第3話 結婚できない受付嬢

「「現状では二人とも論外」」


 ティアナとウナの即断に笑顔でカーテシー風のお辞儀をしたまま固まるフラークさん。三世は「あ、やっぱり?」と平然としていた。


「り、りりり……りィリぃりィ——」


「「「「り?」」」」「に?」


 再起動に失敗したフラークさんの奇声にその場に居た全員が首を傾げる。頭の上にいる騎虎ライドラのトーラでさえも。

 フラークさんは声を一音発する毎に首を左右に反対方向へ傾け、段々と身体を仰け反らせていく。頭が床にぶつかろうかといった時に手をつき、ゆっくりとバク転した後に獣じみた五体投地を決めた。と思えば、力強く立ち上がっての咆哮。


「——リぃィィ yeaaaAAAHHHィィィェェェァァァアアア!!!」


 茶髪だったフラークさんの髪は重力に逆らい揺らめきながら紅い光を帯びていく。紅い光を纏った髪は揺らめく動きも相まって真紅の炎が燃え盛っているようでもあった。


「ふぅ……落ち着きました。それで理由の方をお聞きしてもいいですか?」


 ため息と同時に咆哮と共に漏れ出していた威圧感が霧散するが油断はできない。重力の支配下に戻ってはいるが、フラークさんの髪は依然として紅い光を帯びている。


「あの、構えを解いてもらえませんか?」


 宝石の如く紅い光の正体を知っている身として、構えを解く気にはなれない。ティアナとウナと三人揃って身構えたままでいると、フラークさんは次第にしどろもどろに言い訳を始めた。


「き、気が昂ると髪が紅くなる事があるんですよ私。髪が紅くなる状態は割と自在に成れるんですが戻し方が時間経過しか……あ、そうじゃなくて叫ぶとスッキリしますよね? 冒険者時代の癖というかなんというか、これやると問題が解決する事が多くてですね……」


 要約すると、混乱した時など精神を一旦落ち着かせる為だったらしい。

 言うなれば、深呼吸代わりの咆哮。


「……で、その……えぐっ、ひっぐ……ぐす」


 身構えたまま返事もぜず、聞き続けていたらフラークさんは泣き出してしまった。


「うぅぅ……だって、早く……早く結婚したかったんだもーん!!」


 うずくまって泣きじゃくり、フラークさんは拳を床に振り下ろす。


 冒険者組合の建物が少し揺れた。


 目を擦りながら立ち上がるフラークさんの髪が元の色に戻っていく。


「ぞれで、理由をかぜでもらえばすか」


 組合中の視線が集まる中、ティアナ達が理由を話せば今後それを理由にフラークさんが揶揄われるかもしれない。それ自体は俺の知ったことでは無いが、それにより起こり得る血の惨劇に巻き込まれるのは御免蒙ごめんこうむる。


「その前に場所、変えませんか?」

「……でしたら、今の時間なら『洗礼の間』が空いてます。こちらへ」


「ては〜ソラさん、私はこのへ——ぐぇ」


 一人立ち去ろうとする三世の襟首を掴み引き連れてフラークさんの後を追う。


「お前も、原因の一旦だろうが」

「そ、そんニャ〜」

「あと今帰ったら海魚の店、奢らねぇぞ?」

「え、私の分も奢ってくれるんですか?」

「案内賃代わりに、と思ったがいらな——」

「さぁ行きますよ!」


 受付の反対側、依頼書らしき紙が大量に貼られた掲示板の隣にある扉をくぐる。



 白を基調とした荘厳な造りの一室。


 先程までいた冒険者組合のエントランス? よりも天井が高く、天窓から注ぐ陽光が部屋を照らしている。部屋の奥には噴水らしきモノがあり、常に流れている水が光を反射して部屋の荘厳さ際立たせていた。


「では、理由を聞かせてもらえますか」

「その前に一つ言っておきたいんだけど」


 入り口の扉が閉まると振り返り、話の再開を促すフラークさんにティアナが答える。


「なんでしょう」

「ソラは家じゃないよ!」


「「…………はい?」」

「え……ちょ、ティア?」


 フラークさんと三世は首を傾げ、ウナは驚いた表情でティアナの方へ振り向いた。


「あとソラも!」

「えっと、なに?」

「人の身体に人は住めないでしょ! ソラの何処に誰が住んでるの?」


「俺の心にティアナとウナ、トーラが住んでるかな。あと、優良物件云々は比喩表情だぞ?」


 今度はティアナだけが首を傾げ、他の皆んなは頷いている。いや、ウナは頬を少し赤らめて顔を伏せているだけっぽい。

 これ直接的に言わないと伝わらない? 


