指定認可地区 ③ガン・クラッパー2号討伐作戦

 ─レベルガール、レベルガール─

 ─あんたは私の世界の女王様─

 ─レベルガール、レベルガール─

 ─あんたを家に持ち帰って─

 ─あんたの服を着てみたい─


 ─あの娘が話せば、革命が聞こえる─

 ─あの娘のヒップには、革命が宿っている─

 ─あの娘が歩けば、革命がやってくる─

 ─あの娘のキスには、革命の味がする─



S&Wスミス・アンド・ウェッスンの音ではなかった。

 いや分からない。銃など全く興味がないから。

 とにかく、左右の耳の横を高速ですり抜けていった弾丸と、その発砲音はS&Wスミス・アンド・ウェッスンではない気がした。


 その男……ガン・クラッパー2号は私の左脚蹴りが届く前に、既に変形を終えていた。全く近頃のガジェットは高性能なものだ。何かある度に故障したり、破裂してしまう人間の身体とは違う。

 両肩にガトリング砲を生やし、両腕の前腕部の至るところに複数のショットガン(多分)を備え、額は中央から割れ、サングラスの奥の目は白くひん剥かれたその異形の模造人間シミュラントは、歪に笑っていた。

 頬の両側まで引き裂かれた赤い口角の内で、規則正しく、まるで指定認可地区サーティファイドのビル群のように整列された白い歯が立ち並ぶ。

 

 ケタケタと、笑っている。

 その咽喉の奥に、更にもう一つの、虹色に輝くチップを備えた大きな口径を見つけた……光線銃レーザー・ビームだ。

 

 ブラフマーに出来ないこと

 その① 車の運転

 その② 光線レーザーの回避──

 嗚呼、しくじったかも……


 次の瞬間、視界の右端と頭蓋の右側から鈍い衝撃。この感触で分かる。恐らく、チエの左肘。鈍痛。クソ、もっと加減して。嘘、ありがとう。

 私は前後不覚のまま空を飛び、何処かのビルの硝子窓に激突する。飛び散る破片、身体を結界バリアーで守る。勿論この程度じゃ何ともない。

 すぐさま前方確認。チエがガン・クラッパーを上から下、右から左へ殴り、続けて高速で膝蹴り、頭突きをかましている。

 

 およそ30メートル向こうから聞こえる殴打、打擲の鈍い音。その機体ボディーは余程の鉄塊なのか、僅かに凹み、付属品の銃を数丁程へし折っているだけだ。これが通信社の社員、中身の人間ならば秒で全身が粉骨砕身していることだろう。

 基本、あの子は戦闘においてはこれしか能がない。これしか出来ない。普段ならそれで充分だった。だが、今回は違う。

 鋼鉄の模造人間シミュラントは両腕に残った僅かな銃を乱射、もちろん全弾外れる。そしてそいつは、私のフィアンセの頭を巨大化した掌で掴み、首を捩じ切ろうとする。


「殺すぞコラ」


 広場を包囲していた私服の機動隊からの集中放射が届く。弾丸がチエの身を避けて、ガン・クラッパーに届く。びくともしない。堅牢な機体を機敏に振動させ、精密な起動を続けている。

 チエ、掌から脱出……よかった!……脇腹に廻し蹴りを食らって吹き飛ぶ……あの子は私よりも頑丈タフだ。大丈夫。一時離脱。周囲の人々は逃げ回っている。

 なるべくジグザグに、何処でもいいから走ってくれ、と念じるが一般人に思念サインが届くはずもない。ガン・クラッパー2号が腰を低く落とし、残りの銃火器を全周囲360°、放射線状に向ける。

 私は走る。クソ、クソ、クソの機械。クソの通信社。クソ模造人間シミュラント! 発射される……

「今日モ今日トテ羆嵐Da Storm! 我ハ又鬼マタギ! 羆嵐Da Storm! 絶望ヲ他ノ誰カト分カリ合ウ! ソレダケガコノ世ノ中ヲ熱クスル! 羆嵐Da Storm!」


 

 ブラフマーに出来ないこと

 その① 車の運転

 その② 光線レーザーの回避

 その③ 他者へ降り掛かる不浄攻撃の回避──

 

 それと勿論、さっきからこいつの機体も全然、自由に動かせない。恐らく広場に現出したその全身は重くて、複雑過ぎるせいだ。

 むしろ出来ないことの方が、多いんじゃないのか。

 クソったれ。


 悲鳴の渦巻きヴォルテックス

 最新式の火力を備えた、無尽蔵の弾丸が、人々を赤く滲みゆく肉塊に変える。

 切れる手足と首、内蔵とハラワタの飛び散る交響楽オーケストラ

 

 一体、テロリストなのは、どっちだ?

