最初で最後のハイライト
「やっほー相手役くーん!」
「おっは、元気だね。電話越しなのが残念だけど」
「だって仕方ないじゃん、今日は学校に行けないんだもん」
「風邪なんでしょ?」
風邪の
「残念ながら元気でーす。あーあ!私たちが本当に風邪になれればよかったのにー!」
「あくまでキャラだから無理だね……。急にゾンビが出てきたりしない限りは病気になるのは厳しいんじゃない?」
「ラブストーリーからゾンビ物に変わることは無いんじゃないかな……多分」
私たちは自分と他人のキャラ設定しか知らないから、もしかしたらありえるのかも……。少し怖くなってきた。
「もしゾンビに私が襲われてたら助けてくれる?」
「できるだけ頑張るけど……怖いからわかんない」
「そーゆー時は嘘でもカッコいい言葉を言うもんだよ?」
「えっと、じゃあ、コホン。『僕の命が終わるまで君に傷一つ付けさせない』」
いやぁ……やっぱりイケメンが言うと説得力が違うわ……。やば、顔熱くなってきた……。
「うっわぁ……はっず」
「え、なんでそっちが恥ずかしがってるの?」
「だって、こんなセリフ言ったの、初めてだし……」
「いつもは主人公ちゃんに言ってないの?」
「僕が自分の意思で言ったことは無い。いつも書かれた時に言うだけだから……その……慣れてなくて……恥ずかしくなった」
照れてる感じが分かってかわいい。会ったり話したりする度に好きになってる気がする。できればこうして、ずっと話していたいなぁ。
「あれ?今日は主人公ちゃん遅くない?」
いつもは誰よりも早く席に座っているのに、今日はカバンも見当たらないし、下駄箱には靴が入っていなかった。何があったんだろう……
「ねえ、今日ってな……」
体が動かない……今は書かれてるんだ。他の皆も急に静かになって席に座り始めてるし、多分このシーンは主人公ちゃんが居ないまま進むんだろうけど、 何が有るんだろう……。
『えー、今日の欠席は、ひとりか。連絡があって風邪だって言ってたぞ。みなさんも気をつけるように』
先生の言う欠席の人は主人公ちゃんなんだろうな……じゃあ今日は出てこないのかな、じゃあ相手役くんがお見舞いに行くような展開になるのかな。
そう思っていたけど、帰りのチャイムがなっても何も書かれなかった。
『悪い、日直の仕事手伝ってくれない?』
相手役くんが話しかけてくれたけど、私が動けてないってことは書かれてるんだろうなぁ。
『うん、いいよ』
『おい、何かあいつに言う事あるんじゃないのか』
『え、何、いきなり』
書かれてるから私の意思で言っているわけじゃないけれど、私だって今は同じことを思っている。付いていったら屋上で、急にそんなことを言われたりしたら誰だってそう思う。それに、心当たりがない。
『何かあったの?そもそも、あいつって誰?』
『とぼけんな。今日休んだあいつ、本当は風邪じゃないって知ってんだろ』
主人公ちゃんのことか……。私は悪役、自分が悪役らしい終わり方をするのは知っているけれど、まさか相手役くんとこんな対話をするとは……。
『なんでそう思うのかなぁ?私はあんまり話したことがないし、昨日は私が風邪だったでしょ?昨日のあの子の様子も知らないのに何を知ってるって?』
『だから、とぼけんなって。その原因が自分にあるって、知ってんだろ』
彼の顔が怖くなっていく。視線が鋭くなって、眉間にしわができて、握りこぶしも作ってる。私の意思でしたんじゃないのに、やっぱり罪悪感があるなぁ……。
『私が何か、悪いことしましたぁ?そもそも君はあの子の何なの?ヒーロー?ボディーガード?執事?それとも惚れちゃってたり?あんな子のことを?』
『ああ、そうだよ。俺は彼女が好きだ』
これは……書かれてるんだよね?本当に、自分の意思で言ってるんじゃないよね?まさか、知らないうちに二人が付き合ってた、なんてことはないよね?そうだよね?
『ぷっ、あっははははは!なーにそれウケる!もしかしてヒーローのつもり?何もしてない私を悪者にして、あの子を助けたつもりになって、あわよくば付き合いたい〜!なんて思ってるんだ〜!』
『そんな下心があるわけないだろ、ふざけんな。俺はお前がイジメの主犯だって知ってんだよ。知らないふりも猫かぶりも意味ねぇよ』
『じゃあ何?あの子をいじめた証拠でも持ってるの?』
彼が私に見せたのは、彼女の上履き。焼かれたはずなのに、一体何で?
