夢幻 ④おしゃべり、おしゃべり

『またしても、鳥だ』

『今や冴え切った視力で捉えることの出来る、オレンジの飾り羽。中空に浮遊しながら、暗闇の中で光を纏っている』

『一体何の用なのだろう?』

『こんな私に──』

『こんな私たちに──』



『それにしても、眠い。眠すぎる』

『まだ完全に、この力に身体が慣れてないのだろう。私は弛緩しきった四肢に精一杯の力を込めながら、何とか簡易ベッドの上で上半身を起こした』

『何時もの暗がりの中──』

『檻の中から覗くフロアーの景色は何時もと変わらない。向こう側にいる彼女以外は──』



『虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……』



『端っこにいる檻の中で、No.11のエルちゃんが虚ろな目で、小さく呟き続けていた』

『彼女は数日前、どうやらあの異次元への虚空へと魂を連れていかれたらしい。分からない。何故こんなことになったのか。彼女に何が起きたのか』

『何故私たちは、今こんな場所にいるのか』



『(そもそも、一種の神秘論として、あのしょうもない部屋で成し遂げようとしてた紛いもの黒魔術とか、悪魔を呼び出すとか霊魂の姿を現出させるとかいう古い迷信とはどうでもいいけど、あの異次元への穴は……)』

『(すいません、分かんないです。スピリチュアルの話は。私が今、興味あるのはプログラミングだけです)』

『(……なんで?)』

『(だって大抵、どの映画にも出てくるでしょ? カタカタカタ、ターン! って。まあ、うろ覚えですけど!)』


『チエは何時もどおり。怖いくらい何時もどおりだ。一通り嘆いて、悲しんで、怖がった後は』

『この子は本当に強い子なのだろう』

『それか、此処にいすぎたせいで感情の欠片を失ってしまったかだ』



『(此処を抜け出したら、真っ先に勉強する所存ですよ)』

『(ああ……よかったね。で! 続けてもいい?)』

『(え? ああ、はい)』

『(……しょうもないオカルトはどうでもいいけど、あの穴はヤバいじゃんか)』

『(……そうですね、はい)』

『(昔読んだ小説でさ、人殺しのための化学兵器、一番でかいとこでいう原爆が実は魔術だって暴かれる話があって、すると続けて冷蔵庫、電話まで実は魔術だってのが判明する話があって……)』

『(ああ、イヴリン・スミスですね)』



『薄目を凝らして見る、遠くの房にいるチエはベッドの上に仰向けになって、素っ気ない返事を私の頭の中へと送信した』

『頭上では何時ものようにファンがカタカタと旋回している』



『(え? 何で知ってんの?)』

『(……え?)』

『(いや、えじゃなくて)』 

『(……何ででしょう? これも昔の記憶なのかな)』

『(悔しい……あたしももっと、色んな物を読んで観て、知りたいな……)』

『(今ならこの力で、水を吸い込むスポンジみたいに何でもさっと吸収出来る気がしますしね)』

『(うん……それでね、要は化学も見方を変えれば荒唐無稽な魔術、オカルトでしかないし、何時の時代もそれを悪用する人間はいる……的な?)』

『(……ルカちゃん)』

『(……なに?)』

『(話してないと不安ですか?)』



『私はギュッと目を瞑った』

『それでどうにかなる訳でもあるまいが、今はそれしか選択肢がない気がした』

『そして暗闇の向こう側にいる少女に──話し掛ける』



『(……ごめん。今日はイメージの訓練も終わったし、早く寝よっか)』


 

