催奇徘徊

百合了

催奇徘徊

 変化のときがやってきたと私を追い立てるのは言葉も不真面目な影法師で月の夜に飛び出た衝動を肯定する味方であったが道先標としては頼りなく四方どころか八方十二方位へも足を伸ばすものだから私はその蜘蛛のように開いた影の中心でじがじがもがいたが景色が変わるのは風や水の流れまかせでしかなく歩くことは無為だったためやがて諦め身を任せると古びた邸宅の岸に流れついてきしきし鳴る錆びた柵に絡まった蔦を千切ると塀に囲まれた内側で天を覆うように枝を伸ばしていた椿の木立の下から誰の腕もなく箒がさっさっと夜も深い闇にふうわりと仄白い腕が箒の柄に沿い現れて影法師はひとあし先に柵を乗り越え白い骨のようなそれに挨拶をするくらい容易いと胸を張った月下に滑るように顔を現した邸宅の住人とおぼしき御方は若い三本の枝が屈しながら伸びる箒を握った手元を崩さぬまま錆びた葉を丸めている私へ会釈し門を開けたので柵を飾っていた繊細な唐草模様が脆く崩れ地面に降り注げば屑は夜風にさらさら攫われる足元をなぜ見知らぬ真夜中の訪問をその人は不審も抱かずに微笑むのか怪しく踏みいった先が屋根の崩れた廃墟で電気も通わぬのに明るいのは月光が斜めに降り注ぐ応接室らしい部屋と廊下の床が丁寧に磨き上げられ凪いだ湖面のように夜空を反射し透き通った硝子の瓶に守られた火が影法師を私の足元へ呼び戻し耳に囁いて錯乱していると告白した影法師をすっかりおとなしく閉じ込めるとは夢にも思わず夢の所存が漂う香りは花と気付いた頃に過去は露と消え連綿と続く無自覚な歩みを祝福されるべくはまさに今であり沈黙のまま知らず忌避していたものたちが狭間から視線を寄越すというのも鮮やかでより単純な残影にかき消されて存在しないものが見え始めるのならば気狂いのはじまりだと呻く影法師の足が滅茶苦茶に踏まれて散り散りに万華鏡のように床に広がる模様は巧咲を誘われた喉の奥でこっそりと空虚なその節を関節と血管を張り巡らせた輪郭に青い血が流れている冴えた現実ではないが椿の首が不規則な時を刻んでぽとぽと柔らかい音が降り積もる地の埋め合わせに音を聞く感覚頼りであり共有される理解はないだろうとしても人間であった頃に横たわった言葉はかろうじて人と人が地続きであると予感させてくれていたがいわゆる人間でなかった頃を忘却しているとしてもこちらを向いてまるで私が見えているかのように振る舞う眼前の青い御方はひとりごとではなく焦点をしっかり結んだ黒々とした目を床の一点に伏せて簾睫毛が瞬き生きている湿り気を削ぎ落とされた口調でお掛けくださいともてなそうとしてくれる姿には心がゆるやかに親や兄弟よりもずっと深く知っている者を前に知らない者同士でいながら慰めあう甘く胸をくすぐる心地に開いた枝葉は屋根のない天井をひっそり覆って快い囁きを交わし私と青い御方が耳を傾ける声と雲と葉蔭をすりぬける光が手元に灯火を点けると繊細さに雲散霧消してしまうのだから目は揺れる橙色の灯火に吸い寄せられ浮き上がった形あるものの曖昧な輪郭を曖昧なままに際立つ新たな姿がぬっと暗闇から立ち上がったのは朱色の頰被りを肩に羽織った地蔵が斜めに生えて手を合わせておられたので私と青い御方は揃って合掌を返したところ地蔵は頬をにゅうっと吊り上げ厚く小さな唇を開きずらずらと並べ立てはじめることにはお客人は久方のどこから来たかと思えば寄る辺ない葦より軽い根無草と交えて情も儚く拝んだものがなんたるや知らぬが仏の道祖神に相見えず別離の苦に傍の己の底か内かもおどけあう余所をみるゆえ夢も現もわからぬままに己はあなたの東尋坊へ別け隔てずしゃくり嗤う地蔵の背後の闇で影法師は陰惨な表情を浮かべており青い御方は黙ってそれを眺め微笑んだまま懐から小さくたたまれた包みを地蔵にそっと渡し闇へ手のひらを広げ差し向けられた地蔵は背を向け腰は低く厚ぼったい目を蒲鉾の形に歪めたまま引き下がりながら地蔵はコンペイトウと唄う声を耳朶にぼんやりこびりつかせた振る舞いをあんまりじゃないかと影法師が吐き捨てた部屋の角は月下に晒されたひび割れた壁の近くに活けられた花を摘み弄る指に回っている枝は青い御方のすらりとした骨の先かと思われた瞬間に悪寒が首筋から一斉に広がり腿を波立たせ余韻を残して消える前に青い御方の口から漏れた小さな息がたんぽぽの綿毛のようにふうと共に発って飛んだ先を見失った私はゆきさきがないのですとぽつり呟いて影法師は額に手を当て首を振り地蔵の後を追うように消えたが傍には未だ居るらしく私の足元に戻るだけだと丸めている背中が壁に大きく写っている姿を青い御方が目を細めて長く白い指を唇にあてて静かにと身振りを交えるうちにどこからともなく笛と金盥を叩き迫る音は塀の向こうをチンドン屋が通りがかっているらしく濁ったぼんぼりの灯りが割れた窓越しに見える鉄柵の門のあたりに三ツ七ツ浮きおどけるようにけたけた揺れる人の腰に差さっているのであろう提灯お化けの様相で真夜中の催しであるのに近隣の家々は誰も窓も開けずしんと寝静まっているのでこのあたりには人が住んでいないのかとがらんとした家の中を想像すれば寂しく眉が下がる気分とは裏腹にチンドン屋はとぼけた明るい音を打ち鳴らしてじゃりじゃりと足音を立て通り過ぎるので私がずっと鉄門に顔を向けていたからか賑やかなことですねと掠れた声が背後からしたのを聞き逃すところであったがそれは青い御方の声に応じてこのあたりをよく通るのですかアレはと問うてみるとああいった類の行進は稀に他にも走り去るだけのことがありますし嫁入りや葬列も通りすがる角地の邸宅でありますけれども声が枯れてしまうほどにお話をするのが久しい有様ですと途切れがちながらも結ばれるまで待って背を預けた椅子は天鵞絨張りの滑らかな手触りがやさしく青い御方は低い猫足のひとり掛け椅子に足を組み片足のつま先で床をとんと踏み鳴らして脈絡もなく猫がいたのですと喋りだしたものだから私は説話の風のような囁きに言葉の飛び石を跳ねた影法師もいつのまに私の横の床に膝を抱え座った背中は不貞腐れて丸まって見えたので構わずにいると青い御方は床下に猫がいたのですと繰り返し先ほど踏み均していた鈍色の絨毯を器用に足先で捲りあげると丸い穴の淵は滑らかに曲線を描き珈琲色の木板が流れ込むようにしてその穴に艶々と磨き上げられた床は楓の蜜をとろりと垂らしたように空いた穴を塞がないのかと首を傾げつつ身を屈めて穴に手を伸ばせば少し前のことですが聞こえた音は猫だと思って穴を開けて床下を覗いたところが猫ではありませんでしたのでその穴は猫と思われた猫の出入りを何遍も許すうちに次第にこう滑らかになりまして床下にいたそれを高天ヶ不動の坊さんに預けてからも懐かしくそのままにしているのですと青い御方は私が伸ばした手をすいと伸ばした足のつま先に載せて払ったので身を引き椅子に腰掛けなおす悪意のない当然であるかのような振る舞いを受け入れて高天ヶ不動はここの近所であると教えてもらったが私はそんな場所があったかと覚えがなくうっすらとここへの通りがかりにのぼり旗が立っていたような気がしたので外からでしたら見覚えがと控えめに答えた声と共にみゃあおと猫らしき鳴き声が穴から聞こえて息をのみ青い御方はやはりまだいたようですねと憂いて噛まれるかもしれませんからあまりお近づきにはなりませんようにそのままでいらっしゃってくださいと椅子の下に生えていたねこじゃらしを一本抜いて穴に黄色い筆部分を振れば床下をざりざりと研ぐ音のちに縞模様のけむくじゃらが飛び出て床の上にべったりと毛深い鍋敷きが広がったのを指差しほうら猫と愉快そうに微笑ったが尖った小さな歯と血の気のない面の顔には寄る皺のひと筋もなく微笑って見えたにも関わらずその微笑みがもたらした奇妙さはこの御方はかわいらしいが恐ろしいという居心地の悪い親しみがゆるんだ目尻と心にざらりとした痛みを残しながらも微笑いは親愛の情をくすぐる毛深い鍋敷きに足が生えはじめたのがどの瞬間からだったか知れず視線を移したときには短く太い尻尾と同じくふっくら丸い足を床へにぱにぱつけながら歩き回る動きは不恰好で拙くもつれて転びそうなのがつい手を差し出してしまったから私の手の甲は細く赤い線が浮き出て引っ掻かれたと自覚するまでしばらく痛みは遅れて追いついて遠い過去を思い出したかのように時間の後方といういわば私の後頭部の彼方からすうっとあらわれた月の光が半壊の屋根を照らす光景は過去を向き現在に到達するまでの明るさが夢幻のうちであるのだろうと手の甲に膨らんだ血の玉が赤黒くなるにつれ現在に追いつき凝固に息遣いの失せる予感がするが血液が玉となって転がる前に手は覆い隠されやわらかなハンカチーフが当てられたことに驚く以上に青い御方が私の手に触れることなくハンカチーフを羽毛のように押し当ててその白く薄いガーゼごしに体