちはみな頷き、呪文の詠唱を始めた。
「ちょっと、何するのさ!」
すると、近くに居た兵士の手に持っていた縄が動き出し、チャロの体を縛り上げた。
「さあ、立て! 人間の癖に、ずいぶんやってくれたな!」
そして術者と思われるエルフが高圧的な口調で命令してきた。
因みに、ディエラ帝国にはエルフの兵士と、僅かなドワーフ兵しか所属していないことはチャロにも見て取れた。人間・夢魔と言った種族が兵士に入るのは、それほど珍しいことなのだろう。
チャロは立ち上がりながらも、ロナに叫んだ。
「あんた、なんで裏切ったんだよ!」
「……それは、ひ、み、つ」
ロナは振り返ることなく、そう言い残し去っていった。
唯一分かったのは、その震えるような声色から、本意ではないということだけだった。
これ以上尋ねても意味が無いと判断したチャロは、近くに居た兵士に訊ねた。
「もう抵抗しないから教えて。私はどうなるのか聞いていい?」
兵士はチャロに蹴られたであろう顎を抑えながら、事務的な口調で答えた。
「知っている範囲で答える。まず、お前はスパイとして、収集した情報をすべて白状する義務を与えられる。隠し事をする場合、拷問の可能性もある。我が国の恥ずべき制度の一つだ」
口調とは裏腹に、個人的感情がこもっているのをチャロは感じ取った。だがあえてそこには突っ込まず、チャロは苦笑した。
「隠し事? 正直、情報を掴む前にあんたたちに捕まったんだけど? で、その後は?」
「お前たち『天才』は、確保された後陛下に引き渡すことになっている」
「その後は?」
「少なくとも『天才だから』という罪状で即日処刑されることはない。だが、お前たちが釈放されるところも見たことはない」
「つまり……」
「私にも分からぬ……すまんな」
「そう……」
そう言うと、兵士は口を閉じ、チャロの連行を続けた。
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