第12話 お姫様を目覚めさせる、3つの方法

 アリシアにあてがわれた部屋へと戻った四人はそれぞれソファーへと腰を下ろした。


 ちなみにフリッツの部屋にはソファーはなかった。


 階級社会の現実を思い知ったような気がして、フリッツはちょっと落ち込んだ。


 だがもちろん、周囲はそんなことはお構いなしに話を続けていく。




「それで、何故大がかりなことができないの?」




 ソファーに深く持たれ、長い脚を組んだアリシアの姿は、いっそ妖艶であるとさえ言えた。しかし、口から紡がれた言葉は厳しく、目はクリスを射抜くように細められていた。




「そ、それは……」




 常にクリスに対して穏やかに――多少脅す事はあったが――接してきたアリシアの纏う雰囲気が一変している。それに押されるように、クリスは口籠った。




「何故?」




 しかし、アリシアは容赦しない。その外見とお客への接し方から、クリスのように誤解する者は少なくないが、アリシアは、決して穏やかなだけの人間ではない。


 若くしてビットとフリッツを従え、世界を歩き、商売で身を立てる。


 それだけの強さを持っている。


 だから、彼女は必要であれば威圧することも躊躇しない。それが一番適していると判断すれば、そうする。




「クリスティーナ=シェルフェリア」




 アリシアが、名前を読んだ。びくり、とクリスが怯えたように反応する。




「貴方はわたしに助力を求めた。けれど、片手間でやるには大きすぎる」




 圧力を伴った空気が、クリスを圧迫する。


 フリッツは、そこでようやく気づいた。


 クリスは、剣技はそれなりであり、男装して一人旅をするという無茶な行動力こそあるものの――本質的には、弱い。お姫様であるということに



「知っていることをすべて話しなさい。でなければ、この話はなかったことにさせてもらうわ」


「アリシアさん」




 流石に言い過ぎだと思い、フリッツは声をかけた。報酬さえもらえれば、動くこと自体に問題はないと思っていた。




「フリッツ」




 しかし、制止の声はビットからきた。


 全員が驚いて、ビットを見つめた。ビットは臆することもなく、口を開く。




「フリッツ。それからクリスさん。夢魔についてどれだけ知っていますか?」




 その質問に二人はそろって首を横に振った。ビットはそうですか、とうなずいて続ける。




「夢魔は魔族と呼ばれる種族の一種です。かつて神話の時代に争いに敗れ、毒素に侵されているとされる彼らの中で唯一、外見では人間とまったく区別がつきません。それだけに人間社会には最も多くいる魔族です」




 すらすらと述べるビットに、フリッツとクリスは目を丸くするが、ビットは気にも止めずになおも続ける。




「彼らは決して強い魔族ではありません。それでも、人間とは大きな開きがあります。ですから、彼らを相手にせずに事が解決するならば、それに越したことはないのです」




 最後の一文の意味がわからず、フリッツは疑問の視線を向けるが、ビットは話は終わりとばかりに口を閉ざした。


 その様子を見たアリシアが、苦笑を浮かべて付け加える。




「夢魔の眠りを覚ます方法は、三つあるわ」




 クリスの瞳が大きく見開かれ、再びアリシアへと視線が動く。


 アリシアは視線を受けても動じることもなく、続ける。




「一つは、自分の意志で夢魔の魔法を破ること。まあこれは人間にはほぼ不可能ね。もう一つは、さっきから言っている通り、大きな神殿で解呪の儀式を行うこと。それから、最後の一つが……」


 食い入るように見つめるクリスの視線に、真っ向から視線を返し、アリシアは告げる。


「最後の一つが、術者である夢魔を、殺すことよ」




 フリッツにも不可能と思える、その方法を。


 しかしクリスは、福音を受けたかのような表情で、頷いた。




「では……」


「自分の実力をわきまえなさい」




 期待を込めて何かを口にしようとするクリスを、アリシアはぴしゃりと封じた。




「え? 貴方たちは依頼を受けてくれないのですか?」


「わたし達は商人が本業よ。理由も聞かされずに、危険な方法を取るつもりはまったくないわ」




 クリスがすがるような視線を向けても、アリシアは取り合わない。当然といえば、当然であった。




「だから、情報を出しなさい。商人風情と、考えるのはもうやめなさい」


「……」




 ついに口にする言葉を失ったクリスに、アリシアは少しだけ微笑んで言った。




「わたし達はしばらくこの街で仕入れをするわ。その気になったら、また来なさい」




 その言葉を最後に、部屋に沈黙が満ちる。




「……はい」




 うつむいて、拳を震わせながら、絞り出すように答えたクリスが、やけにフリッツの脳裏に残った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る