第6話 筋肉式魔法運用術
「ピエール! 下だ!」
木刀を顔面目掛けて投げると同時に体勢を地面に沈み込むかの如く低くして一気に距離を詰める。
「え? うゎ!?」
「邪魔すんなシスコン!!」
「誰がシスコンだ!?」
正面からの不意打ちが失敗に終わる。ガラクの声で
拳から伝わる強烈な違和感——金属を殴ったはずなのに殴った感触が無く、盾に触れている拳が熱い。
足元に転がる木刀を拾い、距離を取り
俺が投げた木刀も盾で防がれたにしては落ちていた位置が近すぎる気がする。まるで盾に触れた位置で勢いを失ったかの様な――なるほど、そういうこと。
「その盾、衝撃を吸収するのか」
「へへ、よく気付いたな! これは
「熱に?」
「おう。それでな——」
「あの馬鹿ペラペラと……」
その後も盾を掲げながら盾を買った経緯やら武勇伝を語り始める
『口軽男』『大漁銛突』『シスコンの弟子』『恋愛玉砕王』『新種スキル保持者』『根は真面目』『お婆ちゃんっ子』『やっほ〜』『田舎出身』『川漁師』『見てる?』『鼓笛隊旗持』『子供限定人気者』『お調子者』『巨乳派の同志』『僕だよ、僕』『ロリコン疑惑』……変化はまだ終わらない。妙な異名が多過ぎる上に、異名で話し掛けてきてないか?
「——ん? なんだKP、今いいところだから後に……分かった分かった」
自分語りに夢中になっていたかと思えば突然虚空と会話し始めた。さっきから隙だらけだが奇襲をかけたところでシスコンの横槍が入って失敗するだけなので様子を見ることにした。
正直、いつでも戦闘を終わらせられるだけの実力差がある。あるのだが『昼飯が食べられなくなる攻撃の禁止』のルールが予想以上に厄介だった。相手が弱過ぎて手加減が難しい。
「おい! えっと……そう、ソラに
「誰だよキーナって、郷にそんな名前の娘はいなかったはず……あとKPってのも誰よ?」
その瞬間、ピエールの異名が『僕の事覚えてないの!?』に変わる。どうも【異名表示】のスキルに干渉して筆談で話し掛けてきた存在がキーナとやらっぽい。
「野郎の事は興味無いから知らん」
「お前、突っかかってきたわりに攻めてこないんだな」
「俺は自動失敗と言われてやる程バカじゃないからな。俺のスキル【
木刀を捨て、ゆっくりと距離を詰めてもピエールは攻撃を仕掛ける素振りすらしない。
「そうか。ところで魔法は使えるのか?」
「っ!? ピエール、魔法に警戒しろ!」
衝撃を熱に変換する盾から鳴る、肉が焼ける時の様な水分が蒸発する音。魔法で水弾をぶつけたわけではない。ただ、さっきよりも強い力で盾をぶん殴っただけ。
「んな!? 魔法じゃな……い…………」
何度も、何度も——何度も盾を殴る。
衝撃を熱に変換する盾は瞬く間に赤熱して、真っ赤に染まっていった。
盾を拳で連打する度に鳴る蒸発音。
鳴る間隔が短くなっていく蒸発音にティアナとウナを除く観客とピエールの顔色が青ざめていく。そして、静まり返っていく訓練場に鈍い金属音が鳴り響いた。
残響の中、宙を舞う盾。
限界まで熱が溜まり、赤を通り越し白く輝く面から落ちた盾は地面を焼いて音を奏でる。
「おい、まだやるか?」
「………………」
ピエールの喉元に木槍を突きつけて尋ねるも反応が無い。血が出ない程度に軽く喉を突いてみた。
「……ぐぇ!? え、あ! 俺の槍?」
遅れて槍を奪われた事に気付いたピエールに再度問う。
「まだ、戦うか?」
「ま、まいった……」
「よし! じゃあ昼飯代よろしくな」
「へ? あ、あああ!?」
高級店の昼飯代を賭けていた事を思い出したピエールはその場で膝から崩れ落ちた。
決着がついた事で青い顔になった野次馬連中は早々に元の場所へ戻り、シスコンはピエールの肩を叩き声をかける。
「泣くな、ピエール。昼飯代は俺も出す」
「せ、
「俺もお前もしばらくサキュバスの店はお預けだな」
「ぅ……食費とかポーション代切り詰めて一回くらいにならん?」
「ダメだ。お前は最近遊び過ぎだから、いい薬だと思って働け」
「あ、まさかその為に戦わせたのか!?」
「ふっ、まぁそんなとこだ」
二人に近づく影が一つ。
「ガラク、嘘はいけませんよ?」
シスコンの姉、フラークさんが目の笑っていない笑顔で話し掛ける。
「あ、姉貴!?」
「防具持ちが有利な力試しの依頼にしたこと、手加減を強いる追加ルールを課したこと。先達側——ピエール君への助言がマナー違反なのにも関わらず助言したのも全てピエール君を勝たせようと思ってしたことでしょう?」
……もう少しお腹空かせておくとするか。
使っていた木刀を拾い訓練場壁際に並ぶ武器棚の元の位置に戻し、重さのありそうな木製武器を探していると三世が声を掛けてきた。
「ソラさん。手、大丈夫なんですか?」
「ん? 三世か。この通りなんともないぞ」
灼熱の盾を殴っていた俺の拳には火傷一つ無い。それを三世に見せてやると不思議そうに目を丸くしていた。
魔力の糸で編んだ
「あの盾、私が料理の練習で数々の食材を炭にしたフライパンよりも熱そうだったのに……」
「炭に……それで燼滅料理人か。それにしても木製だからかどれも軽いな」
「ソラさん、何故その
手を伸ばしてきた三世に木製両手斧を手渡すと支えきれずに倒れそうになったので、斧の柄を掴んで受け止める。掴んだの斧だけなので、三世は半回転して地面に転がった。
「大丈夫か?」
「ええ、ソラさんが斧を掴んでくれたおかげで顔は無事でしたよ。背中が痛いですけど! 全然軽くないじゃないですか」
三世の文句を無視して訓練場内を見渡すと今いる壁際と反対側の壁際にも武器が並んでいるのが目に入る。訓練場は広く反対側まで距離があり、並んでいる武器が何製の武器なのか分からない。が、色からしておそらく金属製の武器だろう。
「——そうね。でも、最初は普通のやつにした方がいい気もするのよね」
「ウナちゃん、奢りだよ?」
「……自腹でないなら面白さ優先もありね」
「でしょ? あ、ソラ! どこいくの?」
反対側の壁際にある武器を見に行こうとしたら冊子を手に話し合うティアナとウナの二人に捕まった。『ミナウスグルメ〜次元流通地区の美味い店三十選〜』と題された冊子は宿の受付に置いてあったフリーペーパーだ。宿を出る時に手に取っていたな、そういえば。
「向こう側に並んでる武器に面白いもんでもないかと思ってな。昼はどの店にするか決まったのか?」
「うん! この酢飯ってお米に海魚の刺身? って言うが乗っかった料理のお店!」
ティアナが開いて見せてくれた冊子には日本人に馴染み深い料理の姿が載っていた。
「それで、その料理が回るお店と回らないお店のどっちに行こうかティアと相談してたのよ」
「それで回る方にしたのか?」
「「うん!」」
昼飯は回転寿司に決定!
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