私たちに明日はない
何時ものように、爆音でフューチャーがかかっていた。
曲は「ギャングランド」。
確かに10年代の素晴らしいラッパーだと思う。だがここまで大音量でプレイさせる必要はない。チエから発せられる、
キル・ビル風のサイレン・エフェクトを多様したメトロ・ブーミング作曲の特徴的なビート、高音を強調したハイハットとスネアの連打が耳に突き刺さる。
「やっぱりなんか
およそ10畳程の、1LDKの部屋。片隅で回転し続けるレコード・プレーヤーが、四角に立て掛けられたスピーカーから巨大な音の塊を放出している。
この家賃にしては上出来だろう。ランボー先生お得意のD.I.Y.の趣向が凝らされたリビングの中央には、シンプルかつ如何にも大仰なソファーと複数のデスクが鎮座ましまし、壁には種々多様なラックやフックなどが取り付けられている。
そしてそれらの中には、合法非合法含めたありとあらゆるネット上のサブスクリプション・サービスから「除外された」、音楽レコード、書籍、映画ディスクなどが収納されている。
政府の検閲を逃れて流れ着いた、マニア垂涎の宝の山だ。
奥の和室には襖を取り払って設置された本部直通の通話モニターや最新型のPC、TVスクリーンが所狭しと並んでいる。これでも厳戒態勢という訳だ。
そして部屋の中央の巨大スピーカーの側で、壊れたゼンマイ仕掛けの人形のように一心不乱に首を振り続ける、私と同い年である17歳の少女、そして''パートナー''である山田・キートン・チエは、普段ろくに動かしてない四肢を懸命に奮いながらながら踊っているのだった。
それはヒップホップのノリとは程遠い、まるで1980年代のニューウェーブ音楽におけるダンスのような、目に見えてカクカクとした、不整脈的ヴァイブスを想起させる代物であり、はっきり言って、我が恋人ながら率直に言って見ていられなかった。
私はまた溜め息を吐くと同時に
「ああ! 何で切るんですか! この
「はいはい。脳で聴け、脳で」
チエは肩をすくめながら言った。
「でもやっぱり、空気の振動って大事じゃないですか? 脳で聴いたら味わえませんもんね。やっぱりどんだけメディアやガジェットが進化して、配信サービスが発達し、人々はワイヤレス・イヤホンを使うようになり、超能力者は頭で音楽を聴くようになったとしても、やはり音楽の本来の聴き方、楽しみ方としては、こうして古来よりレコードに溝を彫る事で連綿と受け継がれてきたこの至上の録音技術を用いる事が……」
「はいはい、そうだね」
「それが、人間の営みですよ。つまり愛なんですよ! 我々は愛の力で強くなるんです!」
「……先生の教えでは聞いたことないね。まあ『似非スピ』も程々にね」
「私とルカちゃんが力を合わせて、あのA.I.たちをやっつけるんです!」
「……はいはい。頑張ろうね、これから」
私は脱いだコートをその辺のフックにかけ、キッチンで手洗いとうがいを済ませながら適当な相槌を打った。あの
利権と思惑に塗れた有事通信社の豚共の本拠地であり、何の罪もない人々から重荷の年貢を締め上げては奢侈を尽くし、あまつさえ彼等を監視し、支配までしようとする。
彼等が秘匿したがっている私たちという特異な存在は、一体これから何処へ向かうというのだろうか。
それに私は、正確には自分が何処からきたのかも分からない。
しかし国も個人も結局は、自らの過去の軌跡を完全に消し去ることは出来ない。
私は私が何者であるのかを何時かは探り当てたいと思った。
「え? どうしたんですか? ルカちゃん? え? なんかお疲れ気味ですか? え? え?」
気付けば背後にチエがいた。
ニタニタと笑っている。不覚にもそれは知覚出来なかった。
チエは何時もの怪力で私を羽交い締めにし、振り回し、引き摺り、リヴィングの中央にあるソファーへと強制的に連行した。
「ほら! ゆっくり休んでくださいね!」
そして、私を押し倒した。
「はいはい、今からちょっと忙しいから。後でね」
私は右脚をチエの腹部目掛けて蛇腹のように折り畳み、そのまま全力で蹴り上げた。
チエは口元から大きな息を吹き出して、そのまま上空へと文字通り打ち上げられた。夜分遅い時間帯であったため、天井へぶち当たるまではいかないよう加減しておいた。
そしてチエは中空で回転し、二段階着地で音もなくフローリングの床に転がり込んだ。
「ええ? 何でですか?」
「今からまた仕事だから、仕事。言ってたでしょ。今日は
「……はい」
私は先程フックにかけたコートのポケットの中から、小型USBメモリを
そして私は、種々多様なをガジェットの並ぶ和室へと赴いた。
「さあ、先生への報告を済ませたら、こいつで目一杯、遊ぶよ。朝になるまでね」
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