梵
無人のタンクローリーが二台、向かってくる。
高圧ガスの敷き詰められた銀色のタンクが夜の外灯を跳ね返す。人気のない郊外の高速道路に轟々と燃え続ける、軽自動車の群れがアスファルトに熱を溜め続けていた。そして風が、私の心身に吹き付ける。額に浮かび上がる汗の玉を掌で拭った。
私は、夜明け前の乾いた風の中に
そして、飛ばす。
遠隔操作されたまま猛スピードで迫りくるタンクローリーは大破した。
爆発は、私の身の周りを避けて通る。
母なる宇宙の大いなる
危険物積載車に掲載された標識が足元に転がってくる。
ガスの匂いもガソリンの匂いも別に嫌いじゃない。これから、何か楽しいことが待っている気がする。
私は暗闇の中でエメラルド色に光る大型外灯の一つの上へと飛び乗った。外灯にはそれぞれ監視カメラが設置されている。ほとんど
遠くに更なるガソリン車の大群が見える。相変わらずこれだけの数を遠隔操作出来る、通信社側の機敏な対応には感心する。
私は右手を赤いコートの右ポケットの中へ入れる。確かにそこには奪取したデータの容れ物である、100TBの小型USBメモリの感触があった。
すると脳内に
それは、いつもの声だった。
「(ルカちゃん? 起きてます? どうです? 今どんな感じですか?)」
私は外灯を飛び移りながら全身に集めた
「(立て込んでるわ。もうちょいかかる)」
「(了解です!)」
耳を聾する程の爆音。
地上に降りても突っ込んでくるタンクローリー、トラック、軽自動車の雨霰は依然として止む気配がない。
「(てかチエちゃんさあ、あんたは視えないってのは分かるけど、今はやめてくんない? 気、散るんだわ)」
「(ええ、いいじゃないですか別に。あと出来たら、帰りに豆乳買ってきてください!)」
身体の半径約1メートルに
焼け爛れた鉄塊と炎を跳ね除けながら、まだ被覆出来ていない外灯やドライブ・レコーダーに仕掛けられた監視カメラの死角を探しつつ、脱出の機会を伺う。
「(なんで? 一昨日ぐらいに買ったばっかじゃん)」
「(もうなくなったんですよ)」
「(ガブガブ飲み過ぎなんだよ。それ逆に身体に悪いよ?)」
「(だっていっぱい飲まないと効いてる気しないじゃないですか)」
文明の利器の
だだっ広い道路の端から端までジグザグに走りながら、私は爆発を掻き分けてとにかく走り続けた。
黒いカーゴパンツのポケットに火が燃え移る。近頃の陸軍納入品ときたら、随分安い作りになったものだ。私は
「(この前までの納豆だって、1日5〜6パックは食べてたでしょ?)」
「(はい)」
「(だから身体に悪いんだって! あんなのは1日1個でいいんだよ。納豆とかああいうのはさ、薬みたいなもんなんだから。ランボー先生だってあんなもん食えたもんじゃないって言ってたじゃん)」
「(ランボー先生はイーグリス人だから分かんないんですよ。それに私、納豆の味好きなんで! やはりなんか
人工芝の植えられた央分離帯に差し掛かったところで、私は
中々に難儀だ。
メタ思考とは縁を切れない。結局いつもこうなのだ。
特に、こいつの声は。
私は目を閉じ、息を深く吸って、一気に吐き出す。
そして、チエに向って大きな大きな
「(だから、納豆が美味いわけないだろ!)」
身体の芯に伝わる凄まじい震動。
全身の肌を切り裂く冷たい風。
ビリビリ震える神経と、こめかみの辺りでジンジンと疼く思考回路。
私の身体の内宇宙と、遠い銀河の果ての外宇宙が繋がる。
全ては
梵我一如。
生命流転。
永劫回帰。
私は四方八方に
そして
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