第17話 【異名表示】の発動条件
「野菜泥棒にくれてやる慈悲は無い」
鋭利な煌刃を生やした脚を手足が縛られ身動き一つ取れない男へと振り下ろす。しかし、脚へと帰って来た感触と耳へと届いた音は硬い金属製の物が歪み割れるモノだった。
「その審判、少し待たれい」
「……リーン?」
俺が踏み折ったのはリーンが装備していた総金属製の大楯だけ。大楯の下に『野菜泥棒 アンゼン・ピーン』の姿は無い。何故か低い声を作っているリーンは俺の左後方にいる。
「分かってます! ソラさんは本当によく分かってますの! 『超剛筋重騎士物語』第三巻の超剛筋重騎士様が更生の余地がある盗賊を救う場面を再現させてくれるとは感無量ですわ!」
ピーンが踏まれる前にリーンが彼を救い出して大楯を身代わりにしたわけではない。大楯を投げて彼を弾き飛ばしただけ。現に彼は手足が縛られている上に鼻が折れ、鼻血まみれの状態で転がっている。
「……となるとあっしは更生して警備員になるあのキャラですかい。そいつぁ、最高でさぁ。これは超剛筋重騎士様の啓示でやすね」
リタとリーンが思うがままに食材を刺した串の中から適当に選んで焼こうとして縛られて転がる男が視界に入り、スキルの【異名表示】が見せた異名に怒りを覚えて踏み抜こうとしたらリーンが大楯を投げて男を吹っ飛ばしたので男の代わりに大楯を踏割る事になった。
リーンと男の言動の意味が分からず状況を整理してみたが、愛読書の漫画に似たシーンがあったのだろうという事くらいしか分からない。
「そうか。なら、その啓示とやらを抱いたまま眠るがいい」
「そうです。今は安らかに眠——って、待ってくださいまし!」
野菜泥棒を再度踏み付けるべく近づこうとするとリーンが目の前に立ち塞がった。
「なんだ」
「なんだ、ではありませんわ! 『超剛筋重騎士物語』第三巻の展開と同じ様に更生させる流れではありませんの!?」
「知らん。俺はまだ貰った一巻も読んでない」
「そうなんですの!?」
読んでたとしても三巻の内容は知りようがないのだが。
「ああ。だから退いてくれないか」
「いえ、だとしても退くわけにはまいりませんわ。退いて欲しければ彼に怒りを向ける理由を教えてくださいまし」
「俺には許せない事が三つある。人が丹精込めて育てたモノを奪う事、そして人の畑にミントを蒔く馬鹿だ!」
「なるほど……いえ、あと一つは?」
「ん?」
「いえ、だから三つの内二つしかおっしゃっておりませんことよ?」
「あと一つはよくある、俺の大事な存在に手を出すなってヤツだ。今、関係ないだろ」
「ミントも関係ないような気がしますが」
「昔、うちの畑から野菜を盗ったクズが盗った野菜の代わりのつもりかミントを蒔いて畑をダメにしやがった」
「もうそれ実質一つではありませんの? ソラさんが本当に憎いのは野菜泥棒ではなくミントを蒔いた輩ではなくて?」
「確かに……その通りだ」
「でしたら!」
「が、野菜泥棒を許せるかどうかは別だ」
「彼には更生の余地がありますわ」
「超剛筋重騎士好きだからか」
「その通りですわ!」
それは薪が爆ぜる音がよく聞こえるほどの沈黙だった。
「同好の士を信じたい気持ちは分からんでもない。分かった、二度と野菜泥棒をしようと思わないよう四肢の骨を折る程度にするとしよう」
「だからそれを待てと言っているんですの!」
リーンは両手を広げて行く手を阻もうとするが、両腕の鎧籠手を外している為全く阻めれていない。
「じゃあ、お前が
「あれはいいんです!」
「なんで?」
「超剛筋重騎士様が上官の審判から盗賊を助けようと盾を投げ、逆に大怪我をさせて周りから突っ込まれるというコミカルなシーンを再現しただけですので」
「鼻、へし折れてるけど」
「上手く楯の角を当てられて良かったですわ」
「…………」
「本人も喜んでますし」
リーンを避けて野菜泥棒の男を見ると鼻血面で満面の笑みを浮かべていた。
