第9話 狙撃一家の末っ子
「少し話を聞いてもらえませんか」
長い名前の少年は前の席に座り、振り返って話しかけてくる。
「聞き流してもいいなら」
「……君の興味に引っかかる事を願いながら話させてもらうよ。あ、名前聞いても?」
「俺はソラ」
「ティアナ〜」「アグ〜ナ〜」
「寝たフリだったのか」
「ん〜微睡んでるよ〜」「
「それでお前はなんて呼べばいい?」
「好きに呼んでくれていいよ」
しまった……なんて名乗られたっけ。
スキルの【異名表示】で見えてる名前よりは短い感じだったくらいしか覚えてない。
「じゃあ………………」
「もしかしてもう忘れたの!?」
「違う。覚える気が無か——じゃなくて、少しは覚えてる。確か……キソー?」
「それは君が上げた昔の人の名前じゃなかったかな!? ジョン・ジャック・オー・ガンマンだよ」
「分かった。よろしく、ジャン」
「混ざってる混ざってる」
「ジェン」
「ェはどっから来たのかな!?」
「……ジュン?」
「もう、わざとだよね!?」
「いっそのことジィンってのは?」
「呼びにくくない!? あだ名にしてもややこしいよ。うん、分かった。ジョンだ! ジョンって呼んでよ」
「おい、ジョン」
「なに?」
「二人が寝たから静かに喋ってくれ。それと、さっさと本題に入れ」
「——っ、誰の……誰のせいで声を荒げたと」
このままキレてくれたら話を聞かなくて済むかもしれない。しかし、彼は俺の期待を裏切り深呼吸で息を整えて話始める。
「……ふぅ。僕の家、グァンマホーク家は狙撃で身を起こした狙撃一家でね。ミナウス狙撃隊の歴代隊長にグァンマホーク家の人間がいない時期を探した方が早いくらい狙撃の名手を輩出しているんだ」
「へー」
「見ての通り僕が
「そう」
「僕は鷹、梟、猫、エルフのキメリアで最高の組み合わせだって期待された赤ん坊だった」
「すごいねー」
長い耳が翼の形をしていたのはエルフと鳥系獣人の特徴が合わさったからか。猫要素は猫髭以外は改めて見ても見当たらない。
「すごい棒読みだけど……聞いてる?」
「聞き流してもいいか確認したはずだが?」
「本気で聞き流す気だったんだ……まぁいいや続けるね」
「続けるのか」
「うん、続けるよ。暗がりを見通す目に優れた動体視力を有し、周辺視ができて聴力での状況把握さえ可能だった。でも……」
「近眼で台無し?」
「なんで……って、眼鏡かけてるの見れば分かるよね。眼鏡を外すと一席後ろの君の顔が少しぼやけてしまうくらいに視力が悪いんだ」
そう言って分厚い眼鏡を外した……ジョンの顔は中性的な顔立ちの美形だった。離れた後ろ席の冒険者少女が色めき立った声を上げているのが聞こえる。
「お前の目、とりわけ瞳が大きいのは分かったから眼鏡を掛けろ。後ろがうるさい」
「あ、うん」
「ところで狙撃って得物は何を使うんだ?」
「やっと僕に興味が出てきたね!」
「お前じゃない、狙撃に興味が湧いただけだ」
「狙撃に興味が! 銃って分かるかな? 機工都市マシニカ生まれの武器なんだけど」
無造作に机の上へ置かれるオートマチックな拳銃。それを見た俺の微かな警戒が膝枕越しに伝わったのかティアナとウナは膝枕された体勢のまま爪と氷刀をジョンに突き付ける。
「動きは見えても体がついてこないか」
「さっきの訓練場も凄かったね。拳と剣で鳴る音とは思えなかったよ。それで……僕、なにかしたのかな?」
「いきなり武器を抜いた」
「置いただけだよ!? 弾は抜いてあるし安全装置も外してある!」
「実物を初めて見る側からしたら分からん」
「う、ごめん」
