第16話 戦闘の時より使う機会が多かったりする

「ミルクを使った料理?」


 適当に切った野菜をこれまた適当に串に刺しているとリタからの注文が入った。


「ええ。ジョンちゃんの胸が大きくて背の高いお姉さんはミルクをよく飲むらしいのよ」

「……確かなのか?」

「リーンが証人よ」


「ジョンさんから話を聞くまで気付かなかったのですが、会った事がありますの。ジョンさんと違って凛々しい顔立ちで引き締まった良い筋肉をしていましたわ。身長はソラさんよりも高く、胸は弾倉を挟んで持ち歩けるくらいの巨乳でしたのをよく覚えています。超剛筋重騎士様に出会っていなければあの方を推していたかもしれないくらいに魅力的な顔と体躯を——」


 リーンの話は次第に早口になり始め、『超剛筋重騎士物語』の話も混じってきたので残りは聞き流す事にして竈の火を確認する。火は順調に育っているが肉の方はどうだろうか。


「ジョン、肉を漬けた水の色はどうだ?」

「掻き混ぜても濁らない……かな」


 いつの間にか『超剛筋重騎士物語』談議に花を咲かせているリタとリーンは放置して寸胴鍋から塊肉を取り出し、水気を取って煌刃で捌いていく。


「ソラ君……包丁使わないの? オウナさん、また固まってるよ?」

「煌刃で捌く方が簡単で荷物も減るからな。形状も獲物に合わせて変えられるし。で、なんで固まってんだ?」


「高等技術の無駄遣い……かな?」


「包丁の代わりにはなってるんだから無駄じゃない」


 一口大になった肉を串に刺しながら反論するとジョンは口を開けたり閉めたりと何か言いたげな表情を浮かべたが、言葉が見つからなかったのか項垂れて串に肉を刺し始めるのだった。

 リタとリーンも呼んで三人に串焼きの準備を任せ、タレの準備に移る。


 小鍋に醤油と調理酒っぽい薄黄色の半透明な液体を入れ火が育ち切ってない竈の上へ。卸金で香草狼牛から取った大蒜と野菜籠の中にあった生姜をすり下ろして入れ、砂糖を目分量で適当に追加。


 焦げない様に煮詰めつつ、匙で手の甲に数滴垂らして味を確認するが何か物足りない。とりあえず目についたバターを溶けやすいよう細かくして小鍋へ投入。バターが溶け切ったの確認してから竈から外し、余熱に成り行きを任せるとしよう。


「ソラ君……その魔力操作でかき混ぜられてる小鍋の黒っぽい液体は何かな?」


「タレ。漬けてから焼くか、焼いてから漬けるかは個人の自由だ。串焼きの味変に……って、好きに焼いて食べていいぞ?」


 リタとリーンが串に肉や野菜以外にも目についた物を適当に刺し始めていたので焼く様に促した。でないと不思議串が量産される。チーズ串はまだいいとして、バターは溶けて無くなるだろうに。あと、この生卵はどうやって割らずに刺したんだよ。


「ソラ、カレー食べたい!」


 生卵で汚れた手を洗っているとティアナが空の寸胴鍋を持って来た。その背後ではウナが氷のまな板と氷の包丁でカレーに使う野菜を切り刻んでいるのが見える。皮付きだが土や汚れは落としてある事に彼女の成長が見て取れた。

 一つだけ確認しておきたい事があったので農園の人が近くにいないか見渡すと麦わら帽子にベストを着て、短パンのカーゴパンツを履いた褐色肌の男エルフと目が合う。


「えっと、農園の……」

「ノーウェンです。いや〜大量の堆肥ゴブリンをありがとうございます。うちは自然由来の肥料や農薬にこだわってまし——」


「ソラ! 野菜、切ったわよ」


 ノーウェンの話を断ち切ったのはウナの一声だった。ウナもカレーが食べたいのは間違いないようで、少し張り切り過ぎたのか薄く切られた玉ねぎが少し凍っている。


「あ、すいませんノーウェンさん。話の続きは機会があったらで」

「——て……あ〜もし良かったらなんですけど我々もお昼ご一緒させていただいても? もちろんお手伝いもさせますし、ノーウェン農園特製のドレッシングを使ったサラダをご馳走させてください」

