夢幻 ⑥長い長いまやかしの終わりに

『当日──』

『指導員の一人が、国民総監視塔オール・アロング・ウォッチング・タワーと呼ばれる場所へと戻ってゆく』


『ダイスケ君とリョウ君は、死体安置所モルグで予め製造しておいた人間爆弾を炸裂させた……』

『胸部から恥骨までを切り開き、実験室に置いてあった酸化鉄とアルミニウム粉末を詰めた後、マグネシム箔を導火線にして起動させた即席のテルミット爆弾を……D棟の至る所で爆破させたのだ』


『例の如何わしい黒魔術に使用する、冷凍保存された死体ボディーたち……ペイガニズム時代の人身御供や、蘇生実験などなど……単に解剖するだけでは飽き足らず、私たちの身体は死後も玩具そのものとして扱われていた』

『そんなかつての仲間達を爆弾として再利用する、私たち自身も感情や倫理の大切なピースを落っことした、あいつら豚共と同類でしかないのだろう』

『外的要因などは言い訳にならない』


『それでも』

『それでもやるしかなかった』

 

『ダイスケ君も』

『リョウ君も』

『私も』

『チエも』

『ユミも』

『カエデも』


『此処から出て、自由になりたかったからだ』


混沌カオスに乗じて、まずユミとカエデが演習中に銃をぶっ放した』

『イツキちゃんとミドリちゃんを殺した指導員2人にだ』

『後頭部に咲いた紅い花』

『真っ赤なトマトみたいで綺麗だった』


『私にはそれが視えた』

『この時は、動き回りながらでもそれが確かに視えたのだ』

『最高に最高ハイだった』


『続いてあの痩せ細った骸骨のような顔をした男と、背の低い見た目の若い女も』

『ユミとカエデが、その人を殺すための鉄塊で、殺した』


『私とチエは意思の疎通を取りながら、あちこちにある監視カメラの目を覆い隠しては走り続ける……』

『D棟の、あの金属扉へと』

『地下を通り抜けていずれは地上へと繋がる、あの希望の扉へと向かって──』


『先程、この肉眼で視認した人間爆弾の爆発』

『そして、チエと何度も夜通しイメージした火薬と硝煙、閃光の炸裂』

『だから、あの二人は実際に爆破したのだ』

『その実感で、私たちがいろんな場所を実際に爆破出来るように』

『イメージ出来るように……』



『この鳥籠の何もかもをぶっ壊して』

『この豚共の誰も彼もをぶっ殺して』



『殺して』

『殺して』

『殺して』

『殺し回った』



『いつも檻の外側から私たちを偉そうに見下ろしていた見張り番も』

『偉そうに化学やオカルトの蘊蓄を滔々と述べていたヤク中も』

『その他諸々の豚共』

『有象無象』

『烏合の衆』


『全員、爆破して回った』

『全員、頭が紅い花になった』

『全員、血と内臓の糞になった』

『全員、全員、全員が──』


『あの黒人の神父が見つからなかった』

『あいつだって本当は殺してやりたいのに』

『まあいいか……』


『私たち4人は此処の全てを壊して、殺して、D棟の金属扉へと急ぐ。きっと手筈どおりにダイスケ君とリョウ君が解錠してくれている……轟音が四方八方で鳴り、血飛沫の散乱した通路を裸足で駆け抜ける』



『私は風になった──』

『誰にも追いつけない風──』

『気が付けば周りに誰もいない』

『高鳴り続ける心臓の鐘と、冷たい空気に粟立ち続ける肌』

『やがて爆発も、血飛沫も目に入らなくなる』

『息が出来ない』



『気付けば遮るものは何ひとつない、真っ白でだだっ広い空間にいた』

『何処かは分からない』

訓練施設ブートキャンプ内ではないことは確かだ』



『(何が起きたんだ?)』



『そして目の前には、私を嬲り続けていたあの男が現れた』


『私は考えるより先に、見えない巨大な手をイメージして』

『その男の身体を左右から捻り上げ、そして千切った』


『ボトボトと地に落ちる内臓たち、空気に晒された鮮血のシャワーがそれらに降り注ぐ。苦痛に歪んだ口元から飛び出た舌、重力に引き摺られて眼窩から飛び出した白子のような目玉……それはもしかしたら、私を直視していたのかもしれない』



