第13話 戦いの予感

 翌朝、アリシアがビットを伴って領主テオドアに呼ばれたため、先に出発するわけにもいかず、中庭を当てもなく歩いていると、クリスがいた。流石に鎧姿ではなく、普段着であろう、比較的動きやすそうなドレスに身を包んでいる少女は、そうしているとやはりお姫様であった。


「おはよう、フリッツ」


 挨拶もごく自然で、そして上品なものだった。

 その今までとのギャップにフリッツは思わず口を滑らせる。


「うはー、別人」


「……」


 ピクリ、とクリスのこめかみがひきつったが、フリッツは特に気づいた様子もなく、朗らかに続ける。


「女は化けるんだねえ」

「……あなた、朝っぱらから喧嘩を……売って、いますの?」


 一瞬クリスの背後に青白いオーラが見えた気がしたが、一瞬で消えて、再びお姫様の喋り方となる。その中途半端な喋り方がフリッツには逆に怖かった。

 こっそりと心中で震えていたせいか、フリッツはクリスの視線の先にいる男の気配に気づかなかった。


「おはようございます、シウムさん」

「おはよう、クリス」


 挨拶が自身の背後から聞こえた事に驚愕しながら、フリッツは声の主へと振り向いた。

 そこにいたのは、二十歳すぎの男だった。背は長身のフリッツとほとんど変わらない。綺麗に整えられた黒髪がサラリ、と揺れ、穏やかな微笑を浮かべている。濃紺のシャツとベージュのパンツが細身の身体によく映えていた。

 いかにも貴族然とした容貌、という表現が相応しい。しかし、それだけではない、とフリッツは思っていた。

 身体は細身だが体重のかけ方はしっかりしており、腰に吊っている剣も儀礼用の細身のものではなく、幅広の実用的なものだった。恐らくは、しなやかな筋肉を全身にまとっているのだろう。

 そして何よりも、いくら気が逸れていたとはいえ、フリッツは自分が背後からの接近に気づかなかった事に驚愕していた。


「こちらは?」


 一方のシウムと呼ばれた男は、フリッツの緊張に気づいていないはずもないだろうに、ごく普通にクリスに紹介を求めた。

 クリスは二人の状態には気づかず、朗らかに応じる。


「こちらはフリッツさんです。道中で助けていただき、そのまま館まで護衛していただいた方の一人です」

「さらりと道中とか言わないように」


 その紹介に、シウムは僅かに苦笑するものの、すぐにフリッツへと微笑を向ける。


「はじめまして、シウムです。クリスとは従兄弟にあたります。クリスがお世話になったようで、ありがとうございます」


 さわやかな言葉にも、違和感がない。育ちの良さがにじみ出ていた。フリッツは気遅れしそうになりつつも、微笑で応じる。


「フリッツです。大したことはしていません」


 シウムに求められた握手に応じながら、フリッツは慎重に相手の様子を探った。

 どこにもおかしなところはない。

 ただ、漠然とした違和感だけがある。

 フリッツが胸中で首をひねっていると、シウムはそれでは、と軽く手をあげて、歩き去っていった。


「どうしたの? 真面目な顔しちゃって?」


 またうっかりと借りている猫が外れそうな口調で尋ねてきたクリスにも、フリッツは答えなかった。

 ただ、歩き去っていくシウムの姿を、ずっと追っていた。

 クリスはそんなフリッツの様子を訝しく思いながらも、フリッツの視線の先を理解して、ぽん、と手を叩いた。


「一目惚れ?」

「違う!」


 さすがにたまりかねて、ようやくフリッツは突っ込んだ。



 一方、テオドアに呼ばれたはずのアリシアと、ビットは――

 部屋に入るなり、大勢の兵士に槍を突きつけられていた。


「どういうことかしら?」


 アリシアは数十の穂先にも、まるで動じることなく、槍衾の奥に立つ人物に声をかけた。


「見てしまったようだな」


 領主テオドアは、アリシアに向かって、ただ告げた。


「見たからには、帰すわけにはいかん」


 テオドアが手を上げる。

 一拍遅れて、兵士たちが槍を突きこむ。

 そしてほぼ同時に、アリシアとビットが動いた――

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