第5話 異名
「お前、俺と決闘しろ!」
洗礼も終わり、洗礼の間を出て冒険者登録をしに受付へ行こうとした矢先にまた絡まれた。
もう、これ三回目だぞ……スルーしよう。
さっきは見かけなかった顔、『恋多き銛人 ピエール・クルルフ』と【異名表示】で見える同年代くらいの少年は尚も喚くが俺達は誰一人反応することなく受付へ。
「いや、待てよ? 冒険者登録する前なら冒険者規約とかなんやらでしょっぴけるか?」
「『しょっぴく』が何なのか分かりませんが、ピエール君はソラさんに決闘を申し込んだだけで直接的な手段に出ていませんので……」
「じゃあ、仮に冒険者登録する前に決闘を受けた場合は?」
「本人達の合意の上であれば冒険者組合としては特に問題としませんね」
フラークさんとそんな雑談をしながら冒険者登録を進める。登録用魔道具と呼ばれた薄く虹色に光を反射する水晶板に表示したステータスを押し当てると水晶板の中へステータスの文字が滲むように溶け、三重螺旋を描くと虹色に光出した。そして、水晶板全体を覆った淡い光が収まると水晶板中央に『登録完了』との文字が浮かぶ。
「おい! 登録終わったな? 決闘しろ!」
久方ぶりのファンタジー感溢れる現象への感動に浸る時間をぶち壊すピエールの騒がしい声。
「さぁ、彼女達を賭けて勝負だ!」
その一言が俺の逆鱗に触れた。
「……断る。そして、訂正しろ」
感情の昂りから至る激昂とは異なる、静かな怒り。ゆっくりとピエールの方へ振り返り、睨む。
「な、何を……」
「彼女達は——人は物じゃない。お前は人を何だと思っているんだ。そんなだから恋が一つとして実る事が無いんだよ、この童貞」
「ど、どどど童貞じゃねぇどぉ!? 昨日も
「「「「「…………」」」」」
深い沈黙が流れる。
「で?」
「だだだだからオラ、俺は童貞じゃ……」
野郎の下半身事情に興味は無い。
「訂正するのか、しないのかどっちだ」
「……訂正する」
「そうか。分かってくれたならそれでいい」
睨むのをやめて怒りを収め、気になっていた師匠と呼ばれた男の異名を確認する。
『老け顔のシスコン ガラク・トーリゴ』
どうもフラークさんの身内っぽい。
気配からして間違いなくフラークさんの方が強いので弟だろう……とても二十三歳以下には見えないけど。
「でも、俺はお前が気に食わない! 俺と決闘しろ! もし俺が勝ったら、フリーの可愛い女の子を紹介して下さい。お願いします」
指差してきたかと思えば、直角に見えるほど頭を下げてくる
「なぁ三世——」
「勝って下さいね、ソラさん」
「まぁ、受ける気は無いんだけどな」
「なぜだ!?」
「だって勝っても得るもん無いし」
「お前が勝ったら俺を好きにしていい!」
「いらん! 俺にそっちの気はねぇ」
「オラも——俺もないぞ!? ぐぬぬ……どうやったら決闘してくれるんだ。俺だって可愛い女の子とイチャイチャしたいのに……」
「力試しの依頼を受けてもらえ、ピエール」
「「力試し?」」
「力試しの依頼は新人冒険者支援の一つなのですが……先達役をピエールさんに担当させる気ですか?」
フラークさんは力試しの依頼について説明しつつ、ガラクに尋ねた。
「そうだぜ、姉貴。ピエールが冒険者になってそろそろ半年。少し頼りないかもしれんが新人の面倒をみたっていいだろう?」
「はぁ……まぁ、いい薬になるしれませんね。申し訳ないのですがソラさん、力試しの依頼を受けていただけませんか? 勝敗に関わらず組合から報酬も出ますので」
「昼飯の後じゃダメですか?」
ガラクが柏手を打ち俺達の注目を集める。
「よし、じゃあこうしよう。力試しの依頼で負けた方が昼飯を奢る」
「おお! それ良いな師匠」
「三世、報酬で足りると思う?」
「全く足りませんけど、負ける心配ですか?」
「相手のだよ」「そうね相手のよ」
なぜかティアナとウナが答えたが、俺が心配したのは
「ピエール、姉貴を泣かした奴に負けるんじゃねぇぞ?」
「組合酒場で一番高いのが食えて、可愛い女の子とも食事ができるんだ。絶対負けない」
もう力試しの依頼を受ける前提で話が進んでいる。
「分かった。力試しとやら、受けてたとう」
「よし。新人、先輩の俺が胸を貸してや——」
「ただし! 条件が一つ」
「——る……なに?」
「昼飯は次元流通区画にある高級海魚料理店。三世とフラークさんの食事代も込み。ついでに全員分のお土産代も賭けようか」
「そそそそれ、サキュバスのお姉さんのお店に何回通える金額になるだか!?」
「はい、依頼の受理完了しました。それでは訓練場の方に向かいましょうか」
フラークさんの案内で訓練場へと向かう。
さっき医務室へ行く時にも見たが、訓練場はかなり広い。たぶん、学校の体育館とか3つは余裕で入る。
「力試しの依頼は訓練用の木製武器を使うので此処に置いてある中から自由に選んで下さい。木剣に木槍、槌や木斧といった多くの冒険者が使う武器種に三節棍や木製鎖鎌などの変わり種もありますよ?」
壁際一辺にずらりと並ぶ木製武器の数々。
本当に沢山の種類の木製武器があるが……俺、武器の扱い方教わってない。とりあえず近くにあった木刀を手に取り、他にどんな武器種があるか眺めながら壁沿いに歩いていく。
変な武器を見つけた。
ギター風の打楽器? ギターのネックっぽい物の先に複数の木魚がくっついている。
「それは
フラークさんの説明を聞きながら空いている方の手で武御木魚を持ち、木刀で木魚部分を叩くと思った以上に木魚な音が鳴る。木魚の音は嫌いじゃないが戦闘中に聞きたいかと問われると答えは否。そっと武御木魚を元の位置に戻した。
「まぁ、
一通り見終えて武器を決める。
どれを選んだところで使えないのだから最初に手に取った木刀にすることにした。
「ピエール君、遅いですね。ガラクは何をしているのでしょう。あぁ、安心してくださいソラさん。依頼を受理した以上、あの子達は逃がしませんので」
フラークさんは暗黒微笑を浮かべると踵を返したところで二人が扉を開けてやってくる。
「ガラク、姉を待たせるとはいい度胸ですね」
「ご、ごめんよ姉ちゃん」
「せ、
ガラクは咳払いをして体裁を整えると話し始めた。
「ひ、昼飯代を賭けるからルールを考えてたんだよ姉貴」
「ルールですか」
「あぁ。昼飯が食べられなくなる様な攻撃、顔とか腹への攻撃は禁止ってだけだが」
「どうします? ソラさん」
「まぁ、昼飯食えないのは辛いからな。別にそれくらいなら構わない」
ルールを了承し距離を取って立ち合うと受付近くで話を聞いていた冒険者や訓練をしていた冒険者達が集まってきて俺達を遠巻きに取り囲み人の輪ができる。
「では、私が手を振り下ろしたら開始の合図となります。構え!」
「始め!」
合図が出た瞬間——俺は木刀を投げた。
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