温を感じた気がするのに私の手はみるみる指先から冷たくなりぞっとするほど強張ってゆく腕の下方で鍋敷きがふさふさの尻尾をタワシのように逆立ててこちらを見上げているので怖い顔をしないでおくれよと顔がどこだか分からないながらも当てずっぽうに鍋敷きへ眉を下げて困ったふうを装ってみせると毛深い鍋敷きは短い足を踏ん張りながら出てきた穴の淵にどろりと溶けるようにして吸い込まれた床に絨毯を均しながら血液を吸い取らせたハンカチーフを懐に畳んでしまうと以前に拾い上げた猫は梅雨頃にまだ子猫で紫陽花が雨に濡れてばかりいたので床下から掬い上げたときは日暮れ前のような赤紫色でかわいそうなくらい震えた体毛のちぢれもみすぼらしいものでしたが梳いてやるうちに今に星々をまとう黒い毛並みをしていることに気付きまして本当に星こそまとわずとも星空を閉じ込めたような深い目が八つも毛の奥に隠されていたのですよと淡々と口にしたのちにしかしやがて変わりましたと付け足してなにか物思いに耽るように目を伏せ頬に影を落とす月がまた雲間から顔を見せて濃く存在を増した影法師が口をきくやそりゃ猫なんかじゃないでしょうよと投げられた言葉がぽおんぽんぽんと鞠のように跳ねて滑稽な間合いを保ちゆるやかに止まると声の鞠が弾けた瞬間にお天道様の御光がさあっと部屋にひとすじの道を照らし出したそのまっすぐで嘘偽りなく示された道筋に目を細めて夜であったのに最もなことを言ったからと敷かれた道はあまりに鮮やかで道を堂々とすすむには身も心も準備が整わず自らを憚らぬ輝きのあまり光の彼方のまっしろな見晴らしに手招きする人がご来光を背に御座し一同は向かい合ったがためにひとりまたひとりと影法師が集い各々に会釈をはじめたらしい気配が伝わってくるけれども青い御方は微動だにせず眩い明けを堂々と胸元に浴びて頬が白く発光して照らされている姿は陽光に晒されて透けることのない深みに存在の灯を点し佇む超然と逆らいがたい確かなものを身の内に篭らせたまま人の姿をようやく保つやわらかな硝子を脳に結ぶ像は偶然に人というその形を知っている傲慢さから判別を試み散った記憶からさも自分が砂を払い掬い上げたかのように名前を与えようと秩序の潮流を濁すので形が現れ私は私を私と分断しているのが自分自身だとは夢にも思わないままにいたいがために身を任せる術を知らず背を追い立てられる幻に馴染む青い御方は花の影をその振り返った片頬に差す甘く強い香りが掠め微笑っているのだと遅れて知った瞬間は絶え間なく流れ去りくすくすと軽やかな声も葉の擦れ合いに葉脈の先の滴までもがかつて刻まれる中で内臓を裏返された肉叢に血管を張り巡らす小さな棘が足元に伸びる遠くの日差しの鱗をむら雲や鳥や蟲らかなしい姿の者ものが遮りその輪郭をなぞる曖昧さに細める目は霊妙の彼方に頬を薄紅に掃いて象牙の藤の若木にはしる肌下の細い枝分かれをぼんやりと浮き上がらせて横顔に舌根のほどける瞬間を見て惚ける私の眼前で青い御方に首を垂れ地に這い現れた乳白色の厚く粉っぽい求肥の肌をした巨頭のかたむぐりは足の裏や手の平を地面にべっとりつけた雑巾じみた布を腰から吊っているのだが躰の皺に挟まる布はまるで剥きかけの果実で丸々と膨らんだ頬が地面へ向かって滴るように垂れいるのが脂っぽい張りを残してゆっくりと鼻面を向けた面に拵えられていた口は鯉に似て歪んだ虚をぱくぱくとあぶくを吹くように喘ぐので身を引きかけると影法師は肩を揺らし小馬鹿に嗤った声が耳に届いたのか口を半端に開けたまま静止したかたむぐりはその躰が石から削り出されたものだったかのようにぽっかりくり抜かれた三つの穴が逆三角形の形に並んだうちの上部二つのアーモンド型の穴に嵌められた実の眼球は瞼に半分覆われたその薄皮が虻が翅を震わすように膜を張ってはめくってついに白目をむいたまま焦点のあわない黒目がやたらな方向へ飛び回るのでそれはいきものというよりも回路の切り替えが壊れた玩具の口からつろんとはみでる舌に涎が照り穢の雫が伝うと同時に肩から崩れて足元にひっくり返り腹を見せた蟲のふくらはぎのような肉と筋の脚で叩いた床に表を向いて落ちていた手鏡に亀裂が糸となってはしり氷の軋む密な音がだらしなく間延びしながら響いた末に鏡は鋭利な破片となって床に散ったそれを避けるように手足をじたばたさせながら部屋の隅へ向かおうとするが青い御方の華麗なつま先に裾をしっかり踏まれ逃げられず黒い