第2話 美人受付嬢

「あちらの大きな建物が冒険者組合です」


 お腹を空かせてからの方が美味しくたくさん食べられるとティアナとウナを説得し、三世の案内で冒険者組合が見える所まで来た。

 周囲の建物と比べると敷地面積が軽く三倍はある木造の建物。扉の無い入り口は広く高い。


「うぅ……おさかな……」

「魚……」


「ティアナ? ウナ? 魚は後で食べに行くんだからいい加減戻って来てくれ」


「「そうなの?」」


 大海域マリン・グランデの海魚へと飛んでいた二人の意識を戻して冒険者組合の建物へ入る。敷居を跨いだ瞬間、結界を通り抜ける際にある特有の違和感があった。冒険者組合内の騒ぎ等が外へ伝わり難くする効果がある結界らしい。中へ入った途端に騒がしい声がする。


「女連れたぁ、いいご身分だな」


 誰か絡まれている。


「おい! 何で振り返る!? お前だよお前、頭に猫乗っけた——」


 俺も頭に猫形態に小さくなった騎虎ライドラのトーラを乗せているが同じ様な事をしている人がいるのか。

 気が合いそうなので見渡してみるが猫を頭に乗せている人は見つからなかった。

 

「——ぬぁぁぁ! 下だ! 下を見ろぉ!」


 目的の人物が見当たらず、ため息を吐きつつ視線を下ろすとモヒカン頭を含めて俺の肩までしかない男と目が合う。


「はぁはぁ……へへ、良い女を連れてるじゃあねぇか。三人もいるんだ一人俺にぃ——」


「どうした、大丈夫か?」


 突然、膝から崩れ落ちる男を助ける振りをしながら耳元で怒気を込めて囁く。


「(脳を揺らした。荒くれ冒険者ごっこは辞めて安静にしてろ)」


「——ひぃぃ!?」


 支える手を通して男の震えが伝わってくる。


「おい手前テメェ! 兄貴に何しやがった」


 モヒカンの次はスキンヘッドか。モヒカンが無い分、スキンヘッドの方が背が高い。

 

「おい! 聞いてんのか!」

「ま……待て、こいつにぃ!?」


「あなたも大丈夫ですか?」


 めんどくさくなったのでモヒカンにしたのと同じ様に顎先に拳を掠め脳を揺らし、膝から崩れ落ちるスキンヘッドを受け止める。


「な、なにをぉ……」

「(黙れ、動くな)」


「酔っ払いですか?」

「みたいなもんだろう。三世、医務室的な所はあるか?」

「確か……受付横の扉の先にある訓練場に併設されてたと思います」


 絡んできた男二人を肩に担いで医務室へ向かうと、奥に併設されている酒場らしき場所から更に背の高い男が一人寄ってきた。


「おい——」

「うるさい、黙れ。コイツらの連れなら医務室まで案内しろ」


 寄ってきた男二人の案内で医務室まで男を運び、ベットに寝かせる放り投げる

 

「二人に何しや……なにをされたのでせう」

「お、おいやめろ」

「ま、待ってくれ。俺たちが悪かったから弟は勘弁してくれ!」


 よく見ると顔立ちが三人とも似ている。


「これに懲りたら安易に人に絡むなよ?」

「あ、ああ。すまねぇ……」


 医務室を出る振りをして振り返る。


「あ、あの……まだ何か?」

「いや、反省した振りじゃないかと思って」

「「反省してます!」」


「一つ忠告しておこう」


 三人の息を飲む音が聞こえる。


「お前達は冒険者になる前にもう少し下半身を——足腰を鍛えた方がいい」


 そう言い残して扉を開けて医務室を出る。


「あの、俺達もう冒険者なんですけど……」


 三人の誰かが言った返事は扉の閉まる音で俺の耳に届く事は無かった。


 冒険者組合のロビーに戻るとティアナ達に鎧を着た金髪の男が話しかけているのが見える。

 

「やぁ、君たち可愛いね。どうだい? 僕と楽しい事をしようよ。女の喜——ぐぇ!?」


 気付けば金髪の膝を蹴り、鎧の襟首辺りを掴んで引き倒していた。

 鎧の腹を踏み付け、笑顔で問い掛ける。


「俺の妻に何か御用で?」


「は、妻? お前みたいな——ひぃ!?」


 おっと、いかん。強く踏みすぎて鎧にひびが。


「う、ぅううぅ嘘だ! 三人だぞ!?」


「「彼の妻です」」

「妾ですニャ」


 ちょっと待て、三世。

 お前はいつ妾になった。


「(私も言い寄ってくる男が多くて困ってるんですよ。この際丁度良いんで風除けになってもらえません? 宿での食事にサービス付けるので。もちろん三人と一匹分)」


「(のった!)」「(ちょ、ティア!?)」


「(仕方ないな。そのせいで良い出会いが不意になっても文句言うなよ?)」

「(契約成立ですね)」


「お、おい! 僕を無視するな!」


 足元がうるさい。


「あの、冒険者同士の小規模な争いは構わないのですが往来の邪魔ですよ?」

「ぐへぁ!?」


 金髪の上から飛び退いて構える。その際に何か蹴飛ばした気がするが構ってられない。この声の主からは強者の気配がした。

 

「どうされました?」


 クラシックなメイド服に似た受付嬢の制服を着た女性。一見、穏やかそうな雰囲気で微笑んでいるが目が笑ってない。


「えっと……俺達、冒険者じゃないです」

「なるほ——ど!!」


 足元に転がっていたはずの金髪鎧が轟音と共に掲示板のある壁にめり込んだ。器用にも掲示板間の何も無い壁に。

 冒険者組合内は一瞬、静まり返るが騒動の主が分かると元の喧騒に戻っていく。


「あら〜ん。こ・れ・は〜どういうことかしらフラークちゃん?」


 現れたのは金髪鎧を蹴っ飛ばした受付嬢と同じ受付嬢の制服を全身の筋肉ではち切れんばかりに拡張した三つ編みの男。化粧やネイルに小物等全身に纏う全てが女子力高めな感じなのが彼の印象を更に強烈なものにしている。


「彼は貴方の矯正指導がご希望のようです」


 金髪鎧を蹴り飛ばしたフラークと呼ばれる受付嬢が壁から剥がれ落ちて顔面を強打している金髪鎧を指差して答えると筋肉受付嬢……嬢? は満面の笑みを浮かべながら金髪鎧をお姫様抱っこで医務室の方へ連れ去って行った。

 俺達以外の冒険者組合内の人達は誰も動じていない……よくある事なのだろうか。


「さて、ようこそ冒険者組合へ。カップルとご友人達ですか? 初々しいですね。私は当組合の受付嬢フラークです。気軽にフラークさんとお呼びください」


「「「夫婦です」」」

「妾ですニャ」

 

 フラークさんは笑顔のまま固まった。


「——って、危な!? 何する気です……か」


 フラークさんが硬直が解けると同時に放ってきた掌を掴んで止め——止まらない!?

 身体を仰け反り頭を掴もうするフラークさんの掌をかわしながら問い掛ける。


「受け止めるとは、やりますね。女の敵は一度絞めておく必要があるかと。既に二人娶っているのなら妾と言わずに娶ったどうなんです?」


 喋りながら段々と目を虚にし、空いている手で鳩尾を狙ってきたのをなんとか受け止めて取っ組み合いの体勢へ。


「な、何か誤解がぁ……三世からも何か——」


「あ~私としてはソラさん優良物件ですし、このまま娶ってもらうのもありかな〜って」


「——って、あれ?」


 依然としてフラークさんが俺に覆い被さらんとすると組み合った状態だが圧が弱まった。


「優良物件? 顔も悪くない、ミケコちゃんの優良物件査定は信用できる……」


 フラークさんの虚だった目が光を取り戻すのを通り越してギラつき始める。


「ついでに、私も娶——」


 組み合った状態で、仕掛けてくるタイミングも分かれるのであれば巴投げの要領で投げ飛ばすのは容易い。


「——ってくれても構いませんよ。私よりも強い可能性も秘めてますし理想の男性像と合致しそうですから。ミケコちゃん、良い男を連れて来てくれましたね!」


 空中で姿勢を軽々と整え、音もなく着地するフラークさん。


「私、フラーク・トーリゴと申します。こう見えて尽くすタイプなんですよ? どんどん寿退社していく受付嬢さんに憧れて冒険者を辞めて受付嬢になりましたが次々と先輩方が寿退社して気が付けば最年長……もう三人ほど後輩に先を越されました。不束者ですが、よろしくお願いします」


 今さら、長いスカートの裾を軽く持ち上げて前後に少し開いた脚の膝を曲げてカーテシー風の挨拶をされても困る。


「妻のティアナとウナが認めたら考えます。決定権は彼女達にあるので。あとミケコちゃんって誰ですか?」


「ソラさん!? 私の名前ですよ!? まさかもう忘れたんですか!?」


 うるさい、黙ってろ三世。

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