夢幻 ②音楽の話
『(だからですね、日本語ロックの始祖は、はっぴいえんどの1stじゃなくて、ザ・モップスの2ndの方が先なんですよルカちゃん。未だに勘違いしてる人多いんですけど……)』
『(……分かんないよ。誰だよそいつら)』
『(知らないんですか? モグリなんですかルカちゃん。かつてこの列島が独立国だった頃に存在した、伝説のロックバンドです)』
『(……ロックって今バリバリ規制されてる音楽じゃん。何で知ってんのそんなの)』
『(……何でなんですかね? これも親からの影響……? 多分、お父さんからの受け売りなんでしょうね)』
『(……うん、ごめん。そんなつもりじゃ……)』
『(あと、ロックよりも悪い音楽があります! それはヒップホップです!)』
『(あ、そう……)』
『(
『薄暗がりの中、巨大なフロアーの四隅に設けられた遠くの長方形の硝子窓から、光の結晶が放たれているのが見えた』
『汗ばんだ上着を摘んで風を送り込む』
『もしかしたら、7月はもうやってきたのかもしれない。昨日、何時ものように外で演習をやらされた時、青空がやけに高く感じた』
『夏だ、夏が来たんだ。此処へ来てからおよそ半年程の時間が流れた。この全ての悲劇は、まるで全てが一瞬の出来事でしかないかのような気がしてきた』
『今日も頭が重い。目が霞む、思考回路がなかなか定まらない』
『この力を手にしてからというもの、私は更に眠れない体質になってしまっていた。向こう岸にいるあの怪力少女が毎晩、高いびきを寝静まった部屋に響かせているのが羨ましい』
『それにしても、惨い。とてもじゃないが、やり切れない』
『ぼんやりと思い出す。あまりにもあっけなかったので、今では記憶がただの妄想に変わっているのではないかとも思う』
『昨日は一番の古株だったNo.5とNo.6が殺された。重火器の扱いに長け、今回の脱走計画の要となるはずだった二人組だ』
『それも、ただの気まぐれのようだった。白衣の大人たちが日々液晶パネルに記録している何らかの
『これはもう、要らないな……』
『目隠しをされたまま炎天下の空へと連れ出されていく途中、廊下で痩せ細った骸骨のような顔をした男の指導員と、背の低い見た目の若い女の指導員が、そんなことを話していたのを聞いた』
『巨大な三角錐の
『まるで都市型の公園のように、トーキョーラマのど真ん中に開いた空洞。虫食いになった緑と土気色の大地の中で、私たちは日々何かしらの実験や訓練を強制されていた』
『どうやらこの
『そしてあの塹壕の中、気付くと二人は何かしらの機関銃の側で、脳漿を垂らして横たわっていた』
『軍服に朱色の筋と、粘着質で透明な液体が垂れ落ちているのが見えた』
『暫くして清掃員がやってきた。私はそれを遠くの位置から、目を凝らして覗き込んでいた』
『この時の私には、何だって見えたのだ』
『すると指導員の一人が遥か後方、正面ロビー方面から3番ゲートを潜り、私の方角へと歩を進めている
『いや、単に気配をよりリアルに感知出来ただけなのかもしれない』
『私はそそくさと持ち場へ戻り、其処に置かれていた機関銃に手を掛け、強烈な振動と爆音と共に、前方の壁に並ばされていた数十人の死刑囚たちを右から順に撃ち殺していった』
『銃は嫌いだ』
『別に人の命が尊いものだから、だなんて
『自分が何故こんなことをやらされているのかは分からない』
『ここにいる大人たちだって、結局のところ皆、広大な中華連邦の端っこにある小さな島を統治し、滞りなく経済活動を回すために、従順に人工知能の命に従っているだけだ』
『私たち子供たちを……一端の殺戮兵器として育てたり、好き勝手に人体実験を繰り返すのが……その国の長によると、極めて論理的な思考実験に依る演習であるらしい』
『これこそが、死者の特権ってやつね。これ以上、もう死なないでいられるのは』
『近寄ってきた見た目の若い女の指導員が、満足そうにそう呟いた』
『初めて此処で、人をこの手で殺めた時の記憶は、私にはもう残っていなかった』
『どうやら此処で過ごしていると、都合の悪いことはこうして全部忘れていくようだった』