『これが、殺しだ』

『自分の意志で、人を殺すということだ』

『私は筆舌に尽くし難い昂揚感と快感に全身を打ち震わせ、カラカラに乾き切った口腔の中に湧き上がった一滴の生唾を飲んだ』

『しかしその恍惚は、一瞬で消え失せた』



『みんなは?……チエは?』

『そして、此処は何処なんだ?』



『鳥を見ただろ? やめておけと忠告したはずだ』



『誰もいない白い空間に、先日聞いたばかりの声が木霊する』


『自らの手でその一歩を踏み出せば、もう戻れなくなるんだ』


『結局ルカちゃんって、自分勝手ですよね。いっつも私を放ったらかして、自分だけで突っ走って』


『チエの声……何処からともなく聞こえる』


『こうやって、人を殺してるのが何よりも好きなんですよね? 私のことなんかより』


『私は声を張り上げた』

『しかし喉から伝わる振動は、目の前の虚空を震わすことなく何処かへと消えていった』


『(違う! そんなことない!)』


『するとまた、あの男の声が何処からともなく聞こえてる──』

『それは私の頭の中で、両耳の側で、静かに反響し続ける音の波──』



『引き金に添えた指先と、銃そのもの……それらの一体、どちらが人を殺すのか? お前たちは確かに世界の殻を破ったが、自ら手にしたその銃について、未だに何も知らないでいる。握り締めたその手を、見ようともしないでいる……』



『目の内側がグラついた。私は思わず地面に膝を付く。その地面も、同様に揺れている。こめかみの奥に鋭利な痛みの閃光が走り抜ける。耳元で鳴り響くあの男と、チエの声。全身の毛穴から汗が吹き出す。何なんだ? これは? 全ての現実感が飲み込まれる。手を振り回しても、誰にも触れられない。声を上げても、誰にも届かない。ただ、瞬間だけがある。今という絶対的な瞬間。まるで一コマごとに匍匐前進を続ける巨大な軟体生物になった気分だ。瞬間、瞬間が今、此処にあるだけ。その絶え間ない連続こそが、私の過去と現在と未来になる──』



