第8話 呼べば来る

「何だこれ? 読めん……」


 回転寿司の店を出た後、俺達は冒険者組合に戻って来ている。貰った廉価武器交換チケットを使おうとフラークさんに使える店を尋ねたら「冒険者組合の新人向け講習会に参加すると同様に使えるチケット貰えるので、そのチケットを貰ってから行かれてはいかがですか?」と助言を受け、戻って来て講習会が始まるまで時間を潰すべく共用資料室の本を漁っていたら読めない本を見つけた。


 [字解神の加護]の恩恵を持つ俺はこの世界で常用的に使われている文字であれば読む事ができるが、使われなくなった文字は読めない。

 古めかしくも新品であるようにも感じる妙に存在感のある白い本。この本以外は背表紙等を見た限り、全て読める文字で書いてあった。


 気になる。そして、さっきから訓練場の轟音がうるさい。

 

 何故、共用資料室に一冊だけ読めない本が置いてあるのだろうか。


 読む方法はある。


 [字解神の加護]のもう一種の力だ。

 加護には持っているだけで効果がある恩恵の他に代償を支払って発現する効果があり、それを使えばこの本を読む事が——


『創世神話』


 ——できた。

 本の文字が使われなくなってかなり久しいのか想像以上に加護の発現が疲れる。


『創造の男神 ——————————が創り

 消失の女神 デ・リオル=・ソーが消す

 幾重にも二柱の——の末、世界は形を成す


 変遷の子神 ——————が形だけの世界に変化を与え、世界は廻り始めた


 廻り出した世界には数多の——が————、そして——————


 三柱の————度に世界は——————

 ————の時——て——界は三————』


 [字解神の加護]の発現で文字が読めるようになったとしても消し去られた文字までは読めないらしい。読み取れたのも最初の序文らしきところまでで、残りは文字が意味を成さない程に散見して文章のていを成していなかった。


「あ、あああ貴方! もしやその本が読めるのです——か!?」


 血走った目で話しかけて来た男の手が空をつかみ、勢いそのままに床へ倒れ込んだ。思わず避けてしまったが、いきなり近づいてくる方が悪い。


変人奇人しっ、見ちゃダメ デイビッド・ソイソイソーイ』


 【異名表示】のスキルで男の名前が見えた。

 関わらないでおきたいが、この状況で声も掛けずに立ち去って執着されても困る。


「大丈夫ですか? あ、これは変わった本だったから手に取って見ただけなんで」


 頭だけ起こしていた男は意気消沈したのか鼻血面を俯かせる。

 

 今のうちに、と。


「では——」


 既に共用資料室を出ていた俺に彼の言葉が届く事は無かった。



 訓練場に来ると巨大な爪跡の形に抉られた地面へ氷柱や氷槍が乱雑に突き刺さっていた。地面から視線を上げれば、金と蒼の衝撃が轟音を立てて激突し訓練場の地形を変えていくのが見える。


