第3話

「朱理ちゃん」


「この期に及んで命乞いを――」


「いや、そんなことはしないよ。悪役は悪役らしく退場した方がいいと思うから」


「じゃあ、どっか行ってくれんのか? 今あっちで起きていることをやめて?」


「そうじゃない。あんなの、わたしが今から言うことからしたら、至極どうでもいいことだよ」


 朱理ちゃんの手に青春エネルギーが収束し、十字架のような剣を形成する。どんなものでも燃やし尽くさんとばかりに灼熱に輝くその剣は、わたしにかけられた、チートという名の魔法を簡単に消し去ってしまう。プログラムがかきこまれた記憶領域ごと消し炭にされるんだから、無限の回復力も意味がない。


 だから、シナリオではラスボスになっているわたしなんだけど、どうしようもない。さっきみたいに刺されるだけで、わたしというデータは消去され、シナリオクリアだ。


 でも、その前に朱理ちゃんには言わなきゃいけないことがある。


「あなたのおねえちゃんはわたしだよ」


 にじり寄ってきていた朱理ちゃんの足が止まった。


 わたしを睨みつけていた目が大きく、これでもかと開く。


「朱理ちゃんが探しているのは、このわたし」


「嘘だ」


「ううん、本当のこと」


 わたしの名前は須海碧。朱理ちゃんとは、血を分けた姉妹ってことになる。


 どうして、朱理ちゃんはわからなかったのか。わたしが誘拐されたとき、朱理ちゃんはまだ保育園に通っていた。わたしの顔をよく覚えていなかったんだろう。それに、わたしは名前しか名乗ってないし、別人だと考えたとかかな。あるいは、からかわれていると思ったのか。


「今送ったデータを確認して。ウィルスは仕込んでないよ」


 空を見つめる朱理ちゃんの目が固まった。わたしの戸籍情報がまとめられたパーソナルなデータである。そこにはわたしと朱理ちゃんの両親の名前がはっきりと刻み込まれているのだから。


「ね、姉さんなら、どうしてこんなことを」


「なっちゃったんだからしょうがないじゃない」


「なっちゃったって……!」


「どうでもいいじゃない。朱理ちゃんが言う通り、わたしは悪いことをやっていた。だとしたら、何か報いを受けるべきだと思うんだ」


「でも、姉さんなんでしょ!?」


「その通り。わたしはあなたのお姉ちゃん」


 酷な選択を迫っているのは承知している。


 確か、朱理ちゃんは現実換算で高校生だったはず。だからこそ、彼女が生み出す青春エネルギーは純度が高い。


 わたしたちのような偽物の高校生とは違う本物の高校生の輝きは、きらびやかで目がくらんでしまいそう。


 でも同時に、朱理ちゃんがどこまで輝いていくのかを見たくもある。


 わたしは内心苦笑してしまった。これじゃあ、研究員と何も変わらないじゃないか。


 屋上には、焦げ臭い風が、びゅうと吹き付けている。天変地異のような天候は、プログラムされたものなのか壊れつつあるサーバーのせいなのか……どっちもかな。


 早く、終わらせないと。


「わたしは朱理ちゃんを消去するよ」


 わたしの言葉に、朱理ちゃんが息を呑む。


「だって、それが役目だしね。そうだ、朱理ちゃんが生み出してる青春エネルギーを奪っちゃおう。ここで、わたしと一緒にいようよ」


 わたしは朱理ちゃんへと手を伸ばす。


 そう言えば、ますます朱理ちゃんは絶対混乱する。


 どっちに転ぶかは、二分の一。


 わたしとしては――。


 朱理ちゃんがカッと目を見開いた。体から溢れる青春エネルギーの奔流が一段と増したのがはっきりわかる。


「どっちにするか決まった?」


「ああ」


 か細くもはっきりとした声だった。


 朱理ちゃんは一歩一歩、わたしへ近づいてくる。その手に握られていた光は赤みを失い、七色へと変わっている。


 ――ごめん、姉さん。


 その神聖な光に、わたしは飲み込まれ、わたしという存在(データ)は跡形もなくチリになった。


 いや、わたしだけではない。光の剣は大きく膨らむ。


 朱理ちゃんを見れば、涙をにじませながら笑っていた。


 わたしは妹が何をやろうとしているのか、やっと理解した。青春エネルギーの濃度を極限まで高めて、爆発を引き起こすつもりだ。


 自分もろとも消し去ろうとしている。


 待って。


 止めようとした言葉も、朱理ちゃんの笑顔も、何もかもすべて光に包まれていった。

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