第10話  結婚できなかった受付嬢

「どっせい! さっさと拾え! てめーら!」


 機嫌が悪そうな受付嬢は講壇に着くなり持っていた紙束をひっくり返す様に、ぶち撒ける様に放り投げた。それも俺達の頭上目掛けて。

 膝枕から起きても俺の肩にもたれかかって寝ようとするティアナとウナを見て舌打ちをしていたので間違いなくわざとだろう。


失恋・二号宣告ハッ、ざまぁ(笑) アズサ・フラレンス』


 講壇に立つ受付嬢が不機嫌な理由とフラークさんが大笑いしていた理由を【異名表示】が教えてくれた。


 上昇を終えて落下軌道に入り始めた紙束の軌道上に魔力操作で風の渦を発生させて弾く。

 紙束から乖離し始めていた紙から徐々に風の渦で吹き飛ばされ、紙束は散り散りになって講堂中に散乱していった。


「へぶっ!?」


 その内の数枚は紙束を放り投げた張本人の顔面にへばり付き、講堂中で押し殺した様な笑い声がこぼれる。


「ソラ君……今の魔法じゃなかったよね」

「ん? ああ。分かるか」

「正直、分かりたくなかったけどね。たぶん、エルフの血を引いてるせいだ。っと、はいこれソラ君たちの分も拾っておいたよ」


 ジョンは少し青褪めた顔で拾った紙を手渡してくる。気になって周囲を見渡して見ると魔法使い風の格好をした人の何人かもジョンと同じく顔色を悪くしていた。


 受け取った紙を見ると講習会の概要と報酬が『廉価防具交換チケット』である事が書かれ、冒険者を示す様な紋章を囲む魔法陣らしき印影が写っていた。


「なにこれ?」

「なにって依頼書だよ。依頼を受ける時に見ているはずだけど」

「力試しの依頼の時は無かったぞ?」

「力試しの依頼って確か……当事者が揃っていればその場で受注できるらしいから依頼書を作成する手間を省いたのかな?」

「知らん。で、どうすればいいんだ」

「それは今から説明があるよ」


「てめーら、私が規則で依頼書の説明している間に依頼受注を済ませておけよ!」


 受付嬢アズサは顔にへばり付いた依頼書を剥がし講壇に叩きつけると彼女は青筋を浮かべる顔を一瞬手で隠し、何事もなかった様な笑顔を浮かべて説明し始めた。


「はい。では講習会を始める前に依頼受注の仕方を説明しますね。皆さんの手元に配られた紙は依頼書と言って、冒険者が依頼クエストを受ける際に依頼掲示板クエストボードから剥がして受付へ持ってくる物とほぼ同じ物です」


 説明と同時に声のトーンが上がりアズサの声が低めの声から高い声へと切り替わり、声色も優しいモノへと変化している。


「配ってないよね」「そうね」「そうだな」

「ソラ君達、静かに。聞き流して、面倒な事になるから」


「「「「…………」」」」


 目だけ笑ってない顔がこっちを見ていた。


「……唯一違うのは受付で私達受付嬢が受注条件を満たしているか確認してから押される承認印が既に押されている事です」


 前に座るジョンがなぜかステータスを表示させている。


「承認印が押された依頼書をステータスにかざすなり、押し当てるなりする事で依頼の受注が完了します。承認印の無い依頼書では受注できませんので、依頼を受注する際は必ず受付で承認印を押してもらうように。でないと依頼内容をいくら達成しても報酬をお渡しできませんのでご注意下さい」


 ステータスを表示して依頼書をかざすと承認印らしき紋章を囲む魔法陣が薄く光り、ステータスの表示内容が変化した。

 ステータスに依頼名と自分の名前、依頼に関する情報が記載されていく。


「では、依頼書をステータスにかざしてみて下さい。ステータスの表示が変化しましたね?」


 目が合ったので頷いて返す。


「それは洗礼によるステータスの拡張機能の一つです。依頼書に書かれた情報が確認できる他、あなたが冒険者である事や依頼を受けた事の証明として表示できます。それ以外にも機能はありますが、知りたい方は売店にて『冒険者入門』系統の本を購入するか講義内容が該当する講習会へ参加しましょう。


 よし! 説明終わり!

 てめーら受注はちゃんと済ませただろうな。

 講習会の最後には今回の講習会内容に関するテストがステータスに出題されるからな!

 テストに未回答だと報酬貰えねえから受注がまだのヤツはさっさと済ませろよ!」


 思ってたよりステータスは多機能っぽい……後で本買おう。メモ機能も追加されていたのでノート代わりに使ってみる事にした。


「今更取り繕っても遅ぇからこのまま講義していくぞ。文句があるヤツは私が機嫌が良い日の講習会に参加するこったな。そん時はちゃんと猫かぶって清楚な振りして講義してやるよ」