『暗闇の少女は静かに声を打ち返してきた』



『(私は不安です。もっと話してください)』



『暗闇の中、はっと息を呑んだ』

『感情を失くしつつあると思っていたこの子は──』

『まだ、確かに人間だった』

『私はチエの元に駆け寄って、彼女をぎゅっと抱きしめてあげたい気持ちになった』


『これは地獄を通じて知りあった仲間への友情なのか』

『それとも別の感情なのか──』

『どんな化学やオカルトの話よりも奇妙で、不可解で、理解が及ばなかった』

『私たちは皆、心に宇宙を宿しているのだ』



『このフロアーは今晩も静かだ。エルちゃんの囁やきが、さらさら流れる小川のように部屋の中央部に木霊している』



『虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……虹、向日葵、息……』



『(出来れば、ずっとこうしていたいです)』



『小川のせせらぎは沈黙に変わった』

『私の頭の中で時間が止まる』

『そして戻る』

『何故だが胸が高鳴っていた』

『何故かは後に理解出来た』



『(そうね、うん……じゃあ、もうちょい話そうか。そんで後もう一回イメージの修行しよう)』

『(……はい!)』



『この力は、イメージの世界だ』

『私たちは想像力イマジネーションで天地をひっくり返す』

『この地獄の監獄から、抜け出してみせる』



『エルちゃんの投げ込まれた死体安置所モルグを横切って、被検体保管フロアーのあるB棟から、指導員を先頭に隊列を組んで出てゆく』

区域エリア内の離れにある小さな教会で、私たちは何時ものように老神父からよく分からない説法を聞かされていた』


『非論理を排斥する人工知能の親玉が、こうして前時代の慣習を現存させているのには何か訳があるのだろうか? それとも信仰には、何か私の知らない、それこそ化学の力にも匹敵する革新的な魔術が未だに残っているのだろうか?』

『そして最近分かったことだが、私たち使い捨てのトイ・ソルジャーたちはいずれ、少年少女十字軍として第三次世界対戦に放たれるらしい。特殊技能を備えた少数精鋭だ。しかし、奴ら豚共の目論見は頓挫することになる。この深遠なる宇宙の寛大さの前に……』



『さて、ヨハネは、彼からバプテスマを受けようとして出でてきた群衆にむかって言った』

『まむしの子らよ、迫ってきている神の怒りから、のがれられると、おまえたちにだれが教えたのか』



『ドレッドヘアーの目立つ、黒人の神父が滔々と何か呟いている。どうやらルカの福音書と呼ばれるものらしい』

『私と同じ名前、第3章7節』

『私が弟子として仕えるべき主とは誰だろう? 分からない。この国の党首ではないことは確かだ』 



『それと──』

『私の父親は、一体誰なのだろう──』



『帰り際、その神父から声を掛けられた』

『その声は日々の寝不足で浮ついていた私の脳髄に、一筋の雷電を落とした』



『次の火曜の午後だろう? 辞めておけ。確かに監視は緩くなるが、力に目醒めたのはたった2人だ。全員で脱出は無理だ』



『振り返ると彼は、私を無表情に、まるで雨の日の庭でも眺めるように静かに見下ろしていた』

『それは単なる客観的事実を述べたに過ぎない、とでもいうように。神父は更に淡々と続けた』



『上の監視を掻い潜って、この部署を残しておくのは中々骨が折れるんだよ。もうすぐ私も異動になる。話すのは今日が最初で最後だ。会えてよかったよ』



『私は頭をフル回転させて、その男とコミュニケーションをとろうと試みた。たが、中々言葉が口をついて出てくることはなかった』



『君は史上最悪の被検体と呼ばれている。しかし中には、神の御子と呼ぶ者もいる。ここの連中からしたら最悪というのは最高と同義だからな。規格外の数値データに加えてそのブラフマーの力だ。これ以上、少しでも能力の発露が観測されれば、次からは本当に何の自由も与えられず、此処から一生逃れられなくなる。こうして少し外に出て、神父のありがたい説法を聞くこともなくなる訳だ。だからやめておけ。出来れば次のチャンスを待ってほしい』



『私は、何とかして言葉を絞り出した』

『震える声は小さく、目の前の空間を飛んでいった』



『一体……何時になったら次が来るんですか?』

『……分からない。だが、然るべき時は来る。必ず……それにブラフマーは魔法とは違う。その力は、何時かはお前たちを滅ぼす』



『遠く向こうから、次の演習を担当する指導員が迫ってくる』



『──ブラフマーの力が、私たちを滅ぼす──』



『私は男の静かな目線を背中に感じながら、隊列の中へと戻り、次の棟へと歩を進める』

『こうして危険リスクを犯してまで──あれだけ大掛かりな教会部署を残してまで──内部に潜伏し、気の遠くなるような年月の──反体制レジスタンス活動を経て──伝えたかった言葉が──』



『やめておけ、だと?』



『私は信じられなかった』

『大人というものが』

『世界というものが』

『私は何もかも分からなかった』



『だから──』

『私は絶対に、この任務ミッションを完遂しようと思った』

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