第7話 回るお寿司
「廉価武器交換チケット?」
後ろのテーブル席から座席の背もたれ越しに渡された灰色のチケット。大海域の高級料理が早く食べたいティアナとウナに急かされて足早に冊子で紹介されていた回転寿司の店へ移動した為、受け取り忘れていた力試しの依頼の報酬がこのチケットらしい。
「はい。冒険者組合提携の工房か武器屋へ持って行けば冒険者組合が定めた最低限の品質が保障された廉価の武器と交換できます。あ! ガラク、その赤いやつ取って下さい。いわゆる新人冒険者支援の一つです。白いのもです!」
レーンに流れるお寿司へ、俺へと視線が忙しく動くフラークさんとガラク・ピエール師弟が座るテーブルは寿司が乗った皿で埋め尽くされようとしている。
「あ、姉貴……ひとまず食べようぜ? 食べて皿を片付けないと今とった皿を置く場所が無いからよ」
「そうね。ソラさん、お話は食べ終わってからでいいですか?」
早く食べたいと表情で語るフラークさんに頷いて返答し振り返ると、フラークさん達のテーブルと変わらない量の寿司が並んでいた。
「……食べようか」
「「「いただきます!」」」
「はい! いただきま……す?」
三世が一人遅れたが気にせず目の前の寿司を口に運ぶ。口に入れた瞬間ホロリと解けるシャリの甘みと僅かな酸味に溶ける様に広がるネタの旨味が渾然一体となって織りなす味は脳裏に海の中を猛然と泳ぐ
「
寿司を食べていたのは俺と以前来た事があるらしい後ろのフラークさんだけ。同じテーブルの三人は食べようとつつも躊躇っている様子。
「ソラ、これ
「え……大丈夫なように処理とかしてあるんじゃないの?」
そういえば此処、異世界だった。
左を向けば両端が半円の長方形の形をした回転レーンの中で職人が寿司を握っている。店内も和風な装飾が施され、幼い頃によく行った回転寿司の店とよく似ているせいで生食への警戒が薄れていた。
「うちで出してる魚はどれも新鮮で強い奴ばかりですから安心してください。どれくらい新鮮かって言うと、残っている魔力残滓で魔力感知に長けた人なら生前の姿が分かるくらいには新鮮です!」
目が合った寿司職人が笑顔で安全を保証すると、安心したのか食べるのを躊躇っていた面々も寿司を口へ運ぶ。
「「「美味しい!」」」
「「
本来、弾力のある身が隠し包丁により簡単に噛み切れる一貫。新鮮さが故に残る魔力残滓は大型海洋哺乳類に絡みつく巨大な十本足の軟体生物が……海面からの一撃で真っ二つになる光景を見せた。
瑞々しく弾力に富んでいそうな甲殻類の剥き身が乗った寿司は噛んだ瞬間、その身が弾けるのに合わせて暴力的な旨味とほのかな甘みが口の中に溢れ——脳裏に新たな光景を見せる。高速で後ろに下がると見せかけて全速力で前へと海底の岩を鋏脚で粉砕しながら逃げる甲殻類が更に速い人影によって手掴みで捕らえられる姿を。
薄切りの身でありながら弾力のある寿司ネタは噛めば噛むほど旨味が口いっぱいに広がり、シャリとの間に挟まれていた大葉に似た香草の風味と合わさって飲み込まずにずっと噛んでいたくなる。噛んでいたかったが、少し形が歪な木造船に襲い掛かろうとした八本脚の巨大軟体生物が船に乗っていた人影の拳一閃で弾け飛んだ光景が見えたせいで飲み込んでしまった。
「どうしたのソラ? 美味しいって表情と何とも言えないって表情を繰り返してるけど」
「ティアナ、これ美味いけど凄い新鮮なんだ」
「え? うん、美味しいね」
口に寿司が入っているからか同意を示すのに頷くウナと三世。どうやら三人には見えていないらしい。
「ん!? これ! すっごく美味しい! 同じのは……取ってないわね。流れてくるのに同じのも無い……」
「どうしたんだい嬢ちゃん? レーンに流れてなければ俺達職人に頼みな! 直ぐに握って出してやるよ!」