「よ、要するに俺はティアナとウナとトーラを愛してるって意味だ! 分かれ!」


 頬が熱い。たぶん、俺も赤くなってる。


「ソラ! 私も愛してる!」

「その……私も愛してるわ! ソラ」

「んにゃなう!」


 ティアナは満面の笑みを浮かべて、ウナは少し照れ気味に抱きついて来たのを優しく抱き締め返す。トーラも頭にしがみつく力を増した。


「トーラ、トーラ? 少し痛いから緩めて?」

「んーにゃ!」

「痛い!? 強めてって言ってないから?!」



「あー私達、何を見せられてるんでしょうね」

「羨ましい。私もあんな恋をしてみたかった」

「あれは恋ではなく愛ですよ、フラークさん」

「何が違うの? ミケコちゃん」

「恋は一人で完結できますが、愛は一人で完結できません」

「よく分からないわ」

「私も言ってて、分からなくなりました」


 そんなフラークさんと三世の会話が耳に届き我に返って離れ……離れ……離れないの?


「それじゃあ理由を話すわね」

「え、その状態で?」

「だってティアだけ引っ付いてるのはズルいでしょ?」

「えへへ〜ソラ、ギューって」「はいはい」

「あ、ズルい私も……オホン。り、理由だったわね。それは貴方達がソラ本人を見てなかったからよ」


 力なくフラークさんは反論する。


「み、見てました……よ?」


「お姉さんは条件が同じなら別にソラじゃなくてもいいんでしょ?」


 が、ティアナに核心を突かれ崩れ落ちた。


「だって、だってだってだって……」


 段々と小声に、かつ早口になっていき最早何を言っているのか分からない。

 再びフラークさんが再起動するのを待つ事となった。



「ちなみにお妾さん的なのはどうなんですか」

「ソラとの子供が欲しいなら私とウナちゃんが産んだ後じゃないと絶対駄目」

「あと、私達の郷へ来て親衛隊に入ってもらう事になるわね。あなたは戦闘力は高く無さそうだから宿屋の経験を活かして隊の給仕とか補助を任せる事になるかしら」

「まさか、その親衛隊ってソラさんの子供が欲しい人達の集まりですか!?」

「そうだよ?」

「……ソラさん、やはり女の敵では?」

「一応言っておくけど、ソラから誰一人誘ってないわよ。ある事情で郷に若い男がいなくなったからって事情もあるわ」


 三世は少し考える素振りをみせてティアナに尋ねる。


「ちなみにお給金や養育費的なモノは?」

「もちろんソラや私達が稼いで払うよ? 郷から補助金も出るし、親衛隊の娘達で子供達の面倒を見るから一人で子供を育てるなんて事には絶対しないよ!」


yeaaahhhィェァァァアアア! その話、詳しく」


 フラークさんの再起動完了したっぽい。

 今度は髪色の変化は無かった。


「お姉さん、結婚はよかったの?」

「正直、『行き遅れのフラーク』と陰口を叩く輩もいますし。まぁ、そんな陰口を叩いた事を後悔するまで制裁を加えましたが」

「お姉さん、いくつなの?」

「今年で二十三になりました」

「魔物との戦闘経験は多いの?」

「はい。受付嬢になってからも偶に戦闘へ駆り出される事もありましたので」

「そっか、ならお姉さんは郷の防衛戦力になるのに申し分ないね。即戦力だよ」

「はい! ありがとうございま……す?」

「じゃあ戦い方は——」


 フラークさんとティアナが質疑応答を繰り返している間に三世に疑問をぶつける。


「なぁ、二十三って行き遅れなの?」

「そんなことはないです。ただ、大抵の受付嬢は二十歳までに結婚してしまうので」


 改めてフラークさんを見る。

 黙って凛としていれば仕事ができそうな美人受付嬢。取り乱すと咆哮をあげる習性はあるが取り繕っていれば結婚の申し出はいくらでも来そうなくらいに顔立ちは整っている。オマケにスタイルも良く、胸も大きい。

 これ以上見ていると妙な矛先がこちらを向きそうだったので視線を逸らす。


 視線を彷徨わせていると部屋の奥にある噴水から常に清らかな水が湧き続けているのが目に止まった。


「綺麗な噴水だな」

「そうね。ところで冒険者になりに来たんじゃなかったかしら? このままお喋りするくらいなら海魚が食べられる店で話さない?」


「……そうだった」

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