 この世は地獄。

 老若男女問わず、人間は糞の詰まった袋だった。


 私は鋼鉄の殺人鬼の背後を回り込み、羽交い締めにして持ち上げ、銃弾の雨霰の軌道を中空に逸らす。

 向いのビルの壁面が破壊され、ホログラム映像が飛び飛びになる。

 チエほどの怪力パワーはないが、私だって少しは出来るはずだ。持ち堪えられるはずだ。出来なければ困る。

 でなければ、この先、何ひとつこの手で守ることが出来ない。

 あの子だって、チエだって、守ることが出来ない……

 

「……''No.3''……そして''No.7''……知ッテイタ……知ッテイタ……オ前ラガ今日、此処ニ来ルコトハ……知ッテイテ敢エテ、敢エテ……」


 ガン・クラッパー2号は笑っていた。

 恐らく人間だった頃の自我は殆ど残っていないであろう、テレビでよく聞くのと同じ機械音声。

 両腕の間でジタバタと藻掻く鉄塊。全身の骨と筋組織が痛む。私は思わず声を上げる。


ワンネス様ノ命令、ソシテ教エハ絶対的ナ宇宙の法……! 全テハ論理的ナ帰結ノ名ノ元ニ……本日ノ『演習』ハ迅速ニ遂行サレタシ……! ソシテ被検体タチノ殲滅デストロイ……! 脱走シタ失敗作ノ殲滅デストロイ……索敵サーチアンド殲滅デストロイ殲滅デストロイ殲滅デストロイ……! 迅速ニ……確実ニ……論理的ニ……! 女同士デ『契リ合ウ』……非生産的……非論理的ナ失敗作……! シイナ・ルカ……ヤマダ・キートン・チエ……殲滅デストロイ……! 指定認可地区サーティファイドノ住人モ……場合ニヨッテハ殲滅デストロイ……!」


 深呼吸。

 深呼吸だ。こんな時こそ息を深く吸え。頭に血を昇らせている暇はない。

 そして吐き出せ。

 精神を現世に留めろ。宇宙の声を聞け。

 ブラフマーの声を、歌を、聴け。


「論理なんて、クソ喰らえなんだよ」

 

 解き放つ。

 全力で解き放つ。

 私が深く交信チャネリングした宇宙を。広場の噴水の流れが止まる。飛び飛びになったホログラムの広告も、人々の流れも、滴り落ちる血も、全てが止まる。

 一瞬の永遠、永遠の一瞬。

 私の宇宙が静止する……


「口を開けて、さっきの粗末なブツを出せ。汚え、誰にも相手にされない、あの粗末なブツを出せ」

 

 その声は、明朗かつ荘厳な響きと共に空気を震わした。

 まるで、自分が発したものではないようだった。


 やがて我楽多ガラクタは命令通り、ゆっくりとその大口を開け始めた。

 そこから飛び出た口径……その場所に備えられた虹色のチップ……それがコアだ。感覚で理解出来わかる。ブラフマーが教えてくれる。

 指定認可地区サーティファイドの西日が、地面に微かに反射する。視界の端から端へと光の筋が走り抜ける。



 そして視線を空へ映すと、太陽を背に──

 指定認可地区サーティファイドの青空に、ピンク色の長髪をなびかせた──

 右の拳骨を固く握り締めた──

 白いワンピース姿のチエが跳んでいる──



 ─あの娘が話せば、革命が聞こえる─

 ─あの娘のヒップには、革命が宿っている─

 ─あの娘が歩けば、革命がやってくる─

 ─あの娘のキスには、革命の味がする─



 私を見つめる少しだけ吊り上がった、母親譲りらしい潤んだ青い目。

 単なる目線だ。それ自体に意味はない。

 たが私たちにとっては、それだけが意思の疎通となる。



「(『土に還るべし!』)」


 

 全身を震わす衝撃。

 ガン・クラッパー2号の体内に隠されていたコアに、チエの拳が振り落とされた。

 

 脳内で流れ続けていた、2分40秒ほどのビキニ・キルの「レベルガール」は、今まさに、終わろうとしている──

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