「ああっと、ソラ君だったかな?」
サラダを持ったノーウェンさんが俺達の間に割り入って俺に向かって語りかけてくる。
「君が野菜泥棒に対して怒りを覚えてくれるのは農園経営者として大変嬉しく思う。でもね、彼らに報復する権利があるのは野菜を盗まれそうになった僕たちだ」
「……彼ら? 盗まれそうになった? じゃあこいつ、アンゼン・ピーンは野菜を盗んでないと?」
「そう。彼は未遂だよ。鎧のお嬢さ——」
「超剛筋重騎士ですわ」
「——ん……超剛筋重騎士姿の彼女を見るや否や野菜を盗らずに土下座で自首したからね」
他の野菜泥棒は近くにあった野菜を引っ掴んで逃走を図ったが、ティアナ達によって即座に御用となったらしい。
「そう……ですか……、ん?」
「他の野菜泥棒は埋めて来たから怒りを収めてくれるかな。うちの新入りとかが萎縮しちゃってるから」
大きく息を吐いて、怒りの感情を鎮めて質問を返す。
「分かりました。ところで野菜泥棒は
「……威圧感は収まったけど、本当に怒り収めてる?」
「新入りさんが萎縮してないならどっちでも良いじゃないですか。で、どっちなんです?」
「どっちでもない、かな。僕がそんな勿体無い事すると思うのかい?」
正解は『魔物が出る場所に頭だけ出して埋めた』だった。
「頭だけ出して埋めるなら生き埋めと大差無いのでは?」
「心配いらないよ。何故なら彼らの頭の隣にはうちの野菜を大量に置いて来たからね」
人の頭と野菜が交互に並ぶ光景——見たいような見たくないような……見たくはないかな。
「あれは……漫画よりも奇妙な光景でしたわ」
「だね〜」「そうね」「そうよね」
「それは……一度見てみたいかな、僕は。あ、シチューできたと思うんだけど、どうかな」
気付けばパーティの面々が集まって来ていた。シチューの鍋を持って。
「あの辺の魔物はヒトよりうちの野菜の方が美味しいと分かってるから、僕らが帰る頃には野菜泥棒達は農園の労働力に生まれ変わってるはずさ。農園の野菜に命を救われたってね」
「へーそうなんですね、うん。シチューは食べ頃だな」
ノーウェンさんの話よりパーティメンバーの食欲の方が優先順位は高い。行儀良く並ぶ面々の為に皿へシチューを注いでいく。
「ところで、あれを変な名前って思ったヤツは手を挙げてくれ」
アンゼン・ピーンの名前を口に出してしまった辺りから気になっていた事がある。彼の異名が『野菜泥棒』から『変な名前』に変化した事だ。
手を挙げたのはティアナとウナ、それとリタの三人。パーティメンバーにシチューを渡すついでにノーウェンさんへ目を向けて小声で『生焼けエルフ』と囁いてみる。
その結果、三人に渡したぐらいでノーウェンさんの頭上に『生焼けエルフ ノーウェン・オルガ・ニクソン』と見えた。ちなみに『腹黒エルフ』にしなかったのは既にそう思っている可能性があったからだ。
「すまない、僕にも貰えるかな? あ、これはノーウェン農園特製サラダだよ。遅くなって申し訳ないね。野菜泥棒の話の前に渡すべきだったよ」
さっきからずっと持ってたサラダを受け取りシチューをノーウェンさんに渡す。その後ろには農園関係者及びオウナさん方牧場関係者が皿を持って並んでいた。
「……みんなシチュー食べたいのか」
黙って頷く【異名表示】で異名も名前も見えない彼等彼女等に「ノーウェンさんって、腹黒エルフ?」と小声で聞きながらシチューを配る。帰ってきた反応の大半は苦笑いだった。
「誰が、腹黒エルフかな?」
全員にシチューを配り終えると口の周りをシチューで汚し、片手に串焼き肉のノーウェンさんが目の前に。
「あれ? 生焼けのままだ」
「え、これ生焼けなのかい!?」
頬張る前で良かったとだけ言っておこう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます