第8話 男装少女はご令嬢?

 ごとごとと揺れる馬車の中、アリシアは一人、黙考していた。


 今日にはシェルフェリア領に入る。クリスがどこへ向かうかは既に聞いている。


 昨夜、クリスが改まって頼んで来たのだ。


 ――シェルフェリア領主の館まで、連れていって欲しいと。


 それは、半ば予想していたことではあった。男装してまで一人で旅をするには、相当の覚悟と、そして無知さが求められる。


 従って、それなりの身分であることはアリシアの中でも予想がついていた。加えて、昨夜の襲撃。あれは、山賊や野盗とは違う。統率のとれた動きは、プロのものだった。フリッツやビットがいたからいいものの、クリス一人では痕跡も残さず消されていただろう。


 シェルフェリア領に入る直前での、プロの襲撃。そして、向かう先は領主の館。


 誰であってもクリスが領主の関係者であると想像するだろう。その上、何らかのトラブルに巻き込まれていることも想像に難くない。


 そういった情報を整理し、アリシアは一つの結論へと至る。


 つまりは、クリスを届けた後、どのように立ち回るかについて。




「領主への謁見は間違いないわ。後はどうやって信頼を得るか」


「商売につなげるため、ですね」




 いつの間にか口を吐いて出た言葉に、間髪いれずビットが返答してきた。


 そのいつもの呼吸に微笑を返してから、アリシアは考えを整理するために言葉を続ける。




「事件の一つでもあればわかりやすいわね」


「何か手をまわしますか?」




 物騒な相槌を打つビットに、アリシアは大真面目な顔で否定した。




「リスクが大きいだけよ」


「それは、確かに」




 人道的な事は口にしないアリシアに、ビットもただ頷きだけを返してきた。


 そのまま、結論を促してくる。




「では?」


「まずは、会談の場を設けてもらいましょう。わたしの美貌があれば、それくらいは何とでもなるはずよ」




 ニヤリ、と笑うアリシアの表情は、生来の容姿と相まって妖艶さを漂わせていた。


 そして、それ以上に。


 隠しようもないほどに強い意志が、彼女の魅力をいっそう芯の通ったものにしていた。


 それは、ビットとフリッツ、二人の実力者を従える主であることを、納得させるに十分なものだった。








 シェルフェリア領は、大陸中央に存在するミルトン王国の北西部に位置する領地である。ミルトン王国は北をアイトルド騎士王国、西をアムネジア魔法王国。東をカルシード帝国、南を自治都市群に囲まれた、山岳国家である。


 そのため、国力はそれほど高くないが山脈を利用した国防という点では、周辺諸国に引けを取らない。


 シェルフェリア領もその特性を端的に反映し、どちらかといえば閉鎖的な社会であるものの、概ね治安は良好であり、領主は代々安定した統治をしている。


 平穏に満たされた、取り立てて興味を引くほどの事もない土地。


 アリシア達商人の間での評判は、大体そういったものだった。




「とまあ、こんなところね」


「なるほど」


「微妙な評価なんですね……」




 アリシアの解説に、フリッツは素直に、クリスは複雑そうな表情で頷いた。


 その表情に、フリッツはわずかに疑問を覚えたが、それはすぐに解決する。


 すなわち、値踏みするようにクリスを見つめるアリシアの一声で。




「さて、シェルフェリア領に入ったわ。国境は問題なく越えた。もう後は向かうだけ。わたし達にも準備があるからね。そろそろ改めて自己紹介をお願いするわ」




 そのストレートな言い方に、クリスは苦笑を浮かべた。




「もうわかっていますよね?」


「わたしはわかっているけれどね。わかっていないやつがいるから」




 アリシア同じ表情を浮かべ、二人の視線はフリッツへと注がれた。


 フリッツは、キョトンとしていた。まったくもって何もわかっていなかった。




「はい? なんですか? 二人して」




 その言葉に、クリスは溜息をついた。




「あなたって、天然モノ?」


「言っている意味がまったくわからないんだけど?」


「天然モノね。よくわかった」




 クリスの言葉にフリッツはわずかにムッとした表情を浮かべたが、それがどうやら何かを刺激したらしく、少女は満足気に頷いた。


 クリスの表情が一変する。先ほどまでの勝気なものではなく、しっとりと、柔らかな微笑が浮かぶ。


 どこか作り物めいた微笑が。




「わたしの名前は、クリスティーナ=シェルフェリア。お察しのとおり、シェルフェリア領主の娘です。道中の護衛と協力を感謝いたします」




 その言葉に、アリシアもよそいきの表情で応じる。




「過分なお言葉を頂戴いたしまして、光栄です。後わずかの道中、ご不便をおかけいたしますが、ご寛恕下さいませ」




 フリッツの表情はキョトン、としたものに戻っていた。むしろ更に深化していた。


 それはもちろん、驚愕の前兆でしかない。




「ええええええええええええええええええええええええええええええええええっ?」




 大声をあげたフリッツに、クリスは勝った、とばかりに拳を握った。

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