小さな粒の目玉がきょろきょろと昆虫や甲殻類のそれを彷彿とさせながら蠢かせる憐れみに青い御方がそっと足を退けた途端に転がるように暗がりに飛びこんだ姿を影法師が自身の背後を気にしながら言うには影に溶け込むああいったものたちがいつ自らに手をのばしてくるのか予想がつかなくておそろしく境界を叩き割られた鏡の破片が返しの魔除けとしての呪力を失い無防備に晒された屋根のないこの場所は月も星も大いなる姿が覗き込む箱庭の上空では既に雲が流れはじめて太陽がにやけた顔で照らすその背後にこぼれる笑みの欠片の恩恵を受けようと追いかけていたが月は月として太陽と同じく自ら笑い光れることを思い出したために天に昇り朝焼けと思われていたそれは人が怯えたとおりに鼻柱の高い満月の陥没した肌理が口角を引き私たちはかの月を見上げ頭にうらうらと気狂う光源を浴びざるをえずにもしも夢であったならと崩れた壁の向こうに延々と続くように思われる廊下を通るに相応しい灯をぼんやり身にまとって遠ざかる背を私が追えば影法師がいけないと首を横に振るが照らされた廊下へと私は足を踏み入れた先の破れた障子を開けると春の空気に満ちた和室に散相の図が描かれた掛け軸が下がっている前に正座する青い御方と膝を並べた手の甲にぽつりと雫を落としたのが見えたので驚いてくっと顔を伺いかければ視界の端の障子に人影が躰を重たげに揺らすようにして廊下を通ったのが見えて障子に次々と映る人影は皆がぼんぼりを下げているらしい列をなした者たちの腕が長い春の霊とは花を摘むために垂れているのだと伝えられる世に存在しない態で扱われるものの元へ誰がいくら足繁く通おうとも会うことを叶えたものはおらずに人々の間で噂となれば取り憑かれたと敬遠されるのが世の習いは自分達と別々の世界に振り分けられていると思い込んで見ないようにしているのだが求めずにはいられないひとつの接点に心を焦がし惑い現世と繋がる糸を細く撚り直す指が躰と心のどちらを結んでおくべきかと悩み尽きず器用に等分に結んだつもりが結び目からいつのまにか千切れ心離されてしまうのは結局のところ通い詰めたその人自身が招いた多重の縁結びだと青い御方はまるで独り言のように呟くので人が人を形のあるなしに限らず求められる場所があるというのは救いにはなりませんかと問おうとした矢先に挙げられた手に制止されて青い御方は口元に人差し指を当てながら障子をじっと睨む理由は会話に耳をすませた春の耳穴がくっきりと障子に濃く黒く張り付いて屈んでいるらしく聞こえる言葉を本気にして今にも身を部屋へ滑り込ませるとも限らず私たちも耳を傾けているあいだはひっそりと互いに耳をすませあい満ちている気配というものを汲み取ろうとするがやがて春は興味を失ったかのように障子の耳穴を閉じ姿もまた廊下を音もたてずに去ってゆく呼気の希薄さが私の息を詰まらせ青い御方は障子の向こうにいつまでも姿が見えているのか引き締まった眼差しの対の黒点に刻みつけるさまは春の気性に警戒しているのか過去に煩いでもしたかと思わせられる深くぼやけてゆく光景を刺して捉えようとする針の眼をつうと私に向けてさあ障子を開けてここを出ていきましょうと促し屈んだ腰は強張ったままに両手にかけた障子を左へ引くと桟をしとやかに滑り開けた先は長い外廊下がうららかな陽光に照らされて水かけをしたばかりの艶めいた木の色がぱきぱきと乾きかけている最中で部屋はあまりにも暗い内にある足を踏み出せば青い御方は私の肩に手を置いて半歩後ろをついてこようと視界にちらと映る肩の手を振り返り見れば透けている腕も双肩も頭も腰から下も全て陽光に消えた影法師を強調し陰影を飛ばして輪を描き踊りはじめた七色に光の帯の裾をひらめかせるので足元では影との繋がりが切れた影法師は高笑いを地面に這った姿全身で震わせて示すが笑いにも嗚咽にも似た震えは胸を締めつけるたった一歩を踏み出すために足を上げることを躊躇わせるが同時に肩に食い込む青い御方の指がこの場にいさせることを許さずに先へ進ませようと強く掴むので痛みは肩が腐り落ちて捥がれてしまうのではないかと思うほど内巻きになる光の帯の中をすり足で進む先には眩しい光の奥からふくよかな痙攣する声が笑い声とも嗚咽とも聞こえる心地よくいつまでも聞いていたくなる不思議な欲求は抑圧されうまく飼い慣らされた感情の高貴な残響を貝殻に耳を押し当てて聞くようで心音は穏やかに瞼が下がり青い御