セドナの仲間たち

翌日。

「じゃあリオ。俺たちは謁見に向かうから頼んだぞ」

「ああ、任せとけよ! ……なんか、初めてまともに役に立てる気がして嬉しいな」

リオは『転移物』のボールペンを手に持ち、手紙にペンを走らせた。

「昨日考えた作戦……うまく行くかな?」

「……どうかしら。ただ、いい作戦だとは思うけど……。一番の難関は、ルチル姫があなたの案を採用するか、ね……」

「だよな……」


謁見の目的は、ロナが『帝国の内通者』であることの報告と、チャロの救援要請だ。ロナの立場を利用すれば、当日でも強引に謁見に入り込むことが可能なためだ。

『ロナが内通者であること』を王国側は当然感知していない。

そして、ディエラ帝国側は『ロナが内通者であることをセドナ達に知られた』ことを感知していない。

そのことを利用し『強引に謁見を行う』『ロナを二重スパイに、チャロの救援と通商破壊の証拠の入手を行う』という両方の難題をこなすのが、今回のアイデアだ。

なお、リオはすでに『ルチル姫からの協力を取り付けることに成功した』ことを前提に作戦を開始している。

「この作戦は、スピードが大事だな……」

「ええ。私が内通者なことをあなたたちが知ったことがバレたら……。きっと、証拠を消されてしまうわ。下手すれば、チャロも……」

「だな……」

そう言いながら、セドナ達は足を進めた。


「あれ! セドナ副隊長にロナ隊長! お戻りになりましたか?」

城内に入るなり、セドナ達は元隊員のドワーフに歓待の声を上げた。

「ああ、みんな。元気にしてたか?」

「……いや、全然でさあ」

ドワーフは、小声でつぶやいた。見たところ最近寝れていないのか、顔色があまり良くない。

「あれから、ほかの部隊で仕事をしていたんですが……。やっぱり、あっしら異種族はエルフたちには気に召さないようでね……。どいつもこいつも、嫌がらせを受けてるんでさあ」

そう言うドワーフも、手持ちの斧にひびが入っている。そのことをセドナが指摘すると、ドワーフは頭を抱えた。

「ああ……。目を離したすきに、やられちまったんでさあ。……ドワーフともあろうものが、手前の武器を壊されるなんざ、情けねえ……」

「ひでえな……。上官に報告はしたのか?」

「そりゃ、しましたよ。けど、『お前が壊した武器の責任をなすり付けるな』って言われたんでさ。他の連中も似たようなもんっすよ……サキュバス達はお気に入りのアクセサリーを隠されたし、あのインキュバスの坊主に至っては、仕事をさせてももらえていないんですからね……」

ため息交じりにドワーフは息をつくのを見て、セドナは同情の目を向ける。

「そうか……。大変だったんだな……」

「セドナ副隊長とロナ隊長だけでしたね。あっしらをまともに仲間と思ってくれるのは……」

「……そう、だったの……」

ロナはそれを聞いて胸を打たれるような表情を見せた。そもそも自分が『裏切り者』だったことを思ったためだろう。

セドナ達はドワーフに別れを告げ、謁見室に向かっていった。


「セドナ! 戻ってきたのですね!」

セドナにとって意外だったことは、謁見室に入るなりルチル姫が笑みを見せてきたことだ。

「はい。……セドナ、ただいま戻りました……」

「良かった。そのお顔を見せてくれる?」

「は……」

そう言いながらルチル姫はセドナの顔を舐めるように見回す。しばらくして、側近たちの目が気になったのか、顔をバッと話して咳払いをした。

「それで、首尾はどうでしたか?」

「はい。……ですが、その前にご報告しなければならないことがあります」


そう言って、セドナはロナが王国の情報を帝国に流していたこと、それが夫の治療費のためであったこと、そしてチャロが捕まったことを報告した。

ロナが内通者だったことは、ショックだったのだろう。ルチル姫は信じられないといった様子で、こちらを見据えていた。だが、それよりも衝撃的だったことは、

「まあ、あの人間どもと連れ添っていたなんて、見損なったわ!」

「本当です。ロナ様のこと、尊敬していたのに失望しましたわ!」

と、側近たちが汚いものを見るような目をしてきたことだった。

ルチル姫も、失望とまではいかないが驚愕の表情でこちらに訊ねてくる。

「……ロナ。あなたが裏切り者だということは分かりました。ですが、夫が人間というのは……本当ですの?」

「ええ、間違いありません」

「ディエラ帝国の命令で『仕方なく』人間と夫婦となり、『命令で』内通者として潜伏していた……と言うことでもなく、ですか? もしそうなら、あなたへの減刑も考えますわよ」


