第63話𓎡𓍯𓎡𓍢𓉔𓄿𓎡𓍢〜告白〜
翌日、再度広間へと呼び出されたホルスは、昨夜自分を殺そうとした男と再び向かい合った。
「昨日はよく眠れたかな?」
一体どの面を下げて言っているのか、ホルスはそう言って微笑む男の顔に一発見舞ってやろうかと考える。以前ならそうしていたかもしれない。だが今はサヌラとこの村の人々の為、この男の化けの皮を剝ぐのが先だ。
「してホルスよ。昨日の提案じゃが、心変わりはしておらぬか? 儂はお主をいつでも歓迎しておるぞ」
この期に及んでまだそんな事を言っているのか。ホルスはこの男の面の厚さにもはや感動すら覚えた。
「俺よりそいつらの方が優秀なんじゃねえの?」
そう言ってホルスが指差したのは昨夜彼らが捕えたという放火犯だ。予想外の答えに長老は露骨に顔を歪める。
「な、何を言っておるのじゃ。こやつらは——」
「金で雇った仲間、だろ? あんたはそいつらに頼んでこの村に火を放った。俺見たんだよ。あんたの使いとあの二人が取引してるとこ」
昨夜命を狙われ、寝る事を諦めたホルスが庭を散歩していた所、その現場を目撃したのだ。
「無礼な……! 儂が何の為にそんな事。そもそも証拠がないではないか! この無礼者どもを捕えろ!」
「待て。証拠ならある」
長老の周りに控えていた者達が一斉に飛びかかろうとするのをホルスは冷静に制した。そして部屋の入り口を一瞥すると、一人の男が姿を現す。
「お前は……」
そこにいたのは先程ホルスをここまで案内した使いの男。長老の命で二人の男と取引した張本人だった。男は床に膝をつき長老に向かって深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんアブドラ様。村人達を騙し、嘘をつき続ける事は私にはもうできません。ホルス殿にはこの策略の全てを既に話してあります。もはや言い逃れは出来ません」
それを聞いた長老は顔を真っ赤に紅潮させ、怒りを露わにした。
「お前もホルスと同罪じゃ! その様な嘘を並べ、儂を侮辱した罪で牢屋に放り込んでやる!」
物凄い剣幕で捲し立てる長老の耳に入ってきたのは、それに負けぬ程大きな怒号だった。 徐々に近づいてくるその声に長老は狼狽える。
「よくも俺達の村を焼き払ってくれたな!」
「あんたのせいで何もかもめちゃくちゃだ!」
「旦那を返せ!」
家の外から聞こえる村人達の怒りの声。まさか村人達が反抗してくるとは夢にも思っていなかった彼は予想外の出来事に恐怖した。
「アブドラ様。もう全て終わったのです。村人達に謝罪して下さい。我々のした事はもはや謝って済むものではありません。ですがそれでも、我々にはその義務があります」
男が諭すように語りかける。
「だ、誰がそんな事を。儂は断じて——」
こうしている間にも、門番を押し切って中に入ろうとする村人達の声がすぐそばまで迫っている。扉を突破されるのも時間の問題だろう。
「アブドラ様!」
男に再度促され長老は遂に重い腰を上げる。
扉が開いた瞬間、村人達はその光景に息を呑む。そして目の前で縮こまり叩頭する老人に釘付けになった。それに準ずる様に使いの男も深々と頭を下げる。
「……長老、あんた……」
この村では神と同等の身分である村の長が村人に向かって頭を下げている。しかも床に頭をつけて。それ程までに衝撃的な光景を彼らは見た事がなかった。
使いの男はゆっくりと顔を上げホルスの方を一瞥すると村人達に向かって語り始めた。
「……すでに彼から聞いているとは思いますが我々はとんでもない過ちを犯しました。時が経つにつれ、長老としての威厳、そして力が落ちている事を痛感していた我々は男を雇いこの村に火を放つ事にしました。そして村人を救ったのち、放火した男を捕えれば、再び村人達の支持を得られるだろうと考えて。しかし——今となっては言い訳にしかなりませんが、我々もここまで被害が拡大するとは思っていませんでした。すぐに火が消せるよう、準備は万全でしたし、小火程度で済ませる予定だったのです。ですが蓋を開けてみれば村は殆どが消失し、尊い命を奪う事になってしまった」
男は頭を上げ、未だ呆気に取られている村人達をまっすぐと見つめ、言った。
「許して頂こうなどとは思っていません。どんな罰でも甘んじて受ける覚悟です。……本当に申し訳ございませんでした」
再び深々と頭を下げる男を村人達はさらに責め立てた。
「どれだけ頭を下げたって死んじまった奴らは戻ってこねえ。俺らはお前らのくだらねぇ策の為に愛する家族も住む家も奪われたんだ。到底許せる筈もねぇ。それにさっきから、その首謀者が全く喋らねぇじゃねぇか。それのどこが謝罪だというんだ!」
すると憤る村人の集団を掻き分け、小柄な少女が姿を現す。
「サヌラ……」
ホルスが呟くのと同時に彼女は無言のまま歩を進め、長老の前に立った。
謎の少女の登場に室内は一瞬にして静まり返る。まるで感情のない淡々とした表情が却って人々の目を引き付けた。
「わたしはね、貴方に大切な人を二度奪われた」
サヌラの言葉に長老は息を呑む。
「一度目は許婚。貴方が勝手に決めたくだらないしきたりのせいで彼は死んだ」
サヌラは淡々と続ける。
「二度目は父。昨日の火事で倒れてきた瓦礫に足を挟まれついに助けられなかった」
無表情ではあるものの、彼女からは静かな怒りがひしひしと伝わってくる。しかし長老は一向に口を開かない。いや、開けないというのが本当の所だろう。
「何故、彼らは死ななければならなかったのか。私は何度も神に問うたわ。でも答えは帰ってこなかった。当たり前よね。これは人間である貴方が全て自分の為にやった事だもの。これが全て村の為だと——」
感情を押し殺し、淡々と語っていた彼女だったがやがて耐えきれなくなったのか、まるで堰を切ったようにぽろぽろと涙を流し始めた。
「そう言いながら貴方は女性の自由を奪い、村人の命を奪った。私達は貴方の自尊心を守る為の道具じゃない……!」
サヌラは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら一言呟いた。
「……この村から出て行って」
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