方もほうと吐息を漏らし耳を傾けている私は自分の足元で影法師が帯状に切り裂かれ金魚の尾鰭のように千々になっていることをただ裂かれてしまったなと哀れにも可笑しくも思わず呆然としていたが考えてみればもともと影法師があずかり知らぬところを闊歩していたのも今の瞬間に私と切り離されてしまったからなのだと過去と現在の流れを手繰って撚られた糸の模様を受け入れてしまえば時を一方に流れているとすればここが過去であり且つ玉結びに直面しているはずで片方の肩の重みは魂の断片であるのかもしれず分断と統一の定まらない間にふわらふわらと漂っていた影の帯はやがて端から解けた先から景色の中に溶けてしまい繰り出した手のひらは糸の端を握ったとしても開いてみれば何もなく緑と青の血管が紫がかって蜘蛛の巣状に広がっているその糸の先も似たように解けてゆく影にじっとりと脂っこい肉体が薄切りにされて張り付いていたのだと結えられつつも名残惜しく足を止めたのは廊下を渡りきった柱の陰ではまだ繋がっているかのように伸びる影法師が遠くの庭木の根元にまっすぐ立っているのが見えたがどこを辿っても本当には繋がっておらず今にあれは自由に踊り狂うだろうと背を向け木の目が濃く刻まれている木戸に手を掛け横に滑らせたときに肩に預けられていた青い御方の重みが消え私の半歩後ろの気配というものが煙のように漂いつつその浮き立つひとすじ通った枝の指が引き戸の向こうを指して背後にはもう誰もいなくともついてきているに違いないという信仰だけが背にぬるい風が吹く髪を掻き混ぜ押し出されて敷居を跨ぐと遠方の山頂に御座す東雲があらためて影法師を呼びつけるが分離した影は東雲から遠ざかるように来た道のほうを向いている数を麦の穂の一粒ずつを数えているかのようで目眩に足を滑らせ敷居の縁から転げ落ちる直前の私を影法師は振り返り見て立ち尽くした姿は論理を踏み外した今やもう見えず数えた影が落ちる私と並走して群を成し上弦の九番体に似た軍列がぐじゃぐじゃ鳴ることには鞠よ跳ね孤高の道へ戻らねば同化は滅法歩けなくなってしまおうと跳躍転身を唆し群は回転捻転の粒が嵐のように唸るのは懐からまろびでた磁石の対極に影響を受けていると騒ぐので懐から取り出すとたちまち群れは磁石に飛びつき棘棘しい松の葉のように束になって口を噤んだのでハンカチーフを広げて包んでやるとまあるくほうとため息を吐いた包みを何度目かの日の出から隠してやることにしたのはもともと夜に親しみ故郷があるものであるから日差しの前では寄る辺なくなにかに添おうとするもので日差しから目を逸してみれば星々などが光っている夜空の深みに散らばって羅紗の流れにのり地上へ粉々に崩れながら落ちて月の前を素通りし重い大気をすり抜けて黒々と轟く海の一部へと星々がちらつき吸われるように向かう無表情の鈍い集合体が唖と口を開けて立ち尽くしていたことに驚いて身を翻そうとしても地上に引き寄せられすぎた輝きは引き返すことができずにぱらぱらと岩礁を打つ波飛沫のように砕ける身を感じながらぐにゃぐにゃ動く自分達とは明らかに異なった不気味ななにかの上に等しく身を注いだ輝きにこれが星というものかと口を歪め自分ひとりが落ちてきたことに気付いたのだという勘違いに酔いしれて堂々と弄ぼうとした儚い瞬きは消えてなくなるので降ってきた空を仰ぎまばらな星が次々と失せてゆくのを辿り見えなくなった輝きはきっと地上に落ちたのだろうと思えたが自分の指先に落ちてくることは一晩に二回とないのだと察して包めるならばと手のひらを鉢のように丸めて星を溜めた中につんと角を尖らせた星の子がきゃらきゃら咲って私を見上げるや毎日ぶつかっていたあなたにようやく目を合わせた僕は雲がない日には毎晩道に降りて月に照らされ夜道に光っていたし雨上がりの夜は水たまりでぱしゃぱしゃ跳ねた日はあなたは僕に喋りかけるだろうと思ったけれどあなたときたらふいと空を見上げ僕がどこから落ちてきたか知ろうとして星かと言うだけで立ち去ったと角を目一杯に伸ばしながらそう僕は小さいだろうし抱いていられないだろうと自慢げに花が一斉に開くように内側からほろほろ輝き私の指の間からこぼれて地面に落ちるとぴぴんと鈴の音を鳴らして転がる星の子にいつのまに慕ったのと聞けばさあねと答えて続けた言葉はあなたが僕を星といって見上げるよりずっと前からだと思うし夜にあなたを見つめているのはあなたが名づけたものよりも