「でしたら、私達マークヴァー牧場一同もご一緒させてください! デザートを提供しますので」


 ノーウェンさん、園長だったっぽい。オウナさんとノーウェンさんもカレーが食べたいのだろうか。


「一緒に昼飯をするのは別に構わないが……」

「「おお!」」


香草狼牛ハーヴルフ混合角粉調味料シーズニング・スパイスを持ってきてないからカレーは作れないぞ?」


「「そんな!?」」


 農園組と牧場組の目当てはカレーじゃなかったらしく、嘆いたのはティアナとウナの二人だけ。パーティの残り三人は焼き上がった串焼き肉に夢中で聞こえてないのか反応が無かった。


 食べても問題無いと分かった皮付きのまま切られた野菜達をどうするべきか。串に刺して焼くには少し小さく、生で食べるには向いていない。


「ソラ。このタレ、串焼きには少しくどいわ。厚切りのステーキなんかには合いそうだけど」

「そりゃあ、実家ウチでハンバーグにかけてたのと同じやつだからな」


 リタが言ってきたのはタレへの文句と言うよりかはステーキの催促な気がする。


「ハンバーグ?」「「ハンバーグ!!」」

「あら、ティアナ達は知ってるの?」

「美味しいよ!」「美味しいわね」

「ソラ、ハンバーグ追加で。あと、ミルクを使った料理も忘れないでよね」


 人力で挽肉を作るのは結構手間が……いや、煌刃を使えばなんとかなるな。細かい無数の煌刃を掌の上で高速回転させながら塊肉を搾る様に握り、塊肉を挽肉へと変える。


「え、なに? そのぐちゃぐちゃになった肉がハンバーグなの?」

「違う。これを捏ねて、形成して焼くの。生地の材料をボウルに入れておくから混ぜて捏ねて自分で焼いてくれ」

「混ぜて、捏ねるのね」

「そしたら楕円型に形成して中心部を少し凹ませて鉄板で焼くだけだ。ティアナとウナと一緒にやってみてくれ。完成形は二人も知ってるから」

「分かったわ。焼くのはソラに任せる事になる気がするけど、リーンも呼んでやってみるわ」


 そう言ってリタがリーンを呼ぶ間に挽肉の入ったボウルへ材料を投下していく。ウナが切った一部凍っている玉ねぎを煌刃で更に細かくみじん切りにして、卵をいくつか片手で割って入れる。パン粉は無かったのでオーウェンさんが持って来たパンを挽肉を作るのと同じ要領でパン粉に変え、あとはミルクを少々。


「これを混ぜて捏ねればいいんですの?」

「一応言っとくが、素手でな。不衛生だし、鎧も汚れるから籠手だけでも外して手を洗ってから頼む」

「それもそうですわね。ソラさん、お水をお願いできます?」


 頑強な鎧籠手の下から現れたのは白魚の様な透明感のある美しく細い少女の手だった。一つ気になるのは出てきた腕と外した鎧籠手の大きさと長さが合わない事。


「なぁ、これどうやって動かしてんだ?」

「粘っこくなってきましたわ。えっと動かし方ですの? 中にある手袋をして腕を動かすだけですわよ。手袋と鎧籠手ガントレットの動きが連動するのですが、どういった仕組みかは存じませんが」


 鎧籠手の中を覗くと肘まで覆う長さの白い手袋が鎧籠手の中空に金属線で固定され、鎧籠手の内側にある魔法陣と機械部品に繋がっているのが見えた。魔法陣を読み取るとリーンの言う通り手袋と鎧籠手の動きが連動する仕組みなのは間違いないが、出力の増幅や力の補助などを指し示す文字が見当たらない。


