ヘリオポリス ー九柱の神々ー

みるとん

1部

プロローグ

 ——昔話をしよう。

 この世に命が誕生するよりも前の話だ。


 遥か昔。

 世界に天も地も、大気すら存在しなかった頃。エジプトの地に一つの生命が誕生する。


 それが私『ヌン』だ。私は原初の水と呼ばれ、全ての神々そして生命の始まりとなった。

 

 太陽神アトゥムはエジプト最古の神として有名だが、彼もまた私の意思によって誕生した生命の一つだ。


 彼は天と地とそして他の神を創造し、エジプトの地に秩序をもたらした。今も変わらず人々の信仰を得る偉大な神々の系譜はここから始まったのである。


 人間達からすれば途方もない時間の中で私は実に様々な物語に触れてきた。その中で特に興味深い神々について、その一部をここに記すことにする。


 『ヘリオポリス9柱神エネアド』の物語を。




***


「母上、父上はいつ帰って来られるのですか?」


 純粋に発した言葉は母の顔を一瞬曇らせた。子供ながらに俺はそれが『してはいけない質問』なのだと悟る。


「あ、あの、ごめんなさい。えっと……」

 罪悪感に苛まれる暇もなく、母が自分の名前を呼ぶ。


「胸に手を当ててごらんなさい」

 俺は戸惑いながら自分の胸にそっと手を当てた。


「ここに心臓イブを感じますか? 姿は見えずともそこに宿っているのです。父上の生命力カァが」


「ここに、父上が?」


 俺は両手に心臓の鼓動を感じながら不思議な気持ちになる。俺の心の内を察してか母はくすりと笑った。


「今はまだ分からないかもしれません。でもいつかその意味を理解する時が必ず来ます。貴方が将来立派な神になればあるいは、その姿を見せてくれるかもしれませんね」


 実感は湧かなかったが、近くで父上が見守っているのだと思うと嬉しくなった。


「りっぱな神さまになります! 父上が驚くくらい!」

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