第7話 レパートリーを
眠っている。
タヌキのぬいぐるみが、眠っている。
本物のタヌキがどんな風にして眠るのかは知らないけど、少なくともうちのタヌキは、ネコみたいに丸くなって眠る。
今日は日曜日だ。
なぜか早く目覚めて時計を見ると、5時23分。微妙な時間だ。もう少し眠っていたい気もするけど、ええい、と起き上がった。ベッドの横を見下ろすと、足元の大きな円形のクッションに、タヌキが丸くなって眠っている。
このコがうちにやってきてから、いつのまにか1ヶ月余りが過ぎた。ちょっとだけやで、と言ったものの、すっかり1人と1匹? の生活になじんでしまっている自分がいる。
じっと見ていると、ふわふわの毛が呼吸に合わせて、かすかに揺れている。ぬいぐるみの姿だけど、普通に生きていることは確かだ。それでも、ほんとは何者なのか、ずっとうやむやのままだ。
「うにゃ……」
みかんが目を覚ました。小さく瞬きしている。
「ごろちゃん、起きてたの?」
「うん。おはよう」
「おはよ、ごろちゃん。いつ起きたの? 私、ねぼう?」
「いや、僕がたまたま早起きしただけや」
僕がそう言うと、安心したように目をこすりながら、タヌキが円形のクッションの真ん中でそろそろ立ち上がる。
みかんは、このところ、リュックに入りやすいようなコンパクトサイズのままでいることが多い。その小さい姿のまま、短い手足をバタバタさせて、軽く体操を始める。動いて目を覚まそうとしているらしい。
「まだ寝ててええよ。今日は日曜やしね」
「でも、ごろちゃん、お仕事行くでしょ?」
「うん。行くけどね。9時に着けばいいから、のんびりでいいからね」
いつもなら、パンを焼くところだけど、今朝は時間もあるし、ご飯を炊いて、具だくさんのお味噌汁を作る。一汁一菜でいいんだと、どこかのえらい料理家の先生も言ってるらしいので、それに倣う。
「お味噌汁つくるの? 野菜がいっぱい。いいね」
好きな野菜が、人参の他にキャベツ、白菜、ピーマンに玉葱、とどんどん広がっているみかんはワクワクした顔になる。そんなみかんを見ていると、もっといろんな野菜を食べさせてやりたいと思ってしまう。
とはいえ、僕のレパートリーは限られているので、使う野菜も、なんだか同じような物ばかりになってしまうのが難点だ。
(そや、今年の目標は、料理のレパートリーを増やす、というのもええかもしれへんな)
秘かに決意する。
僕が、鍋に刻んだ野菜を入れるのを見ていたみかんが、ぽそっと言った。
「ねえ。おかずはなあに?」
「一汁一菜」
「え? ご飯とお味噌汁だけ?」
「ものたりへんか?」
「ううん。そんなことない。……でも。ウインナーが2コくらいあってもええかな~って」
小さな首を傾けて、目をキラキラさせて言う。ウインナーも、みかんの好物だ。
2コくらい、と具体的に言われると、妙に心がゆさぶられるじゃないか。まな板を片付けながら、僕は答える。
「……しゃあないなぁ」
冷蔵庫を見ると、まだ開けていないウインナーが1袋ある。賞味期限も近い。
「よっしゃ、ウインナー焼こか」
「やった!」
「6本入ってるから、3本ずつな」
「2本でいい。ごろちゃんの方が大きいから4本食べて」
「そう?」
「ん」
できあがった味噌汁は、なかなか上出来の味で、適当にフライパンで炒めただけのウインナーはこんがりいい香りで。
「炊きたてのご飯、最高!」
「ウインナーも!」
「お味噌汁も!」
みかんの可愛いところは、何を食べても、いつも感激しながら美味しく食べてくれるところだ。だから、一緒に食べると、ご飯に納豆のせただけでも、すごいごちそうを食べてる気分になる。
ふと思う。
いつか、みかんがいなくなったら、こんな風に喜んで美味しいねっていいながら、一緒にご飯を食べる存在なしで、僕は、毎日、どうするんやろな。
一瞬、箸を持つ手が止まる。
「ごろちゃん?」
キラキラの大きな目で、僕をのぞきこむタヌキに、僕はちょっと笑ってしまう。
「みかん。ほっぺにお弁当ついてるよ」
「?」
「これ」
みかんのほっぺのご飯粒をとってやりながら、思わず、その小さな頭をなでてしまう。
「ごろちゃん?」
不思議そうに僕を見上げるみかんに、僕は提案する。
「ご飯、たくさん炊いたから、あとで、おにぎり作ろう。で、帰りにどこかで、ピクニックしようか」
「わお!」
みかんの顔が輝く。
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