第13話𓎼𓇋𓅱𓄿𓎡𓍢〜疑惑〜
『私の可愛い小鳥。傍に来てその歌声を聞かせておくれ。私の心が遠くどこかへ行く前に。その声で私の心を鎮めておくれ。』
セトの神殿の奥深く大広間を抜けた先にその部屋はあった。
離れのようになっているが、入り口も別になっている事から神殿とは全く別の建物として扱われ、まるでその存在を否定しているかのようにも見えた。
1日中日の光が当たらないその部屋は神が住む神聖な神殿とはかけ離れた陰湿な気が漂っている。
まるで牢獄のような部屋はひどく殺風景だった。そこから毎晩のように聞こえてくる歌声はすすり泣くように震えている。
「調子はどう? ちゃんと眠れているかしら。」
イシスはなるべく平静を装って彼女に声を掛ける。
その声に反応するように彼女は寝台から体を起こした。
か細い腕がイシスの腰に縋りつく。
その力は哀れな程に弱弱しく、腕の鎖が重い音を立てる。
「姉さんごめんなさい…!私…!」
嗚咽を漏らし、泣き喚くその姿を憐れむようにイシスは今にも折れそうな体を抱きしめた。
「……いいのよ……。貴方はもう十分苦しんだわ。私はもう大丈夫だから。」
「いいえ……!私は許されないことを……姉さんとあの子を裏切ってしまった……!」
彼女がこうなってもう何年になるだろう。痛々しいその姿を見つめながらイシスはため息を漏らす。
あの日からネフティスの心は完全に壊れてしまった。
こうして寝台に繋いでいないと時々に暴れて手が付けられなくなる。
そして最も恐ろしいのは自ら命を絶ってしまう事だ。
イシスは彼女を慰める為、こうして時々会いに来ては抱きしめてやるのだった。
イシスは涙でぐしょぐしょになった彼女の顔に手をかざす。
すると先程の興奮が嘘のように彼女はゆっくりと瞼を閉じた。
もう大丈夫だと言っておきながら、彼女の寝顔を眺めていると自分がまだ彼女を憎んでいる事を実感する。
実際この首に手を掛けたことは何度もあった。
しかしそんな事をすれば絶対に後悔する。
あの子にも申し訳が立たない。
そして今も彼女を助けたい気持ちと憎む気持ちが共存している胸の内を誰にも明かせず苦しんでいた。
ネフティスを寝台に寝かせたイシスはそっと部屋を出る。
その時、扉の前に佇んでいた黒い影がさっと通り過ぎていくのをイシスは見逃さなかった。
「待ちなさい…!」
そう叫んだ時、イシスははっとした。
そして力なくその場に崩れ落ちる。
「……あぁ。気づいてしまったのですね。」
イシスは悲しげなその背中をただ見送る事しかできなかった。
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