「あ〜、手に取って見ても?」
「いいよ」
机の上の銃を手に取って見る。確かに弾倉が入っておらず、引き金も動かない。
「やけに装飾が凝ってるな」
「両親からのプレゼントなんだ。落ちこぼれで飾り物の僕には狙撃銃よりこの拳銃の方がお似合いだと思ってるんだよ、きっと」
「これ、ちゃんと戦えるやつ?」
「ゴブリンや獣とかだったら当たり所が良ければ一発で仕留められるよ。ワイバーンとかだと特殊な弾丸でもない限り難しいけどね」
「ワイバーン?」
「秋の終わり頃は渡り翼竜の時期でミナウスに群がって来るんだよ。結界があるからミナウスそのものは大丈夫だけど、ワイバーンが邪魔でミナウスから出られなくなるから流通が滞る」
「流通拠点都市なのに?」
「流通拠点都市だからさ。ミナウス自体が資源を生み出しているわけではないから外とのやり取りが断たれれば、次元流通での取り引きも難しくなる。輸出できるモノが無くなるからね」
そういえばシスコンとピエールの
「物騒な風物詩だな。大丈夫なのか?」
「もちろん。狙撃隊が結界内から狙撃して追い払うからね。その間ミナウスでは晩秋の狙撃祭が開催されるから楽しみにしてるといいよ」
「なんつーか、狙撃一家の落ちこぼれって割に狙撃とか大好きって感じだな」
「え? そ、そうかな……」
「銃や狙撃の話題になった辺りからずっと笑顔だったぞ?」
口元に手を当てて確認すると照れたのか少し頬を赤くするジョン。そして後方の席から黄色の歓声が上がる。腐の信者かもしれない……少し寒気がした。
「僕は狙撃隊の入隊試験に落ちてるんだ。三年連続でね」
「それで落ちこぼれ、と」
「うん。狙撃隊員の人達に言われたよ『期待外れ、狙撃一家の落ちこぼれ』って」
「それは家族にも言われたのか?」
「……家族には言われてないかも。でも、三年目の入隊試験に落ちた日に『これからはグァンマホークと名乗らずにジョン・ジャック・オー・ガンマンとでも名乗るといい』って言われたし、僕が入隊試験に落ちる度に何故か姉さんと兄さんが停職処分になってたから」
一気に表情が沈んでいくジョン。後方席からの刺すような視線が鬱陶しい。
「狙撃銃なら遠くが見える望遠鏡的なのがあるんじゃないのか?」
「
「お前、よくそれで受けようと思ったな」
「逆に動く的なら遠くてもくっきりはっきり見えるんだけどね。クレー射撃なら百発百中なんだけど静止目標への精密射撃の方が配点高くて優先度も高いから受かりようが無い」
「なんで三年も受け続け……ってのは愚問か」
「愚問だね。僕は狙撃手になる夢を諦める気は無い。狙撃隊の狙撃手になれないのなら冒険者の狙撃手になるだけだ」
「もしかして話したかったのってそれ?」
「本題はここからだよ。どうやったら狙撃手になれると思う?」
「知るか! 前置きが長ぇ」
「そこをなんとか! あと、そろそろ爪と氷刀を下ろしてもらえないかな」
「あ、悪いな。だが、断る」
「何故!?」
「これなかったら手を取ってきそうだし」
「う……分かったよ。しないから下げてもらえないかな」
俺の机側に寄り掛かっていたジョン身が引いたの確認し、膝枕中の二人に手を下ろさせる。
「ねぇ、もし良かったなんだけど僕と——」
ジョンが何かを言いかけた瞬間——講堂の扉が大きな音を立て勢いよく開き、見えた女性用ブーツを履いた脚。そして反動で戻って来た扉に弾かれて大量の紙の束が床に散らばる音と情けない悲鳴に騒がしかった講堂が静まり返った。
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