『一緒に登校した日に無くなってたんだよ。それに気づいた後に探して、なんとかギリギリで見つけられた。最近様子がおかしいと思って話を聞いたら、お前の名前が出てきた。』
あの子のために、一生懸命に探してたんだ……。やっぱり妬いちゃうなぁ。
『言葉とその靴だけじゃ証拠不十分じゃん?それじゃあ、ちょっと足りなくない?』
『ああ……だから、俺はこれからずっとお前を見てる。いつお前があいつを傷つけるか、泣かせるか、俺には分からない。俺も聞くまで気づかなかった。あいつは優しいから……自罰的で、引っ込み思案で、どうしようもなく他人思いで……どこまで傷ついても溜め込むバカだから……!」
目に涙が浮かんでるのが見える。でも、こっちを睨んでる。悔しくて、恨めしくて、辛くて流す涙。それが嘘で作られた涙でも、思いでも、言葉でも、私は君にそれを向けられるだけで苦しいんだよ……。
『へ〜、ストーカー宣言ね。大胆なことするじゃん。これ私が録音してたら捕まっちゃうよ?』
『捕まるようなことしてんのはお前だろうが!』
『わお、大きな声出さないでよ。まあでも、私は無罪だし、何やっても出てこないから、証拠なんて。精々頑張ったら?』
ニヤッと笑ってるけど、本当は今にも泣きそうなんだよ?君には分からないだろうけど、きっと誰よりも、私が辛い思いをしてるんだよ?私が屋上から出ていくまで睨み続けたその目、嘘でも忘れてあげないから。
どれだけ泣いてたんだろうなぁ。あの後すぐに走って出て行っちゃったし、一言も話さないままだったし。でも、どうせ後で教室に戻されるんだから、今くらいはここでゆっくりしててもいいよね。
旧校舎の空き教室。ここには誰も人が居ない。だから私が主人公ちゃんをいじめる場所に使われる。今だけは、私が独り占めしてもいいよね。
『ああ、大丈夫』
小声だけど、相手役くんの声が聞こえる。ドアもカーテンも閉めてるから見えないけれど、確実に廊下に居る。私も見つからないはずだけど、心臓の動きが早くなってる。
『ああ、大丈夫、きっと俺が助けるから』
相手の声が聞こえないから電話かな。話の内容からして、やっぱりヒロインちゃんかな。
『俺はずっと、お前の味方だよ』
それはあの時……私に言った言葉!ドアが開かない、今すぐにでも聞きたいのに!書かれてるって分かってるけど、嘘かもしれないって分かってるけど、それでも私以外にその言葉は言ってほしくない!
いいなぁ、あの子は何もしなくてもそんな言葉を言ってもらえて……!私は絶対に彼とは一緒になれないのに、したくもないことをして傷つかなきゃいけないのに、そうしてやっと言ってもらえた言葉なのに!それをあの子は、主人公って理由だけで言ってもらえる、彼と結ばれる、ハッピーエンドが約束されている!
私にはたった一時の幸せなの!私はいつか書かれなくなって、消えちゃって、ただ二人の仲を深めるだけの舞台装置なの!そんな私でも、今こうして彼と話せる間は幸せでありたいの!なんで、なんで私の特別を奪うの……!
「っ……、ぅあっ……!」
目から涙が溢れ出てくる。これは書かれたものじゃない。正真正銘自分の涙。今日彼が見せたものじゃない。それでも、偽物のほうが正しくて、私のそれは、ただのワガママで、やっぱり悪役のもの。
なら、もうそれでいい。私は悪役、それでいい。私がどれだけ傷ついても悪役なら、その通りに動いてやる。
「えっ……どうしたの?何かあった?」
ようやくドアが開いた。私の目からは涙が流れ続けている。心配されるのも当然だ。でも、そんな今じゃないと、この気持ちが残っている今じゃないと、これは出来ない。
私は彼に、キスをした。彼が逃げないように背中に腕をまわして、ずっと、ずっと、この涙が止まるまで。彼が何を言おうとしていても、何をしようとしていても関係ない。私が満足するまで、唇を重ねていた。
あの子とするはずだったキス。恋愛マンガに欠かせないシーン。最大の愛情表現。彼の初めてのそれは、私が奪った。
「なっ……何してんの!?」
腕と唇を離した。彼の顔は赤かった。夕日に照らされて、より一層それが際立っていた。
「何って、キスだよ。君があの子にあげるはずのファーストキス」
「いや、なんでこんなことしたんだよ!いきなり出てきたと思ったら、抱きついてきて、それに……!」
「目、合わせてくれないんだ。恥ずかしがり屋だね、可愛い。どっちがヒロインか分からないね」
「なっ……!」
「それじゃ、またね」
そのまま駆け出した。気分は最高!最初で最後の幸せが私に降ってきた!
これから先の話で、私は彼に糾弾される。クラスに居場所がなくなる。最後は書かれなくなってサヨナラ。なら、これが最初で最後の、彼とのラブシーンだ!私は今だけ、ヒロインになれたんだ!
これより先は堕ちるしかない、そう考えたら、なんでも受け入れられそう!ヴィランになるだけ、救済も更生も無いなら、希望なんてあるはずがない。それなら、良心なんてもう要らない!
私が彼の初めての人!あの子が手に入れられないものを、私が貰ったんだ!ざまぁみろ!私は奪われるだけじゃないんだ!
さあ、覚悟はできた。後は書かれるだけ、迷いはない。苦しみもない。
思う存分、悪役を楽しもう。勝ち組は、ハッピーエンドまで、精々苦しめば?
悪役気取りのマリオネット 地軸 @20060228
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