第2話 ずっとは、あかんで。

「おっと」

 僕は、短めのスカートから伸びた綺麗な脚から、さりげなく目をそらす。ちょっとドギマギしてしまう。あわてて、

「お茶でもいれるわ」

 そう言ってごまかしたつもりだったけど、そのコは、案外鋭かった。

「あ。すみません。刺激、強かったでしょうか?」

 僕に訊いてきた。


 しかたない。正直に、僕は答える。

「そやな。ちょこっとな。……あんま見慣れてへんからな」

「そうですか……。じゃあ」

 そう言うと、そのコは組んだ脚をおろすと、丸い膝小僧をそろえて、ちょこんと座り直した。急に、なんだか幼く見えて可愛らしい。キラキラした瞳が、まん丸で大きい。

「可愛い」

 思わず言ってしまった僕に、そのコは照れた顔で、ニコッと笑って首を傾けた。


 2人で、ソファに並んで座って、僕が淹れたハチミツ紅茶を飲む。

「うわ。これ、めちゃくちゃ美味しいですね。甘いけど甘すぎなくて。香りも良くて」

 彼女?が丸い目をいっそう大きく見開いて言った。

「そやろ。僕のお気に入り。……ところで、何に乗ってきたかは聞いたけど。理由聞いてへん。 どうして、僕のところに来たん?」

「……それは。えっと、恩返し?みたいな……」

 目をパチパチさせながら、少し困ったような顔で、彼女?はモゴモゴと言った。


「ふ~ん……」

 怪しい。僕の目が疑わしげになるのを見て、彼女?は少し焦っている。両方の手をこすりあわせて、困っている。

 そんな姿を見ていると、僕の中に、ほんの少しイジワルな気持ちが湧いてきた。ちょっと試してみようと思ったのだ。

 そこで、僕は、もじもじしている彼女?に向かって、開いた手のひらに、握ったもう片方の手をポンとのせて、

「あ、そういえば、思い出した! 僕、先々月、実家に帰ったとき、近くの山で、罠にかかって泣いてた子狸を助けたんやったわ」

 と、言ってみた。すると――――

「そ、そうです! そ、そのタヌキが私です!」

 僕の言葉に飛びつくように、そのコは言った。

「そ、その節は、大変お世話になりまして。その感謝の思いから、こちらへ参りまして、ぜひご恩返しを、と思い立ち……」

 懸命に言う彼女?に、僕はわざと冷たく言った。

「それ。ウソやんな」

「え?」


 かたまってしまった彼女?に、僕はできるだけ淡々と続ける。

「僕の実家は、ここから自転車で20分ほどのところで、普通の住宅街や。山もないし田んぼも畑もない。それに、これまでの人生で、僕は、子狸どころか、アリンコ一匹、自らすすんで助けたことはない」

 大きな目を見開き、まじまじと僕をみつめた彼女?は、

「え? え? え? だ、だましたんですか?!」 叫ぶように言った。

「そっちも、ウソついてるやん」 僕は、返す。

「でも! そんなふうにだまさなくても……。む、むねん」

 そのコの目に、みるみる大きな涙の粒が浮かび始める。

「ううう」

 彼女?の頬を、ぽろぽろ涙がこぼれ落ちる。いつのまにか可愛らしい女子高校生の姿から、小さなぬいぐるみのタヌキの姿になっている。ぬいぐるみのタヌキが、僕の隣で、泣いている。

「ううう」

 ポタポタ落ちる涙が、その小さな膝をぬらしている。


 段々後ろめたくなってきた僕は、急いで、泣いてるタヌキを抱き上げ、膝にのせた。そっと頭と背中をなでる。ふかふかだ。

(女子高生の姿だったら、まちがってもこんなことはできへんな)

「ごめんごめん。そんなに泣かんといてや。ちょっと試しに言うてみただけやん」

「でも」 タヌキは、少し恨めしそうな顔をする。

「ごめん、て」 僕はタヌキの頭をなでる。

「うう」 タヌキは下を向く。

「イジワルなやり方して、ごめん」 僕はタヌキの背中をなでる。

「うう」 タヌキは、しゃくり上げる。

「でも、あんたかて、ほんとのこと言わんと、うそで切り抜けようとしたやろ?」

 僕はタヌキの目をのぞきこむ。

「う」 タヌキが、少し肩をすくめる。

「僕も悪かったけど、あんたも、僕のうそに乗っかったやろ? 」 

 タヌキが素直にうなずいた。

「ごめんなさい」

「うん。言えることも言われへんことも、あると思うけど。少なくとも、言えることはちゃんと話してほしいな。わざわざ僕のところに来た、ということは、何か理由があるはずやと思うし」

 タヌキは泣くのをやめて、僕の顔を、じっと真剣な顔で、見上げている。

「今はまだ詳しくは言えないんですけど。でも、絶対、あなたに危害を加えたり、迷惑をかけたりはしません」

「うん」 (確かに、あやしいふしぎなやつだけど、その言葉にウソはなさそうや)

 僕がうなずいたのを見て、タヌキはホッとしたように笑うと、言った。

「そこで、あらためて、お願いがあるのですが。こちらにしばらくおいてはもらえませんでしょうか?」

「しばらく、って。……ここにいっしょに住むってこと?」

「はい。どうか」

 タヌキが、僕の膝の上から降りて、横に立つと、ぺこりと頭を下げた。


「しゃあないなぁ。ええよ。ずっとは、あかんで。ちょっとの間、な」

 僕は、仕方なくOKを出す。

「やったあ~!!」

 そう言って、タヌキは、いや、いつのまにか女子高生の姿に戻った、彼女?が、僕に抱きついてきた。

 弾力のある柔らかな感触が、僕の胸元に飛び込んできて、僕は少々うろたえる。

「ちょ、ちょ、まって。た、タヌキのままで! 女子高生、やめて!」

「あ。すみません」

 僕の腕の中で、タヌキのぬいぐるみに戻ったふかふかの感触に、僕は、残念なようなホッとしたような不思議な気持ちになった。


 ――――こうして、僕と、そのコの同居生活が始まった。

 考えてみれば、まだ、何もかもナゾのままやけど。

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