「あ! ソラさん、やっときたニャ!」

「三世、帰るんじゃなかったのか? それと、素が出てる」

「うっさいニャ。こんニャ状況で私の口調を気にする余裕のある奴なんていないニャ!」

「……目の前にいるだろ?」

「例外は黙って、力づくでいいから二人を止めてくるニャ! ちょっとだけ見て帰るつもりが晩夏の嵐より激しい戦いが始まって帰るに帰れニャいニャ!」


「あはは、疲れてるから無理」


「朗らかな笑顔で言うことかニャ!? お前、二人の旦ニャさんニャろ?!」


 三世から二人に視線を戻せば銀閃に触れて二つに断たれた金色の閃光が地面に二筋の軌跡を刻み、進む銀閃は煌めく虎爪に打ち砕かれて霧氷と散るのが見えた。


「三世、君とフラークさんを妾として娶る云々の決定権をティアナとウナの二人に委ねていたのは何故だと思う?」


「ふー、ふー……んニャ? それはソラさんが二人を愛しているからです!」

「うん。その通りだ!」

「ですよね!」


 常人では二人の拳と刃が交わった瞬間の激突音しか認識できない高速戦闘を目で追いながら三世の返事に頷いて返す。


「……って、ニャにが言いたかったのニャ?」

「え?」

「え? じゃないニャ。他にも理由があったんじゃニャいの?」

「いや? 二人を愛しているからだけど?」

「じゃあニャんで聞いたニャ……」

「正解が返ってくるとは思わなかったから」

「何て答えて欲しかったのニャ」

「二人の方が俺より強い? って」

「強いのニャ?」

「ああやって遊んでる二人を力づくで止めるのは万全の状態でないとキツい」

「あれ遊んでるだけニャの!?」


 正確には腹ごなしの軽い運動だろうけど。


「ああ。だから、呼べば来るぞ? ティアナ〜ウナ〜ちょっとおいで〜」


「「なに?」」


 呼んだ瞬間、目の前に現れる二人。その頭上には『拳嵐轟嫁』と『剣藍業嫁』の異名が浮かんで見える。共用資料室に行っていた僅かな時間の内に嫁二人に異名が着いていた。


「ニャん……だと……」


「お〜い三世〜帰るんじゃなかったのか?」

「ニャ! そうでした。お昼寝の時間が!」

「太るぞ?」

「胸に栄養がいくから大丈夫」

「「「え?」」」


 確かにティアナとウナに比べたら大きい方ではあるが、栄養が全て胸にいっている様には見えない。


「……なんニャ」

「え、いや別に……」

「私やウナちゃんのより大きいけど、そこまでじゃないな〜って」

「ちょっ、ティア!?」


「大き過ぎると仕事の邪魔にニャるから適度に絞ってるだけで嘘じゃニャい」


 三世はそう言い残して帰っていった。


「嘘じゃないなら少し羨ましいわね」

「そう?」

「お腹周りにいくよりは、ね」

「そもそも私達、太らないよ? ウナちゃん」

「そうだったわ」

「じゃあ、お土産みや食べない?」


 これ以上二人に腹ごなしの運動を続けさせても訓練場が悲惨な事になるだけなので、講習会が始まるまで講堂でお土産の『海竜の押し鮨』を食べて待つ事に。


「美味しいね」

「美味しいわね……って、ソラ?」

「また、海竜の最期が見えた……」


 食べ終わった容器を片付けていると、講堂に人が集まって来て着席していく。俺達の周囲の席を避けるようにして。


「あ、ここって座っても大丈夫な席かな?」


 唯一近くに来たのは長い耳が鳥の翼の形をしている眼鏡をかけた猫髭の少年だった。


「新参者を避けて座るルールとか無ければ大丈夫だぜ?」

「なら大丈夫だね。

 僕はジョン・ジャック・オー・ガンマン。

 一応、狙撃手スナイパーを目指してる」


 そう名乗った彼の頭上に浮かぶ異名『超近眼狙撃手 ジョン・ジュール・ジャック・ネク・オゥル・グァンマホーク』の文字。


「ジョン・ジャック?」

「うっ……やっぱり、冒険者の間でも狙撃一家グァンマホークの落ちこぼれの噂は広まってるのかな」


「いや、似たような名前の偉じ——昔の人がいたなって思っただけだ。それとお前が思う程、世間はお前に興味無いと思うぞ? 少なくとも俺はお前に興味無いし」


 鳩が豆鉄砲を食ったよう、とは今の彼みたいな表情を指すのだろう。


「そ、そういうものかな」

「知らん」

「とりあえず君が僕に興味が無い事は分かったよ。その、僕に似た名前の人ってどんな人?」


「え? 確かジャン……ジャンジャン? あ、思い出した。ジャン=ジャック・キソー。何をやった人かは知らん。川でもいじった?」


 さっき読んだ本に引っ張られてる気がする。


「へ〜治水で伝わってるって事はかなり昔の人なんだね」

「知らん。あ、おいティアナ! まだ寝るな。せめて講習会始まってから寝てくれ」

「う〜ん、机って寝にくい……ソラ膝貸して」

「あ! ティアだけずるいわ。私も借りるから講習会始まる頃に起こしてね」


 返答を待つ事もなく俺の両膝に置かれた二つの頭が小さな寝息をたてはじめるのに合わせて俺の頭にかかる重さが少し増した。どうやら、食事の時以外俺の頭を定位置にしている猫形態のトーラも寝てしまったらしい。

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