 俺の頭上に一部の視線が集まっているのを感じる。


「おい、猫かぶるって頭に猫乗っけるわけじゃねぇぞ! アホな事考えてないでノート開くかステータスのメモ機能を使っとけよ。


 もう待たねぇからな。始めんぞ。


 じゃあ、居ねえとは思うが『第三版 冒険者入門』持ってるヤツは三十三ページを開け。

 そんじゃ今回の講義テーマ『生物の三要素』やってくぞ。


 よっぽどの常識知らずじゃなきゃ知ってると思うが、基本的に生物は三つの要素から構成されている。肉体・精神・魂魄だな。

 んで——」


 講義が始まると講壇の奥、立っているアズサの背後にある壁一面の水晶板に講義内容が自動で板書されていく。

 砕けた口調で進む講義は思いのほか聞き取りやすく、水晶板に自動板書される内容も図解入りで分かりやすかった。


「——つ〜わけで、命力・魔力・霊力を使った技なり術なりを扱えると冒険者としては一人前を超えた有望株扱いされる。ただし、魔法使いの場合は相応の強力な魔法が扱えるか最低限の近接戦がこなせる事が条件だけどな。


 うし! これで今回の講義は終わり!


 ステータスに表示されるテストに回答して採点が終わったら見せに来い。零点じゃなきゃ報酬を渡す。分からなきゃノートやメモを見るか分かるヤツに聞けよ。


 明日開催の講習会は『魔物の解体』だ。担当の受付嬢は彼氏募集中のマクレーンだ。講義内容に興味があるヤツ、私よりマクレーンの方が好みで気があるって奇特なヤツは参加しろよ」


 水晶板に明日の講習会概要と担当受付嬢の顔が表示される。アズサが黙ってれば清楚風美少女なのに対し、マクレーンはギャル風美少女といった外見だった。ちなみに【異名表示】には『解体乱舞デモリッション ルーニー・マクレーン』と。


 ステータスの下部に表示された『テストを開始する』を選択するとステータス画面が三分割されて左側上半分にテスト、下半分に回答欄と右側にさっきまで取っていたメモ画面が表示された。


///

 生物の三要素とは何?

///


 回答欄に『肉体・精神・魂魄』と記入すると『正解』と表示され、その他解答例も表示された。


///

 生物の三要素とは何?


 肉体・精神・魂魄

 魂魄は魂もしくは霊体でも可


 次へ進む   問題をやり直す

///


 正解だったので次の問題へ進み、どんどんと回答していく。


///

 肉体、その生命力から生じる生命エネルギー

 精神、強い感情や想いが生む精神エネルギー

 魂魄、魂の躍動が発す神秘の霊魂エネルギー

 それらは総じて三力とも称される

 各エネルギーそれぞれの別称を答えよ


 生命力エネルギー

 〉命力

 精神エネルギー

 〉魔力

 霊魂エネルギー

 〉霊力


 前へ戻る 次へ進む 問題をやり直す

///


///

 肉体はマテリアルボディとも呼ばれる

 では精神体と霊体は何と呼ぶか


 精神体

 〉アストラルボディ

 霊体

 〉スピリチュアルボディ


 前へ戻る 次へ進む 問題をやり直す

///


 しっかりとメモに取ってあるし、なんなら郷にいた頃に教わった事もあって気付けば全ての問題を解き終えていた。


///

 結果

 全問正解

 再回答無し


 お疲れ様でした


 前へ戻る 最初から解き直す

///


「ん? お前もう解き終わったのか。正答率を上げる為に解き直すとかしないんなら結果画面のステータスを見せに来い」


 結果画面が表示されたステータスを眺めていると、それに気付いたアズサ受付嬢に手招きをされた。


「早いね、ソラ」「先行っていいわよ」


 両隣の二人は見た感じ分からないというよりはステータスの操作に手間取ってる様子。

 

「おら! 来るんなら早く来い!」

「分かりまし——た!」


 机を蹴って最短距離で。


「おま!? 歩いて来いよ!」

「でも、早くって。はい、これ」


「なに、再回答無しで全問だと!? 振られたばっかの私ん前でイチャついてやがったからイチャモンつけてやろうと思ってのに……つけようがねぇじゃねぇか! どうしてくれる!」


「いや、知るかよ」


「他のヤツらが終わるまで暇だから話し相手になれ」

「やだ」

「なんで」

「売店に『冒険者入門』買いに行きたい」

「よし! 私の名前で割引価格で買えるようにしてやるから解き終えるヤツがで始まるまで話相手んなれ」

「連れが解き終えるまででも?」

「ああ、それでいい。これ講習会の報酬と割引券な。私にも紹介料入るから助かるぜ。でな、猫かぶってるのがバレて振られたんだよ。あの野郎、二股してやがったくせに浮気は私の方だとほざきやがった。どうしたらいいと思う?」


 何故、俺に聞く。


「一発ぶん殴って、猫かぶるのやめたら?」

「お前、猫頭に乗っけてるくせに良いこと言うじゃねぇか。よし! 後でもう二、三発殴ってくる。でもよ、猫かぶるの辞めたら玉の輿狙えなくなんねぇ?」

「ずっと猫かぶって自分を押し殺してるのって疲れない?」

「確かに。お前、二股クズ野郎かと思ってたが結構見所あんじゃねぇか! フラーク先輩ついでに私もどうだ?」

「冗談だろ?」

「半分本気だぞ。今回の玉の輿失敗で年齢的に『行き遅れ』扱いされそうでよ、お前の嫁さん二人の審査受けさせてもらえねぇか?」


「「私達の審査が何か?」」

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