第14話 おいしい依頼
「来た——って、また!?」
茂みから姿を現し、俺の方を見た途端に踵を返すゴブリンの後頭部に弾丸を撃ち込んで声を上げるジョン。今現在ミナウス郊外にある牧場で依頼をこなしている最中だが、現場にいるのは俺とジョンの二人だけ。
「
「狙撃銃だと動きに追いつけなくて撃てない時もあるけどね」
武器屋でチケットと交換した鋳造忍具三点セットの苦無と撒菱一つを弄びながらジョンが背負う狙撃銃に目を向ける。彼の腕よりも長い狙撃銃はまだ火を吹くどころか弾丸が装填されてもいない。ゴブリンを一弾一殺で仕留めている射撃は拳銃によるものだ。
魔物避け魔道具交換中の柵前に陣取っている今の場所からゴブリン達が出てくる森まで地味に距離がある……車の方向指示器を点灯させる時くらいの。射撃などやった事が無いのでこの距離で狙った場所に当てる技量がどの程度なのかは分からないが、少なくとも俺の投擲よりは上で間違いない。俺が投げた手裏剣なんてゴブリン出現地点から三つ隣の木をへし折ってどっか行ったし。
「っと、ゴブリンの死体回収してくる。さっきも言ったが焼いてる肉はゴブリンを誘き出す用の餌だから食うなよ?」
「食べないよ!? 確かに食欲をそそる匂いだけど、隣でソラ君が異様な魔力操作してたら食欲も失せるよ」
「異様って……別に魔力操作で風を起こしてるだけだぞ?」
「匂いを送る程度の風なら生活魔法を使うか団扇とか道具を使うと思うんだ。普通なら」
「魔力がもったいないだろ? あと道具使ってたら手、塞がるし」
食欲が失せると言う割にジョンの視線は肉の方へ泳いでいた。焼いているのは牧場へ来る途中で偶然遭遇して狩った
火かき棒片手にゴブリンの死体の方へ歩いていると背後からジョンの悲鳴が上がる。我慢し切れず焼いている肉を食べたのか……にんにくの味が強過ぎて辛くて食えたもんじゃないのに。
火かき棒の爪を焦げ茶色をしたゴブリンの死体に引っ掛けて引き摺りながら戻っていると、ジョンが俺の背後を指差して何か叫んでいる。
もしかして、飛び掛かって来ている香草狼牛の事だろうか。この程度、見なくても始末できるが?
裏拳で鼻っ面を殴り、顎下の毛皮を掴んで地面に叩き付けて首の骨を折る。命力で形成した刃——煌刃で首を裂き、尻尾を持って血抜きをしながら戻って来るとジョンはなんとも言えない顔をしていた。
「それ、焼いてるのと同じヤツだよね。辛くて食べられなかったんだけど」
「だから食うなって」
「辛くて食べられないなら言ってよ!?」
「ほれ、水」
コップに水を水道魔法で生成してジョンへと渡す。
「ありがとう——って、これ口ん中ににんにくの味が広がるんだけど!?」
「勝手に食った罰だ。俺が魔法で生成した水は何も入ってないせいか味が全くしないが食材とかの成分が溶け出し易くてな、そのまま飲むと直前に食ったもんの味になる」
「これじゃにんにくの絞り汁だよ……」
「一回口に含んで濯げば口ん中リセットされるから中途半端に飲むのはやめた方がいいぞ?」
「……もっと早く言ってよ。不味い思いして飲んじゃったじゃん」
その後も交換する魔道具の場所に合わせて移動し、匂いに釣られるも俺の方を見て逃げ出すゴブリンにジョンがヘッドショットを決めるのを繰り返した。
回収したゴブリンで焦げ茶色の小さな山ができている。本来ゴブリンは小汚い緑色をしているそうだが、今回狩ったゴブリンは『堆肥ゴブリン』と呼ばれる種で適当に地面に埋めておくだけでも堆肥になるらしい。
受けた依頼は牧場の防衛依頼ではあるのだが依頼主の狙いは堆肥ゴブリンであり、狩った分だけ追加報酬が出る。その分、防衛依頼の報酬は微々たるモノでしかなかったが。
ちなみに女性陣がこの場にいないのには理由がある。堆肥ゴブリンは勝てない相手を見ると一目散に逃げる習性があり、彼女達までいると匂いで誘き寄せても近寄ってすらこない。それ故に肉を焼いて誘き寄せられる俺とゴブリンに見られても逆に寄ってくるジョンの二人で依頼をこなす事になった。
尚、女性陣はティアナの「あっちに悪い人がいる気がする」との直感を頼りに盗賊狩りに出掛けているので牧場にすらいなかったりする。
「女性陣が帰って来るまで暇だね」
「筋トレでもしたらどうだ?」
「え〜、お腹空いたから遠慮するよ」
「焼いてる肉、食ってもいいって言ったら?」
「騙されないよ。どれもにんにく辛くて食べられない肉でしょ」
「それはどうかな」
