一番星の生まれ変わり

 チエが私に、微笑みかけてきた。


「次はアイドルになってからの楽しい記憶ですよ。多分」 


 私はヘッドギアを装着し、束の間の記憶旅行を再開した。

 他人の思い出を覗き見する、卑しい夜の果てへの旅へ。

 


『目が、開かない』

『痛い程に、眩しい』

『光』

『それは無数の照明が放つ光だった』


『思わず下を向き目を細める。いつもの黒のストレッチ・パンツ。昔は膝上丈の短いスカートを強制的に穿かされていたのを思い出して、吐き気を催した』

『あのクソジジイ共の顔……力を強化した今では、簡単に吹き飛ばせるというのに……』

 

『それでナナちゃんは、超能力が使えるようになってどれぐらいなんだっけ?』

 

『番組ホストの007に出てくる悪役のような男が朗らかに話しかけてきた。黒いサングラスの下の目は全く笑っていない。私と同様に、日々今の仕事を仕方なくこなしているだけなのだろう』

『自ら永遠の命を買いに出た、模造人間シミュラントの富裕層。今では指定認可地区サーティファイドのテレビタレントは模造人間シミュラントだらけだ。彼等の目の奥が、本当に笑うことは決してない』


『えっと……4年ぐらいです。最初は何もよく分からなくて、ていうか今も原理はよく分かってないんですけど、何か宇宙の力? というか意識? みたいなのと繋がっちゃったらしいです……はい。えっと、まあ東洋思想とかそういう、昔大陸の、インディアーナの偉い人とか哲学者の人たちが研究していたようなやつで、昔だとオカルト扱いされてきた……』

『最近発見された、宇宙を構成する主要な構成要素のひとつなんだよね。エーテルの更に元の部分にある……』

『というか、素粒子と対を成すいわば全体子トータリオンみたいなもので……まあ、詳しいことは分かんないんですけど』


『007の悪役ホストはまた、興味深そうに話を続けた』

『こうやって特異な存在がメディアに出演するようになった今、この業界を長年生きてきた彼にとって新たな刺激や興味の対象が出てきたのは、きっと本当なのだろう』


『私は、少し踏み込んで話しすぎたような気がした』

『いや、この程度であれば大丈夫か』

『衆目の向いている先は原理などではなく、目の前の見世物パフォーマンスでしかないからだ』


『最新のファッションに身を包み、余所行きの化粧を施された、世のティーン・エイジャーから絶大な支持を受ける女の子』

『琴音ナナ、16歳』

『それが今、私が付けている仮面ペルソナだ』

 

『そして恵まれていたのは容姿やスタイル、流行を先取りするセンスだけでなく、ブラフマーに選ばれし才能、世間一般でいうところの超能力に関してもだった』

『ヴォネガット先生は私の芸能活動には反対していた』

『しかし自分には、どうしても生活のために複数台のカメラの前で、有象無象の馬の骨どもに向かって愛想を振りまく必要があった』


『それに本心では、毎日好きな服を買って、美味しいものを食べて、学校の連中を見返したかったという下心もある』


『生まれはトーキョーラマここなんだよね? 両親は?』

『007の悪役ホストが尋ねてきた。私はカメラを多少意識しながら受け答えを続けた』

『そんなものは指先で検索すればすぐに分かることだ。私は早く仕事を切り上げて家に帰りたくなった』

『そんで徴兵には行ったの?』


『少しだけ間が空いた』

『一瞬の沈黙の中、私はスタジオ奥にいたマネージャーの志摩にアイコンタクトを送った。彼女はN.O.と答えた』


『行ってないです。F4(精神異常鑑定)で免除されたので。丁度この力が発現した時期だったので、検査に引っ掛かったんですよ』

『あっ……そうなんだ。じゃあ、時間なんで』

 

『私は綺羅びやかなステージへと歩を進めた』



『フラッシュバック!』

『フラッシュバック!』

『フラッシュバック!』 

『フラッシュバック!』

『フラッシュバック!』 

『フラッシュバック!』 

『フラッシュバック!』 

『フラッシュバック!』 

『フラッシュバック!』 

『C-POPカウント・ダウン!』

『皆さんこんにちは! ナビゲーターのチェルシー!』

『チェルシー!』

『チェルシー!』 

『チェルシー!』 

『チェルシー斎藤です!』

 

『恐らく薬でハイになってるであろう、でっぷりと太った中年男のナビゲーターが、白目を向いて痙攣しながら金切り声で捲し立てている』


『今週の三位は! 初登場! 今! 飛び切りホットなこの娘だ! フラッシュバック! 琴音ナナ! 曲は『流星』! フラッシュバック!』

 

 

『私はぎゅうぎゅうに敷き詰められた観客の前で、身体を浮遊させながらマイクに向かって口を動かし始めた』

 

 

『流星』


『−逃げ出したいなら銀河しかないよ−』

『−私がリズムに乗せてあげるから−』

『−ドキドキが止まらない 未来への予感が−』

『−音楽を止めないで 誰も知らない場所へ−』

『−夜空の煌めきを 瞳に映しながら−』

『−好きなだけ散りばめて 最高のタイミングで−』

『−今夜 あなたと出会えたのは−』

『−奇跡なんかじゃない−』


『−天の川を渡る 私のシュガー・ベイブ−』

『−永遠を手にする 愛の言葉が浮かんで−』


『−あなたは私のムーンライト−』

『−せめて今夜だけ−』

『−この宇宙を漂っていたい−』

『−彼方に輝くスターライト−』

『−せめてこの瞬間だけ−』

『−この宇宙を漂っていたい−』



『実際に歌ってなどいない』

『声紋を修得したA.I.が自動生成した声が流れているだけである』


『大昔に流行った、デュア・リパのレヴィテイティングという曲の模倣パクリらしい。こんな曲がヒットチャート上位へ上がっている時点で、この国の芸術分野の脆弱さが伺い知れる』

『最も、極秘裏にはこの超能力開発事業で世界をリードしているため、そんなカルチャーなどは犬に食わせろが、今のこの国の方針ではあるのだが』



『ナナちゃん!』

『こっち来てー!』


 

『女性客からの歓声が聞こえる。男性客もいるのだが女性よりは少ない』

『私は曲のイメージを象徴した赤のロングコートを翻して、彼女たちの上空まで飛んでいった』

『彼女たちの目は歓喜に煌めいて、沢山の顔が眩い程の笑顔で彩られていった』

『どれだけ人工知能の技術が発展しても、結局最後に人の心を捉えるのは、同じく人の心でしかないのだ』

『やはり同性からの支持は嬉しかった。この退屈な仕事で唯一の収穫だった』


『男なんて生き物は全員、この地上から死に絶えれば良いのだ』

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