『ヘンテコな鳥だった』
『あれは何という品種なのだろう……雉鳩? 違うか。極楽鳥のように派手な飾り羽と、顔周りの模様。全体的にオレンジがかって見える』
『遠い薄闇の向こうで──』
『見たこともない鳥の目が、私をじっと見つめている』
『しかしその視力の魔術も、次の瞬間には消え失せてしまった。もう鳥の姿は、ぼやけた霞の中へと消えた。私は目頭を強く揉んだ。それで、どうにかなる訳でもないだろうが……今やこんな幻想を視るまで、私の頭はいかれてしまったのか』
『日々、変化していく肉体と精神の変調……私は何も分からないし、端からそれに付いてゆく気もなかった』
『今は脱出作戦の時まで、時間が過ぎ去るのを待つだけだ』
『(サビの部分でボーカル含む各楽器チャンネルの
『(ちょっと! 黙ってて。てか、別にいいよ。勝手にウンチク垂れ流さないでよ。頭おかしくなるわ)』
『(でも、聞いたら絶対に気に入りますよ! 多分お父さんが言ってました! この国の、この世界の音楽のレベルは宇宙一だって! きっと百年後も残るだろうって。そんで宇宙人が地球を侵略しに来た時に、そのレベルの高さに驚愕するだろうって。まあ、お父さんの受け売りですけど。いや、性格にはお父さんの記憶はなくて……)』
『(もういいから! 本当にお願い!)』
『私は頭の中で叫んだ』
『もしかしたら、この子にこの
『すると遠い向こう側で、チエちゃんが、長い黒髪を項垂れているのが……見えはしなかったが、しっかりと感じ取れた』
『(……ごめん、つい)』
『(いえ、私の方こそ、すみませんでした……)』
『フロアーを満たす張り詰めた空気が、私たちの間をゆっくりと流れてゆくのを感じた』
『全ては流動するエネルギー。今、時間と空間を支配しているのは、この今という瞬間だけだった』
『チエと話し相手になって以来──不思議な力を持つ者同士の友達になってから、私はこうして話しているうちに、例の不安を拭い去ることが出来るようになった』
『いや、これだけうるさくされたら、忘れざるをを得ないのだ』
『毎回、毎回』
『(たまに、これって全部、夢なんじゃないかなって思う時ありません? 一炊の夢、胡蝶の夢、邯鄲の枕とか……色々言い方はありますけど、全ては一瞬の内に過ぎ去ってゆく夢)』
『(意外と難しい言葉を知っているのだな、と思いながら私はチエの方を見やった)』
『(いや失礼ですね、それぐらい知ってますよ)』
『私は不意を突かれて驚いた』
『(ああごめん、今度は私の方が漏れてた。気を付ける)』
『(下ネタですか?)』
『(違えーわアホ、黙っとけ)』
『一瞬の沈黙の後、私たちはお互いに頭の中で笑い出した』
『こうしてテレパシーで笑い合ったのは初めてだった。何とも趣が深いものだった』
『それにしても何だか不思議な子だ。こうして全てが、良い意味で馬鹿馬鹿しくなってしまう』
『私は体育座りをしながら、チエに向かってこのテレパシーを送り続けた。この子と一緒なら、全てを笑い飛ばしてやっていけるような気がしてきた』
『(あの二人、確か付き合ってたんですよね……)』
『私は思わず、実際に呻き声を上げてしまいそうになった。』
『(えっ? そうだったんだ……)』
『(はい。まあ、それが直接の原因だったか、詳しいことは分からないですけど……)』
『するとあの痩せ細った骸骨のような顔をした男の指導員と、背の低い見た目の若い女の指導員が見回りにやってきた』
『何時も通りに狸寝入りをしていると、二人は何やら楽しげに昼間の出来事を語っていた』
『それはNo.5とNo.6──』
『ミドリちゃんとイツキちゃんの頭を後ろから弾き飛ばした時の話だった』
『やはり、私は銃が嫌いだ』
『本当に腸が煮えくり返るほどに憎い奴がいたとして、わずか数発の弾丸、もしくはたった一発のヘッド・ショットだけで終わらせてしまうのは、あまりに人道的過ぎる』
『私はあの男の肉を、女の腹わたを、この手で直に捩じ切ってやりたいと思った』
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