第15話 捕縛され引き摺られてきた存在を無視して進む食事支度

「ただいまー、ソラ。あれ、眼鏡の人は?」


 農園の人を連れて戻って来たのはティアナ達だった。使い古された荷車とウナが作ったであろう氷の荷車三台に大量の野菜を載せ、牧場主のオウナさん達と共に俺のいる方へ向かって来ている。


「ジョンならあそこで穴掘ってる」

「ふ〜ん」


 ティアナの関心は既に俺が焼いた肉に移っている。思ったより帰って来るのが早かったな、これではジョンのトレーニングにならない。様子を見れば掘るのに必死で気付いてないようだし、気付くまで放っておこう。


「はい、ティアナ。ウナも」

「わ〜い! いっただきま〜す!」

「ん。ありがと、ソラ」


「そっちの二人もお疲れさん」


 リタとリーンにも焼き直して食べられるようにした香草狼牛ハーヴルフの串焼き肉を手渡す。


「ソラ、あんた料理できたのね。助かるわ」

「そうですわね。私もリタも料理なんてできないってさっき話してたとこですし」


 リタは豪快に串に刺さった肉を齧り、リーンは兜の隙間に串肉を差し込む。


「これ、結構いけるわね。お代わりは? それとジョンちゃんはあそこで何やってるのよ」

「串焼き肉のお代わりは無い。ジョンは追加依頼中だ」

「報酬は?」

「使い捨ての魔物避け魔道具」

「え、いる? 魔物が寄ってこないと儲からないじゃないの」


 リタに護衛系の依頼経験は無かった。

 リタ曰く「護衛とか頑張っても報酬増えないから受ける気にならないのよね」とのこと。


「ところでこちらの鍋、火にかけてないようですが何をしているんですの?」

「香り抜きだよ。腹壊さないように」

「お腹を壊すお肉を食べさせたんですの!?」


 兜だけを俺の方に向けるリーンに香草狼牛の体表から採取したにんにくを投げる。


「にんにくは食べすぎると腹壊すんだよ」

「なるほど。なるほ……ど?」

「食べ過ぎなきゃ問題無い」

「そうですか! え、お肉食べられないんですの!? 私の筋肉がお肉を欲していますのに」

「うん。だから、今食べられるようにしてるとこだから」


 寸胴鍋の白く濁った水を捨て、魔法で水を生成して鍋に注ぎながらリーンを宥めていると森の方角からジョンの叫ぶ声が聞こえてきた。


「帰って来てるじゃないか!」


「まだ十分元気じゃないか、ジョン」

「んぇ!?」


 穴を掘るのに使っていた鍬を掲げて俺達がいる柵の近くまで走って来れるくらいには元気が有り余っているらしい。その様子を見て何か思い付いたのかオウナさんが口を開いた。


「あ、そうだ。堆肥ゴブリンを埋め終えたら、そこのにんにく臭い土を埋めた辺りに振り撒いてもらえますか? 魔道具をさらに一つ追加しますので」

「ソラ君。僕、お昼ご飯までに追加依頼を終わらせられる気がしないんだけど」


 ジョンが掘っていた辺りを遠目に見るに、まだ一匹分すら掘れていないように見える。


「仕方ない。ジョン、堆肥ゴブリン一匹持ってついて来い」

「え? う、うん」


 火かき棒と予備の火かき棒で俺は二匹の堆肥ゴブリンの死体を引き摺りながらジョンが穴を掘っていた場所へ。


「とりあえず、土耕魔法タガヤシっと」


 ジョンが掘っていた穴が見えない大きな鍬で掘り起こされるようにして広がっていく。穴は堆肥ゴブリン三匹を余裕で埋められる大きなとなった。


「え、えぇ……そんな一瞬で? 僕が頑張った意味は!?」

「筋トレにはなったろ」


 堆肥ゴブリンを穴に放り込んだら再度、土耕魔法を発動させて土を被せる。堆肥ならただ埋めるだけじゃもったいない。


「ジョン。にんにく臭い土、持ってきて」

「いいけど、ソラ君は戻らないで何をする気なのかな?」

「耕すんだけど? 耕運魔法タオコシ!」


 耕運機の爪をイメージした不可視の刃が堆肥ゴブリンと土を刻み、掻き混ぜていく。


「え、うわ! 湯気が出てきた」

「マジで堆肥になったのか」

「あら、これは更に報酬追加しないとですね。野外炊事場の無料貸出と各種調味料の提供でどうですか?」


 オウナさん、付いてきてたのか。耕運魔法で耕された箇所は周囲と比べて明らかに土の色が濃くなり、湯気が立ち上っていた。

 

「じゃあ、それで」

「ソラ君……即決だね」

「俺も腹が減ったからな。それよりにんにく臭い土をかけるのは任せたぞ」

「それはやるけど、何の意味があるんだろう」

「香草狼牛に大蒜を育てさせるんだろ? 何で育てさせるかは知らんが」


「あ、渡りワイバーン対策ですよ。一応、魔物避けでも十分なんですけど念の為に」


 堆肥によって改良された土壌に誘われて香草狼牛がその身に生えた植物を栽培しようと寄って来ているのが見える……ジョンの持つ魔物避け魔道具のせいで近づけずにいるが、俺達がこの場を離れれば跳んで来そうだ。

 

 栽培に適した土壌で香草狼牛を誘き寄せて集まるようにし、渡りワイバーンが来た時に家畜を避難させる為の囮にするのが狙いだとか。




 後始末をジョンに任せ、野外炊事場へ。

 

「リタとリーン、この肉の入った寸胴に魔法で水を注ぐから水の色が濁って来たら肉を溢さないように水を捨ててくれ」


 水場に肉入りの寸胴鍋を置き、その上に水道魔法を発動しながら二人を呼んだ。


「ん。それくらいなら私にもできるわね」

「私にもできますわ」


 竈の薪に点火魔法で着火し、火が育つ間に野菜を適当な大きさに煌刃で刻んでいく。


牧場うちの特産品に調理器具等をお持ちし……」


 何故か固まってしまったオウナさんが持って来たのはミルクに卵、バターといった品々。

 とりあえず落とされてダメになってはもったいないので、固まっているオウナさんの手からテーブルへ特産品を移動させる。


「ソラ、フライパンとかも此処に置くね」

「食器も此処でいいかしら。あ、チーズもあるわよ」


 オウナさんと一緒に調理器具や食器、調味料を運んでいたティアナとウナは持ってきた物をテーブルに置くと特産品の中からそのまま食べられる食材を食べ始めた。チーズもミルクも濃厚で乳製品特有の風味が強い。美味いのだが、好き嫌いが分かれる味でもある。現に二人はミルクを飲もうともしない。


「ねぇ、思ったんだけど。鍋、ずっと見てる必要は無いわよね。私にもチーズをちょうだい。あと何か飲み物あるかしら? ミルク以外で。苦手なのよ」

「でしたら、リタ。卵白はどうです?」


 リタと一緒にテーブルの方へ来たリーンは手際良く卵を黄身と卵白に分け、卵白をジョッキに溜めていく。


「ミルクか卵白って、どんな究極の選択よ。だったら、あの鍋に注がれる味のしない水を飲むわ」

「慣れて来ると独特の喉越しが癖になりますのに。まぁ、筋肉的には全卵の方が望ましいのですが」

「だったらジョンには生卵を飲み物として差し入れ……」


「やめて!?」


 既に香草狼牛が堆肥ゴブリンを埋めて耕した場所に群がっている為、にんにく臭い土を撒く必要がない事に気づいたジョンも合流。


「そうだ、ソラ。あんた、あの水に味付けとかできたりしない?」

「僕の分もお願い。ミルク、苦手なんだ」


 うちのパーティ……俺以外全員がミルク苦手らしい。


「ウナ、氷で水差し作ってくれ。でっかいの。あと、コレも頼む。それと、そいつは輪切りにして一緒に食べたらどうだ?」


 ティアナと一緒に真っ赤なトマトとチーズを交互に食べるウナへレモンを投げ渡し、俺の目の前に生成された氷の水差しを手に取る。鍋上に発動中の水道魔法の水を注ぎ、投げ返された凍ったレモンを水差しの上で無数の細かい煌刃を生やした右掌で粉砕。蜂蜜は無いので代わりに砂糖を一掴みと塩を少々入れ、魔力操作で水差しの内容物を掻き混ぜるとスポーツドリンク的な飲み物の完成だ。


「ほい」

「っと、いきなり結構な量を作ったわね。これって何て飲み物?」


 スポーツドリンクと言って通じるだろうか。


「『郷では補給水って呼んでた物を必要最低限の材料でそれっぽく作った飲み物』だな。味の調節は各自でレモンを追加で搾るなり、良さげな食材を足すなりしてくれ」


「ソラ……あんた、そのまま過ぎよ。もっと飲みたくなるような名前にしなさい」


「『レモン味の甘塩あまじょっぱい水』?」


 急に真顔になったリタは氷の水差しに入ったソレをコップに注いで一息に呷った。ジョンとリーンもそれに続く。


「結構イケるわね。でも、もう少しレモン味が足りないわ」

「うわ!? ちょっと、もう少し上手に搾ってよ。危うく目に入るとこだったんだけど」

「卵白飲んだ後の口直しにいいですわ」

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