多く交わしていたのは言葉だけではなく心の中で呟くのはいつだって他人ということは僕が僕という余所者になると咲うので細かな跳ねっ返りの音が躰に反響するのをきっかけに障りだなと私の耳のすぐ後ろで低い声を出した青い御方は星の子の屑が残る私の肘を叩いたので星の子は一斉に地面へ落とされて虹色の屑がたのしげに散りながらくすぐるような声が小さく泡が弾けてぴかぴかとかわいらしい輝きが波になり規則はなく近くは白い角が立ち遠くは畝が揺らぎ飛沫が波間に隠れて消えてゆく不規則の波間をあれよあれよと彼方へ両目は運ばれて陸地にさらばと告げることもなく星々の大海原に浮く雲海で星は悪魔の欠片ですと青い御方が波に目を伏せ攫われてしまったと乗る舟もなく星の海は躰を濡らさず流れる途方もない旋律を青い御方はふらりと躍り出て腕を宙に浮かせ波間をゆくには踊るようにさあと波に拍を穿つと穿たれたところを中心にたっぷりのひだを纏った波が翻り底の見えないましろな泡の中でかるがると身を翻してくるりくるりとそのまわりに波紋が一枚の波の裾に豪奢な飾り房の飛沫を紡ぎ弾かれた真珠の飛沫には青い御方の口元からこぼれた仄かな微笑みが私には星の子らと同じに見えて輝く子らはそれぞれの虹色を保つ波間に大きな塊の泡も風に散った粒の泡もしっとり伸ばされた腕に寄り添いおよそ自ら光ることを知らない暗がりの腕が見えうる限りの彩りをひとまとめにからげて花束のように抱かれた花の一輪は焼けつく点滅であるけれども夜の漆を塗った腕と花はどちらに目を向けてもふたつは互いに重なり青い御方は透ける躰を波に触れさせていた足は飛沫に叩かれ震えて音は二度と同じ響きを放たず響き残って足をもつれさせるのはなぜと問うと心臓だろうねという返事と共に鼓動が静寂に織らた囲み軋む音を聞いた波のへりを撫でて青い御方はやがて踊りをゆるやかに終えてまっすぐに立つと海路は仄かに色を変えた東の果てが夜を放逐しようとしており星は姿を消して笑い声もかすれて聞こえず目の中いっぱいに詰め込まれていた星々の破片はひとすじの陽に溶かされてあたたかな帯に焼けた黒点に長く緑がかった髪が水面に浮いており海面にたっぷり広がって墨の流れる照りに目鼻口が見えずにいたがぬらぬらと髪の下から現れた顔面はくり抜かれている異形のものは必ずしもこちらに顔を向けているとも思えずに歌鳥魚と呼ぶまでは頭を突き出していたがざぶんと沈んだので青い御方が海面を見渡した隣で並んで同じ方向へ首をのばすと水中をのたうって向かってきている姿は影法師に似ていたがあれはまっすぐに放散する万華鏡に対してこの髪は端からぷつぷつとちぎれてしまいそうに細い束が近くまでやってきたとき私たちは浅瀬に立っており歌うように寄せては引き返している波にのってぐっと足元に絡もうとしてくるそれに手首を水に浸して指を伸ばしてみると溺れないようにと隣で発された声は鋭く冷たい水に髪は指先に刺されでもしたかのように凹んだ面を混ぜて片腕をどっぷり浸し髪を水中から引きずりだせばぬめぬめまとわりついてよじる髪は苦しみ悶えるがらんどうの顔に海水がたまっており穴の奥で渦と泡がはじけて頭蓋の岩礁を吹き抜ける風が細くやわらかに宙に旋律がとぐろを巻く多重奏は個を離れさざなみに身を任せた臓腑を叩いて堪えきれない震えが凍えた身の末端に伝わると歌鳥魚の洞穴の顔が上を向き存在しない目で音を追っていつのまにか複数の声が聞こえるのは顔の奥からしゅうしゅうと声が漏れており青い御方が私に引き摺り込まれるよとあらためて忠告をしたが腕には長い髪が絡み付いており解こうと指をひっかけても水を含んだ髪はかたく絞まるばかりで水辺から離れるしか選ぶことができず陸へと上がった先の地面には短い草が生えており踏み締めた大地はみるまに赤茶に枯れて私がまた一歩を踏み出すと同じように枯れて地は腐り足元は黒ずむ髪の先から垂れた水滴がさらにぽつぽつと草を枯らすのでせめて躰を揺するまいと身をこわばらせながら歩くと足の下では枯れた草が霜柱を踏み崩す歯触りの厚い音を立て絡み付く髪は歌声が渦巻く海へと引き返したがるようであったが首までも伸ばそうとする歌鳥魚をしっかと抱えていた頭を青い御方がつつくので顔の奥から細い息を吹き出す姿が見失った星の子といい青い御方や歌鳥魚に影法師もなにかしら微笑いの痙攣というものをその身から発しているので耳をすませれば聞こえる感情があるのかもしれないと思えば潰れた喉の奥で奏でられていたなめらかな響きの一節が拍をとりはじめ踏み潰されずにまぬがれた黄ばんだ草がくしゅんと鳴いて私たちを見上げると根を自ら引っこ抜いて後ろをついてくるので私は振り返り後ろ向きに歩く草は数を増してそれは隊列となって毛細血管のような根っこで地表をずり這うので草花の足跡が道に残ったが歌鳥魚が黒く腐らせた土に草がふさふさ生えたようで腕の中で歌鳥魚は喉を鳴らしひれを叩いて喜ぶ足元の海から繋がる道を草がかさこそとざわめきながら歩むうちに花をぽんと咲かせる刹那に火のように散った種つきの綿毛が傘を広げて地面に落ちると湿った土を食って生えた双葉の芽をひょこつかせて歩みを止め見届けて前を向きふと自分の肌が濁った蝋のようで不透明な艶の奥に青黒い血管が埋まっている腕にむけて草が根を闊歩して囁くことには無限の頭足類が打ち鳴らす四肢を見る三角錐の標識灯が点る領域の先もまた頂点の葉の先に雫は留まり内なる世界を反射する各々が捧げた蒸気と生まれた種の友らよ土に根ざし風にそよぐ我々は枯れず空と大地と水のある限りゆめゆめ今が最後と思わずに枝を伸ばし葉を茂らせてその身に蓄えよと行進は勇ましく後ろに続く彼らの先頭からそっと脇に逸れると草はそのまま真っ直ぐ歩き続けて暗い岩の洞窟の中へと突き進んで行った隊列の最後尾の草が私を振り返ってもの言いたげに傾きながら穴へ消えた姿を青い御方は生まれた地面を覚えていないんだろうと言って肩をすくめたとき巨大な空洞がうおおんと吠えた岩の壁は見上げるほどに高く白昼に夜の暗がりの奥を切り抜いた穴がさらされて夢から飛び出た場所が茫漠と佇み奥からとめどなく湧いて横をかけてゆく唸りがぐにゃりぐにゃり何十本もの束がつつかれ沈められ引っ掻き回されてとろり闇に浮き上がってくる声は捻れて絡みあう歌鳥魚はぶるぶる震えて腕から降りようとしたので地面に下ろしてやると顔を泡立たせながらその身を引きずって岩の洞窟へ這う地面になめくじの粘液のような鱗を残して耳に届く反響は岩壁に歌鳥魚が合唱しているようで尾鰭をぴちぴちとそれはそれは嬉しそうに跳ねる背中を追うか考えあぐねている間に姿が見えなくなってしまい奥へ進むかどうしようと振り返ったがいると思っていたそこに姿はなくあたりを見回すと草むらにそれらしい背が屈んでいたので肩越しに青い御方が覆い被さっている地面を見ようとすれば顔の前ににゅうと青い御方の腕が突き出されのけぞって息を詰めた顔面に差し出されたのは風船のように腹の膨らんだ蛙はモミの木に吊るす飾り玉に似てころころと青い御方の手の中でまるまると太っており地の底から呻くような鳴き声でぶつくさ不満げに鳴いておかしく黙らせたいのか上下に激しく振ったところ蛙は突き出た目を白黒させてウンともスンとも鳴かなくなった腹からポコポコと不具合を知らせるようなかすかな音に集中してみれば表皮が内側から叩かれているらしく中でなにかが暴れているのだと合点した蛙の腹はますます膨らみうすく引きのばされた内側に透けた腹の中でぶんぶん飛び回っている虫が眩しい黄色に光っており食われてしまったのだねと呟くと青い御方はこれが提灯になると言って足元の草むらを雑に腕で払えば似た蛙が次々にぶうぶう鳴きながら飛び出て私はたじろいだが青い御方はさあ行こうかと張り切った声を出して片手に玉蛙もう片腕を私の背中にまわして押し唸る洞窟の暗い穴へ歩を進めた横を光る蛙たちが飛ぶ腹の明かりで岩肌が照らされ洞窟の中は石畳が貼られている道でそえられた青い御方の手のひらが服越しにあたたかく伝わってくるが洞窟の暗さの中ではそのぬくもりが奇妙に化け物じみて背中に張り付いているのは内臓だとか毛皮を忘れた獣の息遣いではないかとじんわり肩まで発熱して地面にはじける水滴らしき音もなまあたたかい蛙の飛び跳ねた先に見えた岩がどうやら石の階段になっており透きとおった水が流れてぬらぬらと石畳の表面を濡らし続けている水たまりに白い花が小さな首を丸めて歌鳥魚が通ったらしく細かな泥が煙のように花を曇らせており先を照らそうと青い御方が玉蛙を掲げ揺すると鳴いた玉蛙に先んずるように階段の上へと地を飛んでいた他の玉蛙がよじのぼってゆくので後ろから追いつやってくる玉蛙のおかげであたりはうすい光の膜に包まれ積み上がった岩や水中の苔やときおりひらめく銀色のひれのようなものが判別できるようになった目に泥煙の水の濁りにうす赤い筋が混じっている