『私は本来、此処にいないはずなのだ──』

『私の本当の居場所は、此処ではない何処かにある──』



『気が付けば身体の異常な震えは止み、目の前の白い空間も定常を取り戻していた』

『そして目の前には黒い扉がある』

『絶対的な質量を湛えたように、その場に鎮座している堅牢な扉だ』



『私はドアノブに手を掛けて、向こう側の世界へと飛び込む』

『そうする以外に選択肢がないように』

『何かに導かれるように──』



『扉の向こう側は青空の下』

『地面にひれ伏したダイスケ君とリョウ君の身体があった』

『恐らく10以上は細かく引き裂かれている』

『それぞれの肉片はまるで星座のように、トロトロとした粘着質の紅い線で結ばれていた』



『夏の陽射しが眩く視界に映り込む。熱に浮かれた蒸気が全身をくすぐる感触』

『扉の向こう側の世界は爽やかな草原世界だった』

『そして何百人もの重武装した傭兵たち』

『地平線に沿って規律正しく立ち並び、私に、私たちに、ありとあらゆる重火器類の口々をどっしりと向けていた』



『だから、銃は嫌いなんだ』



『ルカちゃん──』



『私はすぐ横にいたチエを地面に押し倒し、身体の周りに防護壁を強くイメージした』

『そしてその想いは結界となり、私たちの身は銃弾の嵐から守られた』

『この宇宙に入り込んだ非合理な不浄から、私たちは護られた』

『すると、ユミとカエデの生首が飛んできた』



『もう、嫌だ』

『ふざけるな』

『何もかもだ』

『何もかもふざけるな』

『この世界は、この宇宙は不浄でしかない』

『非合理的でしかない』

『論理的な統治を建前に、全ての不浄と非合理がまかり通っている』

『暴力しかない』

体制システムに立ち向かうには暴力しない』

『この悪徳都市バビロンに、世界に、クソったれな宇宙に鉄槌を下すために……』

『もっともっと巨大な、力が必要だ』


『私はこの宇宙の暴力を、自らの意思で肯定しようと思った』



『目を開く』

『胸を張って前を向く』

『横にいた相棒も同じだ』

『私たちは未来を視ている』



『──髪の色が──何だあれは──まさか、繋がったのか──神の御子ゴッズ・チャイルドが──』



『遠く向こうで、豚共が何か喚いているのが鮮明クリアに聞こえる』



『私は豚共に向かって軽く右手を振りかざす』

『豚共の身体は次々と破裂してゆく──』



『次の瞬間、次の一コマ──』

『見覚えのあるオレンジの飾り羽をした鳥が、目の前に中空に顕現した』

『何が起きたのか脳が処理しようと試みる刹那で、鳥は私に向かって一人でに歌い出した』



『−逃げ出したいなら銀河しかないよ−』

『−私がリズムに乗せてあげるから−』

『−ドキドキが止まらない 未来への予感が−』

『−音楽を止めないで 誰も知らない場所へ−』

『−夜空の煌めきを 瞳に映しながら−』

『−好きなだけ散りばめて 最高のタイミングで−』

『−今夜 あなたと出会えたのは−』

『−奇跡なんかじゃない−』


『−天の川を渡る 私のシュガー・ベイブ−』

『−永遠を手にする 愛の言葉が浮かんで−』


『−あなたは私のムーンライト−』

『−せめて今夜だけ−』

『−この宇宙を漂っていたい−』

『−彼方に輝くスターライト−』

『−せめてこの瞬間だけ−』

『−この宇宙を漂っていたい−』



『これは、知っている曲だ』

『この曲は、彼女が歌っていたあの曲だった』



『限りなく薄く引き伸ばされた静止した時間の中で、鳥はホルマリン漬けの胎児へと形を変えた』

『そしてその胎児は、私の目前で一人の裸の少女の姿へと変貌メタモルフォーシスを遂げた──』

『今や誰もが知っている、あの偶像アイドルへと──』



「長えんだよ」


「長え長え、何時まで夢見てやがる……寝言に寝言の連続……ありとあらゆる世迷言で塗り固められた、偽善者の記憶だなこりゃ。お前らしいよ、玉依ルカ」


「まあ私は名司会者トリックスターだから、敢えてあの記憶データを盗ませた作戦は多分成功ってことで、今は納得してるんだけど。うん」  


「これからお前らが大陸側に渡って、ランボーさんとこで色々修行したり、色々映画やら音楽やらに触れたりしてーってのをちまちま再現リプレイしてる暇はねーぞ。言っとくけど」


「まあ、とにかくな」


「端的に言うとな」


「次の日曜の午後3時……中央広場で新市長の就任式がある……ちゃんと観といて。そしたら多分、あたしに会いたくなる」


「そんであたしに会いたくなっとら……会いに来い。非指定地区アン・サーティファイドのレナード橋な! 来たら飛んでくよ。すぐ察知出来るから」


「じゃ。恋人も呼んでるみたいだから、そろそろ現実に帰んな。『元気です。ありがとう。どういたしまして』」



 


 …………

 …………

 …………

 …………





「……!……!」


 

 ──懐かしい声がする。

 ちゃんと血の通った声。本当に此処に、存在する声──



「……ルカちゃん! ルカちゃん!」

 

 

 何時もの隠れ家セーフ・ハウス

 目の前にはチエがいた。

 私は、現実の世界へと舞い戻った。


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