第12話 無茶してないよね?


「今日は、何がいい?」

 背中のみかんに声をかける。

 珍しく、学校を定時に出ることが出来たので、今日は少し手間のかかるものでもOKだ。

 ところが、返ってきた言葉は、

「……そうめん」

「え? また? この間から、そうめんばっかりやん」

「ん~。でも……そうめんがいい」

「わかった。でも、何かちょっと肉とかボリュームもほしいけどな」

「うん。ごろちゃんは、しっかり食べて体力つけてね」

「ごろちゃんは……って」


 この数日、みかんの元気がない。前よりちょっと食欲が減った。

 本人は、夏バテだ、とか言うけれど。――――ぬいぐるみのタヌキも夏バテなんてするのか? 


 それでも、僕のリュックに入って毎日一緒に出かける。学校では英語科準備室の僕のデスクで、僕以外の人がいる間は、ぬいぐるみらしくじっと黙って座っている。

 

 もしかしたら、運動不足とか。退屈でストレスたまってるとか。

 学期末でずっと忙しかったから、このところ、あまりゆっくりしゃべったりしてない気もするし。シンプルに機嫌が悪いのかも? う~ん。タヌキが、喜ぶことってなんやろ?

 いやまて。

 本物のタヌキじゃない。となると、何が嬉しいのか? よくわからない。

 ぐるぐる迷うより、訊いてみよう。


「なあ。このところ、あんまり元気ないやん。……なんか、怒ってる?……てか、気を悪くしたりしてる?」

「え? なんで? 何もないよ」

 ちょっとびっくりしたようにみかんが応える。

「いや、なんか、食欲もあんまりないしさ。ちょっと、気になって」

「ごめんね。心配かけてたんや。大丈夫。暑いの苦手なだけ。もう少し暑さに慣れてきたら、食欲も復活すると思うし」

「そっか……ならええねんけど」

「うん。大丈夫だよ」

「リュックの中、ひょっとして、熱がこもって暑いとか? 熱中症とか?」


 学校でも、熱中症は、この時期は誰もがとても気をつけている。部活でも、活動時間を減らしたり、水分補給を小まめに呼びかけたり。そのうえで、少しでも具合が悪そうなときは、すぐに対応するように神経を使っている。

 ちょっと不安になってくる。そういえば、僕は、みかんがぬいぐるみだと思って、ずいぶん油断していたかも。

 でも人間と同じように、しゃべって食べて、眠ったりもするんだから、やはりこの暑さは堪えるのかもしれない。

 そういえば、トイレはどうしてるんだろう。行ってるところを見たことはない。

 そもそも食事が出来ていることも驚きなのだけど。

 それでも生きていることに違いはない。

 具合が悪くなることもあるはずだ。


「それほどじゃないよ。ほんとに、これほど、夏が暑いと思ってなかったから。ちょっとついて行けてないだけ」

「そうか……」


 とりあえず、早く帰ろう。そして、涼しいところでゆっくりさせてやろう。

 僕は、スーパーで手早く買い物を済ませ、アパートを目指した。

――――はずだった。


 確かに、そのはずだった。

 

 けれど、気がつくと、僕は、やたら白くて丸い天井の下に寝転がっていた。

 僕が寝転がっているのは、柔らかいベッドのような感触の場所だ。起き上がろうとしたとき、すぐ近くで、ぼそぼそ話す声が聞こえて、僕は、慌てて目を薄めにして、寝たふりを続けた。


(あんたね、そんなに具合悪いんだったら、さっさと帰ってきなさいよ)

 聞いたことのない声だ。

(うん……でも) みかんの声だ。

(でも、じゃないでしょ。自分の健康考えて動きなさいよ。私が様子見に来なかったら、どうなってたと思うの? この星の気候は、特に夏は異常に過酷なんだからね)

(うん。たしかに。これほどと思ってなくて……ちょっとなめてたかも)

(どう? 薬は? そろそろ効いてきた? もうしばらく休憩してた方がいいと思うわ)

(うん)

(それにしても、のんきな男ね。まだ寝てるわ)

 のんきな男って、僕のことか?

(ちゃんと目が覚めるよね? 無茶してないよね? お姉ちゃん?)

 みかんの声が心配そうだ。

(……してない。ちょっと、眠ってもらってるだけよ)

 声に凄みがある。どうやって? と訊きたいような、訊くのも怖いような。

(え~。お姉ちゃんが言うと、なんかコワイ……)

(何よ。あのまま放っておいたら、あんた、ますます悪化してたからね。っていうか、もういいかげん帰っといでよ)

(やだ。それは、やだ。もう少しでいいから、そばにいる)

 誰の? 僕の?

(あのね、もうそろそろ期限も近づいてるんだよ。わかってる? 違う星の人と一緒になんて、そうそう暮らしていけるもんじゃないのよ。一時的にはともかく。絶対、お互い合わないこともい~っぱい出てくるんだから)

(そんなことないよ。彼とは気も合うし、話も合うし、色々気遣ってくれるし、優しいし……)

(とにかく、期限が来たら、強制的に帰還命令が出る。あんたは、もともと、惑星探査にきてるんだからね。本部には、地球の一般人の生活実態調査、という名目を認めてもらえたからいいようなものの、そうでなかったら、とっくに、この地域は離れてるよ)

(ごめん)

(私たちの船が、破壊から免れたのは、たしかに、この男のおかげではあるけどね。それでも、まさか、ずっと一緒に住もうとするなんて。……そんなに、この……)

 どこかで、ドアの開閉音がして、2人の声は急に遠ざかった。


 え? 僕、いつのまに、どこかの船、救ってたん? そんなん知らんで。

 僕の頭は、さらに、ぐるぐる回る。目が回りそうなぐらい。

 さっきから、星、という言葉が出てくるところから考えると、みかんと会話の相手は、どこか地球以外の星から来た、ということのようだけど。

 惑星探査って、地球を調べて、何する気なんだろう? 

 いや、それより、みかんたちは、宇宙人ってこと?

 あ、僕らだって、宇宙に住んでる一員やから、宇宙人か?

 じゃあ、同じやん。なあんや。

 え、でも待って。同じとちゃう。地球に有人航行できる宇宙船を持ってるって、どんだけ科学進んでるねん……。

 う~ん……なんか目ぇ回ってきた。

 

 そのまま僕の意識は遠のいた。


 次に気づいたとき、僕は、自分のアパートの前に、自転車を止めようとしたところだった。

 一瞬、あれ? と思ったけど、まちがいなく、そこは自分のアパートだった。直前までの道路を走った記憶がない。

 でも、頭の中には、真っ白い天井と、みかんたちの会話が、寝起きの夢のように薄ぼんやりと残っている。


「みかん?」

 ぼうっとしながらも、背中に声をかけると、

「なあに?」

 いつも通りのみかんの声がする。

「大丈夫か?」

「うん。元気」

「そっか。よかった」


 なぜか、それ以上声をかけることもできずに、僕はアパートの階段を上がる。頭の中が、まだぐるぐるして目が回りそうだ。やっとの思いで自分の部屋のドアにたどり着く。もどかしい思いでカギを開け、部屋に入るなり力が抜けて、僕は、そのまま床の上に寝転がった。

 意識が遠のく前に、

(あ。みかんのごはん。そうめん、茹でないと)とチラリと思い、みかんが、

「ごろちゃんっ、大丈夫っ!?」と叫ぶ声を聞いた気がした。

 


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話せば長いことなので。 原田楓香 @harada_f

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