煙がみるみる朱に深く濃くどろどろと階上から流れ足元で渦をつくった血溜まりのような濃い濁りの中で白い花が頭をむっと持ち上げ蕾をぱふぱふと膨らませたり萎ませたりまるで口にものを咥えなおすようにくりかえし蕾の奥から黄色い糸の束を吐き出すとその霧雨のようなおしべは赤黒い夕焼けの水に彗星の軌跡を描いたがえぐられてしまった土を埋める水のかたまりにのみこまれ見えなくなる光景は毎段足元でくりひろげられていたので日暮をたった一歩踏み出すたび繰って眺め視界にどんちょうの下りた舞台裏の階段を登りきると草むらとなり玉蛙はザボザボ身をもぐらせてどこかからリイリイジイジイ虫の鳴き声がする一寸先に見上げる大鳥居が仄かな明かりに囲まれぬっと建つ頭上に暗く闇が覗き込むようにおおいかぶさっているので大鳥居の上になにものかがとまりじっと佇んでいる下をくぐることは躊躇われたが青い御方の手は明かりがなくなる前にくぐらなければならないとでも言いたげに先へと押して大鳥居をくぐった数歩先の地面は乾いて歌鳥魚は滝壺に行っただろうから今頃はもう見えまいねと来た道を隠すので滝壺で生きてゆけるのだろうかと心配というよりかは不思議で世には最後を知らずともすんなりとことは運ばれて必ずしも見届けられるとは限らずそれは創られたものも同じでものの間のどこへ自分の身が置かれているかということを自分の目から見ることはできずにもし鳥瞰できるのならばその目は自分ではなく妄想の類が狭い空に飛んでいるのだろうと今まさに立っている場所も飛んだ先の目が写している光景なのかもしれず心許無い地面にひきこまれそうにぐらりと傾いた心なしか顔のまわりがもったりと息苦しく全ておきざりにしてゆくのではないかと俯きそうになる頭を無理に立てれば虫の鳴く道の先にもぞもぞ動く人影が男か女かもわからないが似たような気配が記憶にあったそれは子どもの頃にひとりで沈丁花の葉蔭に潜り葉と枝の隙間からこぼれる日差しの網がちらちらと風が吹くと身をすっぽり囲む甘い香りを漂わせ漏れる光の彼方から聞こえる人の声は遊ぶ子どもたちとその子らを呼ぶ大人は全く縁の結ばれない記号の群れであったから梢の内側は静かで風の音も鳥の声も人の軋みもなく眠る水底に沈んだ光だけが輝いて指先から消える腕にゆっくりとほどける腹の中央が残ると胸が裂きほぐれ頭を消して光は躰から抜け出て大気へ肉体は虚のように重みを失った全ては下へ下へ意識の深層へ誰にも知られず奥深くしかし開かれた場所へと沈みゆく先の空間を待つ隔絶された細い息が生きて死にながら彼岸に漂う浮き草の人は己の後ろにあるものをご存知で気がついてしまわないようにそれとなく話しかけてくる世を知っていたが生死に圧迫されて呑み込まれてしまった精神に名前をつけて歌をうたう怖さと苦しみを喪うまであの手とこの手が水辺に漂う幻が多岐に渡れども模倣は満足を得られずひとの真似は細かなひだにまがいものを隠せない境界はぼかされて己の姿を望んだ影法師は寡黙にして変化の幻覚を先の天井にぶら下がっていた身をひらりと散る花弁のように地に降りて私を見据え待つ姿が視力の弱った目にも認められた無数のしべを開き無尽蔵にさざめく懐かしい姿を追えば青い御方は離れてもなぜそう何度も戻ってくるのかと問いかけたがそれには自分という存在はいつでも自分であり続けてどこへ行こうとも置いてはいけないのだからたとえ切り離されて見えなくなってしまってもいずれは自分に出会うものだとこちらを伺うように首を大きく傾けた折れた墓標の横で影法師が保っていた形は雲散霧消し胸の奥に宿った音を夢で呼びつける誰の声とも知らない最も近くて遠い存在が周囲にひとり芝居をうつ私をおおいに囃し立て耳を塞いでも永遠に聞こえる胸を叩く魂が立った崖のふちの精神の境界に自他が塗りつぶされて眼差しが注がれたここはまさに自らが身を潜めた沈丁花の葉蔭であり何年も誰にも知れずその根元で通り過ぎるものは揺れる葉や枯れる花であった青い御方の腕は骨を集めるように掻き寄せて崩れた冷たい残骸をただかなしいとも思わず認め影法師が根を張るまで見守りつづけていた。

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催奇徘徊 百合了 @yurisatoru

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