この発言は『人間と夫婦になっていたこと』は本意でないこと、更にロナが『やむを得ずに情報を横流ししていたこと』を信じたかったためだろう。

証拠はなく、うそをついても矛盾することはない。……だが、ロナは首を振り、まっすぐな目でルチル姫を見据えた。

「……申し訳ありません。私が王国を裏切ったのは夫への愛のため。……これだけは嘘をつけません」

「まあ! 王国を人間ごときのために裏切っておきながらその態度!」

「そうですね、次の処刑はあなたに決まりですわね!」

側近たちは、今までロナに見せていた敬意を一転させ、厳しい口調で言い放つ。

「……はい、言い訳はいたしません。……どうか、私をお裁きください……」

「ちょ、ちょっと待ってください!」

そこでセドナが割り込んだ。

「控えなさい、人間ごときが!」

「……いえ、セドナ。意見があるなら聞きましょう」

側近を制止し、ルチル姫はセドナの意見を訊ねた。


「ロナ隊長が内通者であったのは事実。これにより、我が国の通商は破壊され、国民は飢えています。その罪は消せないことでしょう」

「そんなことは、お前ごときが言わなくても分かっているわ!」

「……ですが、逆に言えば『通商破壊の証拠』に一番近いのがロナ隊長でもあります。そこで、この状況を利用し、動かぬ物的証拠を手に入れる、と言うのはいかがでしょう?」

「……なるほど。具体的にはどうするのです?」

「はい、その方法ですが……」


そう言いながら、セドナは昨日ロナと考えた作戦を口にした。


「いかがでしょう?」

だが、ルチル姫たちの反応は冷ややかなものだった。

「……かなり乱暴な方法ね。それに失敗のリスクが大きすぎますわね」

「……く……」

「そもそも、あなたの作戦はあの小娘の救出をメインに据えていますわ!」

「そうそう!本当は文書でなく、あの小娘の命を救うことしか考えていないのでしょう?」

側近のエルフは、そう吐き捨てるように言った。

「勘違いしているようですが、あなたたちは今現在、名目上とは言え除隊して居る身。……そんな『部外者の人間』のために軍を動かすなどすれば、国同士の問題に発展しますわ」

「…………」

その発言に、ルチル姫は口を挟まなかった。

セドナは、ルチル姫に詰め寄る。

「ちょっと待ってください! ルチル姫! どうか、軍を出す許可を……!」

「……セドナ。あなたにとって、そんなにチャロが大事なの?」

「当たり前じゃないですか! ……チャロは俺の命より大事な仲間です!」

「ふん……。幸せね、あの小娘は……」


もしルチル姫が人間であれば、これで情にほだされた可能性は高い。加えて、救うべき相手が『恋敵』であっても『人道的見地』から救出するという結論を出すことも十分に考えられた。

