第46話𓎼𓇋𓊃𓇌𓈖〜偽善〜
翌日、長老の家に呼ばれる事となったホルスは、緊張した面持ちで門の前に立っていた。何でも村を救ってくれたお礼として、長老自らもてなしてくれるのだという。
しかしさすがは長の家といった所か、村人の住むそれとは比べものにならない程立派な建物である。それに火の元から離れていたからだろうか。村の悲惨な状況とは裏腹にこの家だけは綺麗なままを保っていた。
「こちらです。」
使いの男が指し示す塔門の前にはこれまた立派なオベリスクが建っている。
この村で長老というのは神か何かなのだろうか?
ホルスはその大層な扱いに苦笑し、そしてサヌラの気持ちが少し分かったような気がした。
建物に足を踏み入れると、その奥に長老らしき人物がじっとこちらを見つめている事に気づく。
「よく来てくれた。さぁ座るといい。」
長老に言われるままホルスは用意された椅子に腰を下ろした。
「儂がこの村の長老であり村長じゃ。この村の殆どは儂が仕切っとる。何か分からぬ事があれば遠慮なく聞くといい。」
長老はそう言って微笑んだが、ホルスにはその笑顔が何故か受け入れられなかった。何だか目の奥が笑っていないように見えるのだ。
「ホルスと言ったか。この村の住人をあんたが救ってくれたと聞いておる。村人に代わって礼を言おう。」
「いや、そこまでの事は——。」
謙遜した訳じゃない。ただ自分がそうしたいと思ったからしただけだ。
ホルスがふと部屋の奥に目をやると、2人の男と目が合った。彼らは床に座らされ、両手を後ろ手に縛られた状態で恨めしそうにこちらを見つめている。何だかばつが悪くなったホルスは男達からすぐに目を逸らした。
「あやつらは見ての通り罪人よ。昨夜の火事もあの男共の仕業。火を放ったのち、闇夜に紛れて村から出て行こうとしたのを儂の使いが捕まえたのじゃ。」
長老はまるで自分の手柄でもあるかの様に誇らしげにそう言って、再びホルスの方を見やる。
「どうじゃお主、儂の下につかんか。」
「えっ……?」
突然の提案にホルスは目を瞬かせる。
「何も難しい事はない。ただ儂のそばで身の回りの世話をしてくれれば良いのじゃ。」
「いや、俺は——。」
そんな事をしてる場合じゃない。一刻も早く神に戻り、セトを倒さねばならないのだ。
「俺よりそいつらの方が優秀なんじゃねぇの?」
そう言ってホルスが指差したのは先程の放火犯だった。予想外の返答に長老は露骨に顔を歪める。
「な、何を言っておるのじゃ。あやつらは——。」
「金で雇った仲間、だろ? あんたはそいつらに頼んでこの村に火を放った。俺見たんだよ。あんたの使いとあの2人が取引してるとこ。」
実際に目撃したのはサヌラなのだが、彼女に危険が及ぶのを防ぐ為、敢えて伏せた。しかし2人の男の人相や体格等、その特徴は彼女から聞いていたものと一致する。これらは全て長老の策略で間違いないだろう。
サヌラは許婚が殺されたあの日からずっと長老への復讐を考えていた。その機会を伺っている内、図らずも彼を失脚させる証拠を掴んだのだ。
「無礼な……! 儂が何の為にそんな事。そもそも証拠がないではないか! ——この無礼者どもを捕えろ!」
「待て。証拠ならある。」
長老の周りに控えていた者達が一斉に飛びかかろうとするのをホルスは至極冷静に制した。そして部屋の入り口を一瞥すると、1人の男が姿を現す。
「お前は……。」
そこにいたのは先程ホルスをここまで案内した使いの男。そして長老の命で2人の男と取引した張本人だった。
男は床に膝をつき長老に向かって深々と頭を下げる。
「申し訳ありませんアブドラ様。村人達を騙し、嘘をつき続ける事、私にはもう耐えられない。……ホルス殿にはこの策略の全てを既に話してあります。もはや言い逃れは出来ません。」
それを聞いた長老は顔を真っ赤に紅潮させ、怒りを露わにした。
「お前もホルスと同罪じゃ! その様な嘘を並べ、儂を侮辱した罪で牢屋に放り込んでやる!」
物凄い剣幕で捲し立てる長老の耳に入ってきたのは、それに負けぬ程大きな怒号だった。 徐々に近づいてくるその声に長老は狼狽える。
「よくも俺達の村を焼き払ってくれたな。」
「あんたのせいで何もかもめちゃくちゃだ!」
「旦那を返せ!!」
家の外から聞こえる村人達の怒りの声。まさか村人達が反抗してくるとは夢にも思っていなかった彼は予想外の出来事に恐怖した。
「アブドラ様。村人達に謝罪して下さい。貴方のした事はもはや誤って済むものではありませんがそれでも、貴方にはその義務があります。」
使いの男が諭す様に語りかける。
「だ、誰がそんな事を……。儂は断じて——っ。」
こうしている間にも、門番を押し切って中に入ろうとする村人達の声がすぐそばまで迫っている。扉を突破されるのも時間の問題だろう。
「アブドラ様!」
男に再度促され長老は遂に重い腰を上げる。
扉が開いた瞬間、村人達はその光景に息を呑む。そして目の前で縮こまり叩頭する老人に釘付けになった。それに準ずる様に使いの男も深々と頭を下げる。
「……長老、あんた……。」
この村では神と同等の身分である村の長が村人に向かって頭を下げている。しかも床に頭をつけて。それ程までに衝撃的な光景を彼らは見た事がなかった。
使いの男はゆっくりと顔を上げホルスの方を一瞥すると村人達に向かって語り始めた。
「……すでに彼から聞いているとは思いますが我々はとんでもない過ちを犯しました。時が経つにつれ、長老としての威厳、そして力が落ちている事を痛感していた我々は男を雇いこの村に火を放つ事にしました。そして村人を救ったのち、放火した男を捕えれば、再び村人達の支持を得られるだろうと考えて。しかし——今となっては言い訳にしかなりませんが、我々もここまで被害が拡大するとは思っていませんでした。すぐに火が消せるよう、準備は万全でしたし、小火程度で済ませる予定だったのです。蓋を開けてみれば村は殆どが消失し、尊い命を奪う事になってしまいました。」
男は頭を上げ、未だ呆気に取られている村人達をまっすぐと見つめ、言った。
「許して頂こうなどとは思っていません。どんな罰でも甘んじて受ける覚悟です。……本当に申し訳ありませんでした。」
再び深々と頭を下げる男を村人達はさらに責め立てた。
「どれだけ頭を下げたって死んじまった奴らは戻ってこねぇ。俺らはお前らのくだらねぇ策の為に愛する家族も住む家も奪われたんだ。到底許せる筈もねぇ。それにさっきから、その首謀者が全く喋らねぇじゃねぇか。それのどこが謝罪だというんだ!」
すると憤る村人の集団を掻き分け、小柄な少女が姿を現す。
「サヌラ……。」
ホルスが呟くのと同時に彼女は無言のまま歩を進め、長老の前に立った。
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