「粘り気が出てきたら、空気を抜きながら形成するんだ。ティアナとウナがやってるみたいな感じで」

「分かりましたわ。それで、ソラさんは何をやってますの? それアグーナさんが切ってらしたお野菜ですわよね。煮込むんですの?」


 俺は鎧籠手の中を覗きながらウナが切った野菜達を細かく切った肉と一緒に寸胴鍋へ放り込んでいた。煮込むのはもう少し後。材料の入った寸胴鍋を竈の火にかけ、玉ねぎが透き通ってくるまで炒めてから魔法で水を注いでいく。


「ジョン、ちょっと」

「何かな? 気付いたら僕一人だけ食べてる状況で居た堪れなかったから何か手伝わせて欲しいんだけど」


 だったら両手に持った串焼き肉を一旦置いたらどうだ。


「食べながらでいいからこの鍋をかき混ぜててくれ」

「任せて!」


 カレーの材料とミルクで思い付いた——いや思い出した料理がある。晩夏では少し季節外れ感が否めないが、ウナが頑張って切った野菜を無駄にするよりはマシだ。


 フライパンを手に取り、点火魔法で再現したコンロの弱火にかけて温める。


「ソラ? 竈は空いてるわよ」

「今から作るやつを竈で作る自信が無い」


 ハンバーグのタネを高速で両手の間を移動させているリタの言った通り竈に空きはあるが、竈では火加減が難しい。故に今からフライパンで溶かすバターを焦がさない為には点火魔法で調理する必要があるのだ。


 バターが溶けたら一旦フライパンを火から外し、小麦粉を数回に分けて入れてフライ返しでダマにならないよう練っていく。少し混ぜにくかったので泡立て器を探すが見当たらない。


「どうかされました?」

「あ、オウナさん。泡立て器がないかと思って」

「あ〜ありますけど、キッチンまで取りに戻る必要がありますね」


 ダマを押し潰して滑らかになるまで混ぜたらフライパンを再び点火魔法の弱火にかけ、焦がさないよう慎重に炒める。


「持ってきましょうか?」

「いや、いい。それよりミルク取ってくれ」


 受け取ったミルクを少し入れてフライ返しで混ぜるが、どうも混ぜにくい。菜箸に持ち替えてみるもしっかりこなかった。更にミルクを少し加え混ぜる。


「とろみも出てきたし、行けるか?」

「何を——」


 粘性が高いせいで『レモン味の甘塩あまじょっぱい水』を作った時よりも魔力を高速回転する必要があったが、魔力操作にてかき混ぜる事に成功した。またしても見ていたオウナさんが固まっているが気にしない。あとは目的の固さになるまでミルクを加えてかき混ぜて完成——って、まだ完成じゃなかった。


「ソラ君、その白いのは何?」

「シチューのルーみたいなもんだよ。ベシャ何とかソースつったかな。その鍋にブロッコリーとアスパラ切って入れて、コイツを入れて煮込めばシチューができる」

「シチュー? ルー? ブロッコリーとアスパラ入れるの今からって遅くない? 僕、苦手だから入れないでほしいんだけど」

「いいんだよ。俺はブロッコリーとアスパラの食感が残ってる方が好きだから。それとブロッコリーは筋肉にいいから食えよ」


 ブロッコリーとアスパラガスを寸胴鍋の上に投げ煌刃で適当な大きさに刻み、フライパンの白いソースを投入する。ジョンの嘆く声が聞こえるが気にしない。


「思い出した! シチューって確か『スタジオ・テンセイ』作品に寒いところの郷土料理で出てきたヤツだよ。ソラ君、よく作り方知ってたね」

「まぁな。あとは混ぜながら煮込むだけだ」

「そういえばハンバーグも『スタジオ・テンセイ』作品によく出てきたよね。僕もハンバーグの形成やってくる!」


 ジョンは鍋を混ぜていたお玉を俺に手渡すとリーンの手洗い用に出してそのままだった水道魔法で手を洗い、女性陣に混じってハンバーグの肉ダネを見よう見まねで作り始めた。


「そういや、俺だけまだ何も食ってねぇ……」

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