さっきとは別の寿司職人が落ち込むウナに気付いて声をかけてきた。
「本当!? じゃあ、これ! これを三人分お願い!」
「あいよ!」
メニュー表片手に指差し注文するウナ。
直ぐに握られて運ばれてきた皿をウナは自分以外の前に置いた。
「ティア! ソラ! ……ついでに三世もこれ美味しいから食べてみて!」
「ありがとうウナちゃん!」
「どうもです。アグーナさん」
「ありがとう、ウナ。でも、自分の分はいいのか?」
「え? ……あ! 職人さん、もう一皿お願いします!」
「ははは、あいよ!」
その身は程よく乗った脂で店内の照明を反射して煌めいていた。紅と白の対比が美しい圧倒的な存在感を放つ寿司。心なしか蒼い燐光を纏っている様にも見える。
意を決して口にしたその寿司は舌の上に乗った瞬間——溶けてなくなり、旨味の大海嘯が口の中に押し寄せた。噛む事を忘れて飲み込み、美味さのあまり言葉が出てこない。
そして寿司を包み込んでいた魔力残滓が鮮烈な光景を見せる。
島をも呑み込む巨大な大津波を引き起こした尋常ではない大きさの海蛇——海竜と対峙する一人の人影。大津波と共に人影を島ごと押し流さんと迫る海竜に向かって人影の放った手刀の一薙は……大津波ごと海竜の首を両断した。
平静が戻る海へと落ちる海竜の首、その瞳に人影の姿が映る。その正体は【次回予告】にある『海の書PV』に登場する大海域へと異世界召喚された存在——『東雲 幸』だった。
この光景が見えた事で新たに分かった事が一つある。俺の新スキル【異名表示】は脳裏に浮かぶ映像越しであろうと効力が及ぶらしい。現に苗字しか知らなかった『東雲 幸』の姿が見えた瞬間、『
「……ソラ、ソラ! 大丈夫?」
隣のウナに揺さぶられて意識を現実に戻す。
「あ、ああ大丈夫だ」
「「本当?」」
「さっきから食べる度に寿司ネタが仕留められる瞬間が見えるだけだ」
「そこの通なお客さん、仕留められる瞬間まで見えるとか大魔導師か何かですかい?」
「「通?」」
ティアナとウナが聞き返すと、寿司職人はよくぞ聞いてくれましたと話し始めた。
「寿司の魚介類をネタ、米をシャリって言うのが通の証でして。何故そう言うのかは聞かんで下さい。回転寿司……いえ、寿司の開祖である初代大将がそう言っていたとしか伝わっていませんので分からんのですわ」
「もしかして、店の内装も初代の?」
「大魔導師のお客さん、よくお分かりで」
誰が大魔導師だ。
その後も脳内を異世界の水族館にしながら寿司を食べ、寿司職人の話を聞いた。
寿司の開祖とされる初代大将とやらが転生者なのは間違いない。が、既に老衰で亡くなっているそうなので関わる事はないだろう。
寿司で大海域の料理界に革命を起こし、回転寿司のレーンを作るのに半生を懸けたらしい。
ちなみに、回転寿司のレーンは未だに高価な魔道具らしく『回らないお寿司』より回転寿司の方が高級寿司店である。
「せ、せせせ
「う、うぉ……ぉぉお落ち着けピエール。お、俺も出しっ出してやるから」
故に、地球の回転寿司に来た感覚で満腹まで食べた時の金額は——
「ガラク、払えるのですか? 金額が金額ですから多少は私が立て替えても……冒険者組合に借金の申し立て——」
「だ、大丈夫だ姉貴! 姉貴の結婚資金にと貯めておいた金を切り崩す事にはなるがちゃんと払えるから」
「——を、って何ですか私の結婚資金? ソラさんの親衛隊に入って子供を産むことにしたので必要ありませんよ? と、言うか弟のあなたに工面してもらうつもりなんてありませんが」
「はぁ!? ちょっ、どういう——」
——ベテラン冒険者でも容易に払えるような金額ではない。
「次、寿司食うときは
「「そうだね」」
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