第10話 眠り姫

 予想にたがわず、レアに焼かれて肉汁と血が滴るステーキをメインに、フルボディの真っ赤なワインを合わせた晩餐の席となった。


 それはいい。


 しかし拷問の様子を淡々と語るビットと、嬉しそうに、微に入り細に渡って様子を尋ねるテオドアの会話を横で聞かされるのは、予想以上に苦行だった。




「つ、疲れた……」




 そのためにフリッツは現在旅装束を解いて、袖なしのシャツと木綿のパンツという非常にラフな格好で、ただし金色の螺旋状の腕輪ははめたまま、対照的にきっちりと皺ひとつなく整えられたベッドへと身を投げ出していた。


 ベッドは打ちのめされたフリッツを癒すように、柔らかくその身体を受け止めてくれている。




「あー、もう寝てしまおうかな」




 脱力してそう呟くと、軽くアルコールが入っていることも手伝って、急速に瞼が重くなり始める。


 ほとんど夢の中へと突入準備を完了し、まどろんでいると、不意にドアの向こうから軽いノックと声がかかった。




「フリッツ、入るわよ」




 声の主はそう告げると、返事も待たずにドアを開けて、部屋へと入ってきた。


 フリッツの主人、アリシアであった。当然のようにビットも一緒である。




「行くわよ。恐らく危険はないけれど、外に出られる格好になりなさい」




 唐突な言葉だったが、フリッツは黙って頷いた。そのまま、アリシアが見ている事にも構わず背中を向ける。手早く部屋着を脱いで、いつもの服へと着替えていく。


 そして、気づいた。


 視線が三つ、あることに。


 ぎぎぎぎぎ、と油の切れたドアのような動きでフリッツが振り返ると、そこにはアリシアと、ビットと、それから、クリスがいた。


 顔を真っ赤にしている、この城のお姫様が。




「あんたねえ……」


「いや、一声かけてくれたら……」




 フリッツは無駄と思いつつも弁解を試みる。




「レディの前で何をしているのよ!」




 しかし、やっぱり無駄だった。


 綺麗に気持ちを切り替えると、景気よく爆発するお姫様を軽く無視して、フリッツは着替えを完了する。




「お待たせしました」


「では、行きましょうか」


「あまりグズグズしてられないから、行くわよ。クリス、案内して」


「はい……ってあれ?」




 三人があまりにもさっさと動き始めたので、クリスはアリシアに言われるままに頷いて、それから疑問の声を上げた。


 もちろん、それで動きを止めるような三人ではない。


 クリスは首をひねりながら小走りになるという、器用な状態で三人を追いかけることになった。


 すぐに追い抜いて、クリスが三人を先導する。夜も更けているために、廊下には警備以外の人間はいない。明かりも最低限のもの以外は落とされていた。


 それでもフリッツ達は暗がりに足を取られることもなく、軽く、しかし足音を立てないように進んでいく。


 階段を上り、しばらく歩いてからようやくクリスは立ち止まった。




「ここです」


「……一体、何が?」




 フリッツは疑問を口にするが、アリシアは既に説明を受けているらしく、特に疑問を感じていないようだった。


 それを肯定するように、アリシアが口を開いた。




「眠り姫よ」


「え?」




 何の説明にもなっていないアリシアの言葉に、フリッツは視線を向けた。


 だが、アリシアはそれ以上の説明を拒否する。




「見ればわかるわ」


 言葉に合わせるように、クリスが扉を開いた。そして、部屋のランプに灯りを移す。


 綺麗に整理された、一見何の変哲もない部屋。


 そこに据え付けられた、ベッドの上で。


 彼女は、眠っていた。

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