焼いていた肉を串ごと取り出して溜めてある魔法で生成した水に漬け、水が白く濁ってきたら肉を取り出して焦げ目のある表面を煌刃で削ぎ落として再び火にかける。
「何してるの?」
「ちょい、待ち」
溶けた脂が火に落ち始めている肉に先の白く濁った水を極小量振りかけると、消えかけていた食欲をそそる匂いが復活した。あとは軽く塩を振って味を整えれば出来上がり。
「ソラ君、筋トレは腕立てでいいかな!」
「空腹で筋トレはダメだ。少し食べろ」
煌刃で半分に切ってジョンに渡し、にんにくの匂いが食欲を誘う肉にかぶりついた。僅かな塩気が肉の旨味を引き出し、適度に薄められたにんにくの風味と合わさって無心で食べ進められる味となっている。気付けば食べ終わっていて、ジョンなんかは指についた脂を美味そうに舐め取っていた。
「お代わりを焼いてくれないかな。食べ足りないよ」
「
「焼いてたヤツはまだ残ってるのに」
「これも同じように焼き直すがティアナ達の分だからな」
「どうにかならない?」
「まだ焼いてないヤツと堆肥ゴブリン狙って襲ってきたのを返り討ちにしたヤツを食べても腹壊さないように下処理するから筋トレでもして待ってろ」
腕立てを始めるジョンを横目に牧場主に借りた寸胴鍋を水道魔法の水で満たし、捌いた香草狼牛の肉を漬け込んでいく。直ぐに白く濁る水を捨て、水道魔法の水を注ぐ『香り抜き』と呼んでいる処理を繰り返していると早くもジョンが限界だと宣い出した。
「も、もうダメ……」
「狙撃手になるって志はどうした。ほら、一回限界を超えてみせろ」
「ふぎぎぃ……」
「よし、あと二回はいける」
「ぐぬぬ……」
「まだ三回はやれる! ラスト三回!」
「さん……にぃい……いちぃぃぃ…………」
最後の力を振り絞り身体を持ち上げたジョンは吐いた息を吸う間も無く崩れ落ちた。まだ腕立てが終わっただけなんだが。
「よし、次は腹筋かスクワットだ」
「えぇ!? 腕、プルプルして力入らないよ」
「何言ってんだ。どっちも腕使わないだろ?」
「ふぇぇ……」
「あの、もしお暇でしたら追加でお願いしたい依頼があるのですが」
柵越しに声をかけてきたのは依頼主であり牧場主でもあるオウナさんだった。ジョン、これで助かるみたいな顔をしているが甘いぞ? 彼女が手に持つ鍬とシャベルの意味を考えろ。
「もしかして堆肥ゴブリンを埋めるのを手伝って欲しいとかですか? ジョンが筋トレがてらに喜んで協力しますよ」
「えぇ!?」
「ふふふ、喜んでるようには見えませんよ。ご依頼したいのは確かに堆肥ゴブリンを埋める事ですが、埋める場所は牧場内ではありません」
「では、どこに?」
「この柵と森の中間辺りです。そこに堆肥ゴブリンを三体ほど埋めてきてもらえますか?」
「報酬は?」
「こちらの使い捨ての魔物避け魔道具です」
そう言ってオウナさんが懐から取り出したのは直方体の両端に三角錐が付いた形のクリスタルみたいな物体。光沢が少し安っぽいので水晶ではなく透明な樹脂製だろうか。それが三つ。
「使い方は?」
「グッと力を入れて握るだけです。起動すると青色に変わります。効果切れが近くなると色が黄色に、効力が弱まって効果切れ間近になると赤色になって点滅するので色に注意して使って下さい。あ、前金代わりに一つ差し上げますね」
手渡された魔道具をそのままジョンに渡す。
「え、ちょっと待って腕立てで腕に力が入らないから!」
「腕の力が抜けて全身の力で振れてちょうどいいかもだな」
「今日中に終わるかな……」
「ティアナ達が戻って来たら飯にするからそれまで頑張れ。運動した後の飯は美味いぞ?」
「あら、でしたら追加報酬の一部を牧場の製品で現物支給させてもらえませんか? 正直、予想よりも大量で……支払えなくはないのですが想定の予算を超えてまして」
「それは……まぁ構わないけど、三体埋めてもまだ結構な量だけど使い道は大丈夫か?」
「……大量に余りますね。うちで使って残った分は隣の農園が喜んで引き取ってくれるので問題ありませんよ」
「そうですか。農園……野菜……」
「あ、なんでしたら呼んで来ましょうか? そうすれば現物支給に野菜も加わりますよ?」
「では、是非!」
「うふふ、分かりました。では、追加依頼の方もよろしくお願いしますしますね。これで渡りワイバーンが来ても安心です」
「渡りワイバーン?」
俺の疑問が届くより早くオウナさんは農園のある方角へ駆けて行った。
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