夢幻 ⑤恋の話

『そのホルマリン漬けになった胎児は、かつての十字軍の戦死者だという』

『勿論、胎児が戦死したという訳ではない。脳の記憶中枢を司る側頭葉の一部が移植され、物心がつく頃には心身共に鍛え抜かれた兵士が醸成される仕組みだ』

『既に何人かの試作品は、戦地に放たれているらしい』


『第三次世界大戦──』

『一体この国は、何処の国と戦っているのだろう』


『遂に私は、監視カメラの目を一時的に閉じさせるのに成功した』

ブラフマーと呼ばれるその力は、どうやらかなり諜報活動に向いているらしい』


『そしてD棟の実験室に潜入したNo.1のダイスケ君と、No.2とリョウ君。彼らの目を通して、私はその薄目を開いたホルマリン漬けの胎児を視たのだ』


『この芸当は繊細な集中力を要するので、瞑想中にしか出来ない。それでも檻の中から外界を散策出来るのは、諜報員としてはこの上ないアドバンテージだった』

『中央広場横の踊り場、地下へと続く階段……其処から伸びる地下通路……金属扉の暗証番号……すべて抜かりなく押さえある』


『予定通り、明日の演習が化学関連であるなら……』

『此処よりは自由な世界が、目の前に立ち現れるはずだ』


『ダイスケ君とリョウ君はD棟を後にした』

『私は彼らの背中越しに、あの胎児の小さく開いた目の冷ややかな視線を感じていた』



『隙を見つけて仲間たちとの最後の会合を終え、ダイスケ君、リョウ君、私、チエ、No.8のユミ、No.10のカエデの6人は、何時もどおり大人しくフロアーで床に着いた』


『脱出作戦決行前夜──』

『何時もの鳥が、派手なオレンジ色の飾り羽を翻して、私の顔の上を舞っていた』

『私は手を伸ばした』

『伸ばした手は空を切った』



『(あのさ……)』


『(何ですか……?)』


『(……いや、その……)』


『(ああ、告白ですか。その感じは)』


『(……は? なに? なんで?)』


『(いやだって、ルカちゃんの頭をジーっと見つめてたら、私に微かな好意を持ってるのが分かったんで)』


『(……なっ)』


『(だからまあ、その、雰囲気的に告白するのかなーって)』


『(ちょっと、何言ってるか分かんない)』


『(……何がです?)』


『(何時の間に、そんなとんでもない技術スキルを──)』


『(ルカちゃんも、視るやつ内緒にしてたでしょ)』


『(……いや、それはさ……)』


『(おあいこですよ)』


『(……はい、まあ……まず言っときたいのは、告白をしようとしていた訳ではないということと……)』


『(……はい)』


『(……仮にそんな力があったとしても、私の頭を覗いていたとしても、この状況では……)』


『(言わないでってことですか? デリカシー的な意味で?)』


『(……うん。てかそこまで分かってんのかよ。じゃあ、そうしろよ。頭おかしいのかよ)』


『(……うーん。ルカちゃん、無茶苦茶乙女なんですね)』


『(……ごめんね)』


『(……何がです?)』


『(いや、そのさ……こういう大事な時に、こんな気持ちになるのは、というかそれただの吊り橋効果かもしれないし……)』


『(……それの何が駄目なんですか?)』


『(いや、だからさ……)』


『(ちょっと、何言ってるか分かんないです)』


『(……パクんなよ)』


『(端的に言ってくださいよ、端的に)』


『(……君に言われたくないよ)』


『(で、何なんですか?)』


『(いや……まず、女同士だし……)』


『(……そんだけですか?)』


『(……いや、まあその……)』


『(なーんだ。そんなのどうでもいいでしょ。昔は、どの国でも同性婚ってアリだったみたいですし)』


『(……そうかなあ?)』


『(それに同性同士の恋愛って、何より本気なものなんですよ。基本は。だって友情と恋愛という2つの選択肢の中で、自ら恋愛を選び取ってる訳だから)』


『(……それは別に、男女でもそうじゃないの?)』


『(男女よりも、より''選び取った感''が出るんですよ』


『(……なるほど)』


『(で、話逸らしてないで早く言って下さい)』


『(……何だよそれ……あのね、今さ、私たち……過去の記憶も朧げになって……明日死ぬかもしれなくて、なんか……いっぱいいっぱいじゃんか?)』


『(はい)』


『(うん……だから、そのさあ……)』


『(だから、今だけはこの感情を……この相手を好きになれるかもしれないという、自分の中にある感情の萌芽を……今は大切にしておきたい……人間としての感情を……君ともっと仲良くなりたい……明日は必ず、生きて外に出よう……みたいな感じですか?)』


『(だから何で! 先に全部言っちゃうんだよ! 馬鹿! 今使ってんのかその力!)』


『(いや、今は無理ですけど)』


『(……まあ、そういうことだよ。怒鳴ってごめん。頭ガンガンした?)』


『(いいですよ……私もルカちゃんのこと好きですし)』


『(……え?)』


『(付き合いましょうよ)』


『(え……)』


『(ほら、私たち、お互いこんな目に合ってて、要は空白だらけじゃないですか? ルカちゃんとならその空白を埋められる気がするんですよ)』


『(でも、バレたら死罪だよ?)』


『(知らないですよ。てか何もしなくても私ら、明日死ぬかもしれないのに)』


『(……でもこれって、いわゆる吊り橋効果みたいなもんでさ! もしかしたら、一時の気の迷いとかだったりするかもよ?)』


『(だったら後で、正せばいいでしょ。あのときは若かったーとかって)』


『(……これってもしかして、歪な共依存関係になってるんじゃ……)』


『(恋愛はそもそも共依存的なものですよ。何言ってるんですか?)』


『(……そんなグイグイくるんだ、君)』


『(先に脳髄から好き好き光線出してたのはそっちでしょ)』


『(……脳髄からって、一応この国には内心の自由ってのがあるからさ。普通そんなところは覗かないんだよ……)』


『(まあ、私も最初から……)』


『(……え?)』


『(……いや、何でもないです)』


『(うん……)』


『(じゃ! これからよろしくお願いします! ルカちゃん! まあ明日シクったら死んじゃいますけど)』


『(……うん、よろしくね。うん……)』


『(じゃあ、おやすみなさい。ルカちゃん……)』


『(うん、おやすみ……)』



『この全てがトチ狂ったゴミ貯めの世界で──』

『唯一間違っていないのは』

『私たちだけだった』


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る