第17話 見据える先は

 戻るなり血相を変えたクリスに案内され、フリッツがその部屋を開けた時に見たものは、およそ彼が想像すらしていなかったものだった。

 主人であるアリシアが、ベッドに横たわっている。

 ほとんど万能にさえ思える彼女がこのような姿になっている。


「え……?」


 自然、呆然とした呟きが漏れた。


「アリシアさん?」


 フリッツはその声を、我ながら情けないと思った。


「何という声を出しているのです」


 一方、横のビットはそのフリッツに呆れた声をかけて、ベッドへと歩み寄る。


「アリシアさん。意識は?」

「……あるわよ」


 ビットの声に、アリシアが即座に反応する。その声は、フリッツが初めて聞く、どこかふてくされたものだった。

 イエスマンのはずのビットは容赦せず、言葉を続ける。


「それでは、どうでした?」


 何が、などとは尋ねない。それでも二人は確実に意志を通じ合っているのがわかる。

 キャラバンに参加してから、時折感じる疎外感。

 それを今も感じて、フリッツはわずかに眼を逸らした。


「完敗だったわ。わたしのプライドを粉々にされるくらいには。こうして生きていることを、含めてね」


 ぎり、と歯ぎしりの音さえ聞こえそうな、何かを押し殺した声が、アリシアから紡がれる。


「敵は、シウムよ。夢魔とのつながりはわからないけれど。それは調べればいいこと」


 シウム。自分の背後を取った相手。

 そのシウムは、アリシアをも打ち倒して、自分たちの敵となっている。

 果たして自分で勝てるだろうか? フリッツの心に不安と緊張がざわめきとなって響き渡る。

 思わず拳に力が入る。眼を閉じ、瞼の裏に浮かぶシウムに向けて、構えを取る。

 そこで、フリッツは視線に気づいた。

 にやにやと笑みを浮かべる二人と、何故か青ざめている一人の視線に。

 その視線の意味がわからず、フリッツがきょとん、としているとそれぞれが口を開いた。


「闘気をむき出しにして、やる気充分ね」

「流石は荒事担当、頼もしいですね」

「というか、出す前に一言言いなさいよ! びっくりしたわ……」


 言われて自分が何をしたのかをようやく理解し、フリッツは頬が熱くなるのを感じた。

 どう考えても自分らしくないその状態を、慌てて取り繕うとする。


「いや、これは……」

「でも、その闘気はしまっておきなさい」


 考えすらまとまっていない言い訳を口にしようとするが、それよりも早くアリシアが言葉をかぶせてきた。


「あの男への借りはわたしが返す。他でもない、わたし自身の、手でね」


 いまだベッドに身体を預けながらも、力のあるその言葉。

 フリッツは、初めて知った。

 アリシアは、カリスマもあるし腕も立つ。そして、頭もよく、意志も強い。

 それらを持ちあわせた商人が、彼女そのものだと思っていたが――

 すべてフリッツの偶像にすぎない。

 アリシアもまた、力を求める一人の人間であり。

 自らの腕と意志によって商人を選び、立つ。

 世界を旅する、自分となんら変わらない存在なのだと、初めて知った。


「癒しを、わたしに」


 アリシアは言葉と共に自ら生み出した光で、自らを包んだ。

 一瞬で光が消え、アリシアは立ち上がる。その姿は以前と変わらず、凛々しい。

 だが、フリッツには少しだけ近くなった気がした。

 もし、彼女を打ち倒したシウムを自分が、超えることができたなら――

 もう少しだけ、彼女に近づけるかもしれない。それは、フリッツにはとても魅力的なことだった。

 アリシアが見ているはずの、高みから見える景色を、見てみたいから。

 いつの間にか、フリッツの口元には強い笑みが浮かんでいたが。

 今度は誰も、茶化さなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る