第5話 “ごろちゃん”は1回。
「ごろちゃんごろちゃん!」
スーパーの店内に一歩入ったみかんが、興奮状態で僕のシャツの裾を引っぱる。
色とりどり様々な食材が溢れる店内は、とても活気があって、みかんだけでなく、僕のテンションもなんとなく上がってくる。
ここのスーパーは、この辺りでも、安くて新鮮な食材が手に入ると評判だ。野菜は色もツヤツヤ、シャキシャキしている。僕みたいなド素人が見ても、ここの野菜たちの鮮度の良さはハッキリわかる。
「ごろちゃんごろちゃん」
みかんが、繰り返して名前を呼ぶ。いいけど……なんだか、子猫を呼んでるみたいだ。
「なあ、ごろちゃんを繰り返して言うの、やめてや」
「なんで?」
「なんか子猫になった気分」
「そうかな? 可愛いけど」
「とにかく、“ごろちゃん”は1回」
『ハイは1回』とよく子どもの頃に言われたみたいに、僕は、みかんに言う。
「う~ん。わかった」
「さあ、たこ焼きの具材とソースを買うで」
「うん! あ。カート、押したい!」
僕の手から、カートを奪って、嬉しそうにみかんが歩き出す。
「ええけど。走ったらあかんで。人にぶつからんように気をつけて」
「わかった。まず、どこ行くの?」
「そやな、一番近くの野菜コーナー。キノコ類もいれよか。エリンギ、しめじ、あたりでいいか」
「人参も」
みかんは、なぜか人参がお気に入りだ。僕がこの前作った、人参しりしりにすっかりハマって、それからは、とにかく、なんでも人参を入れたがる。
野菜コーナーを抜けると、漬物コーナーだ。
「たこ焼きにキムチもちょっとだけ入れよう」
いつも買っている少なめのパックのものを買おうとすると、パッケージに、なぜか『今だけ30%増量!』とか書いてある。
「ああ。なんでや……」
僕のため息を聞いて、みかんが僕を見上げる。
「いつもの量でええのに、勝手に増量されるとなぁ。困るねん」
「でも、お値段が一緒なら、お得でしょ?」
「食べきられへんのに、ようけあったら困るやろ。捨てるのはもったいなくて、申し訳ないし」
「ん~。そう言われたらそうかぁ。多くするのだけが、サービスじゃないってことやね」
「そう。サービスっていろんなパターンがあるよね」
僕らは話ながら、お惣菜コーナーにたどりつく。
「例えばさ、このコロッケのパックも、今はみかんの分も入れて、2コがいいけど、僕ひとりのときは、1コでいいねん。でも、どの種類も、たいてい5コから6コパックや。スタンダードなコロッケだけは、1コ売りもあるけど、特に、僕の好きなカニクリームコロッケは、ほら、見て。5コ入りパックしかないねん。こんなにようけいらんねん。1コか、せいぜい2コでええねん」
「そうなの?」
そうなのだ。いつも、僕は、増量だけがサービスじゃないで、と言いたくて。でもまさか、買い物しながら、ひとりでブツブツ言うわけにもいかず、心の中で、不満に思っていたことを、これ幸いとみかんに話す。
「ほんま、それ! お兄ちゃんの言うとおりやわ」
横から、カゴを腕にかけて、惣菜を見ていた年配の男性がそう言った。
「美味しそうなお惣菜あっても、多すぎて食べきれんでな。二日も三日も同じもんは食べとうないし。せやから、できるだけ、量の少ないモンをさがすねんけど。結局、いつも同じモンばっかりになってしまうねん」おじさんはボヤく。
「そうそう、そうです。かというて、しょっちゅう、自分で作る、って言うのも大変やし」僕も賛同する。
「そうそう」
僕とおじさんが、すっかり意気投合して、ほんとのサービスとは、の話題で、盛り上がっていると、横から、カートを押したおばさんが、
「この道の向こうの、橋わたって少し行ったとこのスーパーは、同じお惣菜を、大きいパックと小さいパックと必ず2種類作ってはるで」と声をかけてきた。
「それは知らんかった」「いっぺんいってみんと。ええ情報ありがとう」
僕とおじさんの心が、橋の向こうのスーパーに大きく傾いた、そのとき。
「あの。……いいご意見をありがとうございました」
声に振り返ると、僕らの後ろに、店長の名札をつけた、30代くらいの若い男性が立っていて、僕らに頭を下げた。
「僕、自分が大食いなもんで、たくさんあったら、嬉しいもんや、増量がサービスやて、思てました。ご意見受けて、ちゃんと考えてみますね」
笑顔でそう言う彼に、僕らも頭を下げる。
「よろしくお願いします」
お惣菜コーナーを離れようとして、ふと気づくと、みかんが、いない。
あわてて見回すと、少し離れた試食販売のコーナーで、ウインナーを焼いているおばさんと、嬉しそうにおしゃべりしている姿が見えた。そして、僕に手招きする。
「あ。ごろちゃんごろちゃん。このウインナー美味しいよ」
「お。そうか。じゃあ、それ買うよ」
ウインナーの袋を受け取って、カゴに入れる。
「やった~。試食おいしかったです。ありがとう。ごちそうさまでした」
みかんの笑顔に、おばさんも笑顔で手を振って、
「ありがとうございました」と言った。
家主さんに頼まれたお茶のペットボトル、合い挽き肉、たこ焼きソース、ペーパー類や洗剤などを買い込んで、僕らは、スーパーを出た。
「ティッシュもトイレットペーパーも、両方持つ!」
みかんはそう言ったけど、どう見ても、トイレットペーパーを抱えるだけでも、目の前が見えなくなりそうだったので、みかんには、ティッシュのパックを持ってもらおうとすると、
「もっと持てるのに」と不満そうな顔になった。
「じゃあ。重くなってもいい? すごく重いよ?」
「いい」
僕は、思い切って2Lのお茶のペットボトルを、手渡した。
「大丈夫?」
「だいじょぶ」
抱きしめるように、お茶を胸に抱いて、トコトコと歩き出す、みかん。すごく重そうなんだけど。
その後ろ姿を、僕は、懐かしい思いで見つめる。幼い頃、母の買い物につき合った帰り道、できるだけ重いものを、必死で抱えようとしたことを。
(すごいのねえ、こんなに重いものを運べるようになったのねえ)
感激したように、そう言われるのが、嬉しくて。誇らしくて。
成長するにつれて、いつのまにか母親の買い物につき合うこともなくなり、今となっては、少々重いものを運んだところで、そんなふうに感激してもらえることもなくなってしまったけど。
ムキになって、自分が運ぶ、というみかんの姿は、幼い頃の自分の姿を見てるみたいだ。
家主のおばあちゃんに、無事お茶を手渡し、
「重いのに、よう運んだねえ」と褒められて、お菓子をもらったみかんは、鼻歌交じりで、階段を上がる。
たこやき、たこやき、とゴキゲンだ。
その後ろ姿に、しっぽはない。タヌキが基本形のフリしてるけど、なんとなく、タヌキじゃない気がする。
可愛いけど。
すごく可愛いけど。
ほんとに、ナニモノなんだろうな。僕は、ぼんやり考える。
「ごろちゃんごろちゃん!」
ドアの前で、僕を呼ぶみかんに、
「“ごろちゃん”は1回」
そう答えながら、僕は急いで階段を上がる。
(ま、ええか。そのうち……わかるやろ)
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