……だが、彼女はエルフである。

エルフの辞書には『ヒューマニズム』と言う言葉は無い。ルチル姫にとってチャロを救出することは『利敵行為』でしかない。


ルチル姫は嫉妬が織り交ざるような口調でつぶやく。

「セドナ、あなたの意見は検討の価値がありますわ」

「……そうですか、では……!」

一瞬顔をほころばせたが、次のルチル姫の発言に再び絶望する。

「ですが、この者たちのいうように、軍の関係者でもない『人間』に軍隊を出せないのは必定。……ロナを使って文書を奪う作戦は私たちの軍で行います」

「そんな、では、チャロは……?」

「しつこいわね。まだわからないのかしら?」

食い下がるセドナの態度に辟易したように、側近はつぶやく。

「は?」

「人間ごときに、エルフたちが危険に身をさらすなんて、ありえないのです!」

軽蔑を織り交ぜる口調で答える側近の発言に、セドナはうなだれた。

「セドナ、あなたにはロナの自白を引き出した報酬を与えましょう。……あなたの除隊を解きます。そして今後は私の近衛兵として、傍に仕えなさい」

ルチル姫のその発言も、セドナの耳には入らなかった。


……だが、その時ドアがバタン、と開いた。

「姫様! そりゃ、あんまりってもんですぜ!」

そこに居たのは、かつて自分の部下だった隊員たちだった。


「お前たち……」

「下がりなさい、ドワーフや夢魔ごときが、許可もなく謁見室に入るなんて!」

だが、側近たちの声を意にも介さず、ドワーフは話を続ける。

「人間がそんなに嫌なんですかい、姫様! そんなら、あっしらにチャロの奴の救出を命じてくれやせんかね!」

「……あなたたちが?」

「そうでさあ。あっしらも除隊して下せえ! そうすりゃ、仮に失敗しても王国にゃ、迷惑はかかんないんでしょうが!」

「そうよ! なんなら、もうそのまんま首にしてくれても構わないわよ!」

隣に居たサキュバスも、声を上げた。

彼女の眼の下にはクマがあり、しっぽは疲労のせいか、地面を引きずるように垂れていた。……彼女がエルフの隊員から嫌がらせを受けていたのは明白だった。

「そもそも、なんなのよあの配属は!女ばっかりの職場で、力仕事ばかりやらせて!」

因みに、サキュバスもインキュバス同様、力仕事が不得手であり同性を好まない特性を持っていることはこの世界では常識である。

「あっしらだってそうでさあ!書類の整理なんか文字の書けないあっしらには出来るわけねえでしょうが!」

ドワーフたちはそう不満を漏らした。彼らが文字の読み書きが出来ないことも、当然エルフたちは知っていたはずである。

「こんな軍に居るくらいなら、あっしらはセドナ副隊長についていきやす!」

「ぼ……僕もそうしたいです! セドナさんの下で働いているときが、一番楽しかったんですから……!」

インキュバスの少年も、強い口調で主張した。

「…………」

その発言を聞き、ルチル姫は少しため息をつくようなそぶりを見せ、

「……もしかしてあなた。意図的にかの者たちに向かない仕事を与えていたのではないですよね……?」

そう、右隣にいた側近に訊ねた。

この発言に、彼女は顔をこわばらせた。恐らく、図星だったのだろう

「ち、違います! あの者たちに向いてない仕事を与えたのではなく!……苦手な分野の仕事を与えることで、あえて成長を促したのです!」

「嘘つきやがれ!」

「う、嘘じゃありませんわ!」

「……はあ……」

これ以上彼女を追求しても、水掛け論になるのが落ちだろう。そう判断したためか、ルチル姫は少し逡巡した後に答える。

「……この話はいずれ、きっちりといたしましょう。……ところで、セドナ……」

「なんでしょう?」

「この作戦に必要な人数は、あなたたちの部隊だけで足りそうですの?」

「え?……あ、はい。大丈夫です」

「そうかしら? 王国に潜入するのに人手が足りなくないですか?」

「リオに『つて』があるので、そこを使います」

「……リオが?」

「ええ。彼は、頼りになる俺の右腕ですから」

「そう……」

そこまで聴き、ルチル姫は少し諦めたような、それでいてセドナをうらやむように見据えた。

「あなたは、いい仲間を持っていますわね……困った時に助けてくれる、素敵な仲間よね?」

最も、仮にドワーフたちの待遇がセドナの下に居た時よりも良かったら、彼らが力を貸してくれなかった可能性はある。

……皮肉なことだが、側近たちの嫌がらせが、セドナ達の絆を深めてしまったのだろう。

セドナはあえてそのことに触れずに、うなづいた。

「そうですね。ただ、一つだけ言わせてください」

「なにかしら?」

「姫様、あなたも俺の大事な仲間です。……俺をもう軍に復帰させないとしても……あなたを守る気持ちは変わりません。いつでもあなたを守ります」

屈託なく言うセドナに、ルチル姫は扇で顔を隠した。

「……恥ずかしいこと言わないでほしいですわ……! ……ともかく、そこまで言うなら、あなたたちは本日を持って除隊します!あなた達も、それなら文句ないでしょう?」

側近たちに対しても、ルチル姫は振り向いて答えた。

「え、ええ……。まあ、誇り高き弓士団に他種族が居なくなるのであれば……」

「それに勝ることはありませんわ……」

「てめえ、こっちが黙ってりゃ……!」

そう叫ぼうとするドワーフに、セドナは制止した。

「ありがとうございます。……ところで、あなた達には前から言おうと思ってたんですが……」

「な、なんですの?」

とっさに、二人の側近は身構えた。

さんざん悪口を言ってきた自分を攻撃する言葉を想像してのことだろう。

だが、セドナの質問は意外なものだった。

「あなた方のチェンバロの演奏、相当素敵なものだとお聞きしています。……どうでしょう? 今度、俺たちが開いてるパーティーの場で弾いてくれませんか?」

「あなたの、パーティー?」

「ええ。みんなでカリンバやバラライカを持ち寄って、演奏してるんですよ。あなたの曲なら、きっとみんな喜んでくれますから」

「私たちを招待……?あなた、私を嫌っていませんの?」

「なんで嫌うんですか? 俺は、ずっと二人とも友達になりたいと思ってましたよ」

セドナの表情に一切のはかりごとや二心はなかった。

どんなに自分につらく当たる相手でも『例外なく』愛することが出来るのは、セドナのようなロボットにしか出来ない芸当だ。

「……フン……人間ごときに私の演奏を聴かせるのは惜しいですわね……」

「……けど、考えておくわ」

「ええ。……では、失礼します。生きていれば、絶対に招待しますね?」

「では、失礼します」

「いつかまた、あまねく照らす満月の……下でつま弾く、友情の歌声(しらべ)……」

インキュバスの少年は、去り際に独り言のように短歌をつぶやいた。……少年と言えど、やはり『夢魔』の特性はあるようだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る