第21話𓋴𓍯𓍢𓋴𓄿𓎡𓍢~捜索~

「待ちなさいホルス」

 先程とは違う、凛とした母の声にホルスは足を止めた。


「感情の赴くまま行動するのはやめなさい。いくら修行を積もうと貴方はまだ半神なのです。貴方の覚悟も行動も、全てあの子の為だという事は分かっています。ですが、実力と見合わないその行動がかえって周りに迷惑をかける事を自覚しなさい」


 辛辣だが的を得ている。ホルスは言葉に詰まり項垂れた。


 闇雲に向かっていく事が強さではない。自分に出来る事と出来ない事、それを見極める事が今の自分には必要なのだ。


「ホルス、あの子が消えたからといって貴方は一人ではありません。全てを背負う必要はないのです。私もこうしてそばにいます。もっと周りを信用して頼りなさい」


「……はい」


 反省したつもりで何も変わっていない。ホルスは性懲りもなく一人で突っ走ろうとしていた自分に気づく。


「状況を整理しましょう。まず貴方の知っている事を全て話してください。あの子を探しに行くのはその後です」


 ホルスは頷き、経緯を説明する。アメミットの暗躍、死闘、消息を絶った神官とセトの動向そして、メリモセの死。その遺体の消失を含め、アヌビスと二人、必死で得た情報の全てをホルスは淡々と語った。


「それと——」

 最後にホルスはナイルで父と再会し、そこで父と話した事、そして自らの決意について告げた。


 全てを話し終えたホルスの目に再び涙を流す母の姿が映る。


「ホルス、貴方はやはりあのひとの子なのですね」


 母にそう言われると、ホルスの中には嬉しさと虚しさのような感情が同時に押し寄せる。何故そう感じたのか、自分でもよく分からぬまま母が握る手の体温だけをただ感じていた。

 

「私は他の神殿を回って援助を頼みます。貴方は空からあの子の気配を追ってください」

「気配?」

「両親の加護をつけます」


 大地の神ゲブ、そして天空の神ヌト。

 ホルスの祖父母にあたる二柱だが、実際に顔を合わせた事はない。


「その必要はない」

 突如天から降ってきたその声は父オシリスに似た威厳に満ちたものだった。ホルスは辺りを見回し、そして目を見張る。目の前に突如として現れた二柱の神は、声も姿も両親そっくりだったのだ。


 そりゃそうか、とホルスは思う。父と母は兄弟で、その両親が彼らなのだ。まるでそのやり取りを監視していたかのようにゲブは言う。


「アヌビスの行方だが、誰の仕業か気を巡らせた途端、意識が遮られるのだ」

「私もよ。いつもならナイルの風が教えてくれるのだけれど、だんまりだわ。無視なんてあんまりよ」


 ゲブにピッタリとくっつき、腕を絡ませるヌトはそう言って頬を膨らませる。その姿はまるで拗ねた子供のようだ。


 仲がいいのは結構だが、その姿は少し異様にも見える。その愛の深さたるや、互いを好きすぎるあまり片時も離れない彼らを父親が無理やり引き剥がす程である。天地の神である以上、世界を造る為には致し方なかった訳だが、長い年月をもって彼らの頭を冷やそうとした父の行動はむしろ二柱の気持ちをより一層燃え上がらせてしまったようだ。


「他に何か——」

 ホルスが声を掛けるも、彼らはすでに二柱の世界に入っていた。互いに愛の言葉を交わし合い、ホルスの言葉などまるで耳に入っていない。


「という訳だから、もう帰るわね」

 互いにひとしきり話終えた後、ヌトは用は済んだとばかりに踵を返す。まだ彼らと会話すらしていないホルスは慌てて引き止めた。


「愛しい者に会えぬと言うのは苦しいものだ。それが恋人だろうと家族だろうとな。ホルス。お前にこれを渡しておく」


 ゲブは去り際、こちらに何かを投げて寄越した。ホルスは慌ててそれを受け取るとその背中を見つめる。


「それはお前の力を活かすのに必要なものだ。そして間違いなくお前達兄弟を繋ぐ一助になるだろう」

「あ、おい……」


 ゲブは曖昧な言葉を残し、こちらが声を掛ける間もなく二柱は仲良く肩を抱きながら消えてしまった。全くせわしい限りである。


 ホルスはゲブから受け取ったそれをまじまじと見つめる。

 深みのあるブルー。神秘的な雰囲気を放つラピスラズリが中央に嵌め込まれたその指輪リングに吸い込まれそうになる。


「それは父が肌身離さず持っていたもの。といってもオシリスがこの世を去った後は供物として御前に捧げていたのですが……。それを貴方に託したのは、何か意図があるのでしょう」


 母の言葉を聞きながら、ホルスはそれを左手の親指にはめた。使い道は不明だが、二柱の言葉を信じるならやはり身に付けておくべきだろう。


 結果としてゲブの加護を受ける事となったホルスにイシスは暴走しないよう念を押し、神殿を出て行った。

 

 しかし天地の神を以てしても気配すら感じられないとは。おかしい、とホルスは思った。ゲブが言うように誰かが妨害しているとしか思えない。


 何も告げず、腕輪を置いていった時点で、彼が自分達の干渉を拒んでいる事は明白である。もし彼に協力者がいて、手助けしているのだとしたらこの状況にもある程度説明がつくだろう。


 お世辞にも社交的とは言えないアヌビスの交友関係などたかが知れている。しかし生活を共にしていたとはいえ、彼の全てを知る訳ではない。


「あー、ダメだ! やっぱ俺、考えるのは性に合わねえ」


 とはいえ国中を探し回り、他の神に協力を仰いだにも関わらず未だに手掛かりはゼロ。他に頼れる神もいない。まさに万策尽きたと言わざるを得なかった。


「これこれ、そこの若いの。ため息なぞつくものではないぞ」


 ふと誰かに話しかけられたような気がしてホルスは辺りをキョロキョロと見回した。

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