第1話 魚は別腹!

「昨夜もお楽しみでしたかニャ?」


 朝、宿の部屋を出て早々に掛けられた声。

 俺とティアナとウナの三人で一部屋ではそう言われても仕方ないのかもしれない。だが一つ言わせてもらおう。


「部屋の前を通る度に足を止めて耳を澄ましてたなら分かるだろ?」

「なニャ!? 気付いてたの!?」


 三毛猫の獣人である事を示す三色の猫耳と尻尾をピンっと立てる彼女は宿屋の従業員、宿を経営する一家の一人娘だ。従業員モードの時は語尾にニャが付かない。


「足音は無かったが気配で丸分かりだったぞ。それより、朝飯はなんだ?」

「私の肉球忍び足が通じないなんて!? あ、今日の日替わりでしたら焼き魚定食です」


 彼女が焼き魚と口にしたその瞬間、背後の戸が勢いよく開き——


「お魚! ソラ、先いってるねー!」

「んにゃう!」

「ちょっとティア! まだ髪を梳かし終わってないわよ! ソラ、私も先に行ってるわね」


 ——二人と一匹が階下へと駆け抜けて行く。


「あ! おい、鍵は……机の上か」


 戸が閉まる前に札状の鍵カード・キーを回収する。

 

「危うく閉め出しされるとこでしたね」

「まったくだ。で、えっと……すまん名前何だったっけ?」

「ミケコ三世です。昨日も一昨日も名乗りましたよ?」

「一昨日はミナウスへ着いたのが夜で宿泊手続チェックインは夜更けで眠かったし、昨日は次回予告の気になる事があって聞いてなかった」

「私、ここ『三毛猫のカギしっぽ亭』の看板娘で、結構人気あるんですよ? その私の名前を覚えないなんて男としてどうなんですか」


 愛嬌のある顔立ちで可愛らしく、将来有望な体型はさぞ男受けが良いのだろう。


「だが、ティアナやウナほどじゃない」

「胸は私の方が——」

「そこは俺にとって重要じゃないんで」


 部屋の魔導錠が施錠されている事を確認し、朝食を食べる為に階段を降りて食堂へ向かう。

 ミケコ三世は喚いているが無視だ。


 この宿の食堂は定食屋も兼ねているせいか朝から人が多い。一瞬、妙に多い男性客の視線が俺へと集まるが看板娘ミケコ三世じゃないと分かると直ぐに霧散した。

 宿泊客には予約席が確保されているので席を探す必要がないのは楽で良い。


「ソラ、遅いよ」「待ってたわよ」「んにゃ」


「わるいわるい。んじゃ、食べようぜ」


「「「いただきます」」」「にゃう」


 時々嫉妬の視線が飛んで来るもミケコ三世が降りてきて給仕をしだす頃には収まり、気付けば食事をしているのは俺達だけになっていた。


「そろそろ依頼が貼り出される時間ですけど、向かわなくていいんですか?」


「「「「………………」」」」


 揃って話しかけてきたミケコ三世の方を向くが誰も口を開くことはない。俺達の口は咀嚼に忙しいのだ。そして嚥下する音が重なる。


「「「おかわり」」」「んにゃ」


「まだ食べるんですか!?」




 ほどなくしてミケコ三世が一人前多く食事を持ってきて配膳し、空いている席へ座る。


「座ってからなんなんですけど食事、ご一緒しても構いませんか?」


「どうする?」

「いいよ!」「私も構わないわ」「にゃ!」


 許可は出すものの食事優先の俺達は会話する事なく食事を再開する。

 合わせ出汁の味噌汁が郷愁を誘い、豆腐の食感に懐かしさを……豆腐?


「って、豆腐が入ってる!?」

「豆腐? この白いの?」

「柔らかくて美味しいわよね、これ」


 米に味噌、醤油が異世界の食卓でも並ぶ事は実体験として確認済みだが豆腐を見たのは今日が初めてだった。


「合わせ出汁だから鰹節と昆布もある?」

「鰹節……分からないけど美味しそうな響きのする言葉だね、ウナちゃん」

「そうね、私もそんな気がするわ」


 ねこまんまとか喜びそうだけど、ねこまんまを喜んで食べる二人は見たくないな。


「三毛猫のカギしっぽ亭の美味しい料理の秘密を見抜くとは流石ですね、ソラさん」


「っ!? 知っているのか三世!」


「何ですか……そのノリ。私、ここの一人娘なんで知ってるに決まってるじゃないですか」


 三世は箸を置き、人差し指を立て話始める。


「ミナウスは次元流通拠点都市なんですよ?」

「そもそも次元流通拠点都市って何だ」


「へ? あの、そこからですか?」

「郷にいる頃に聞いた気はするが鍛錬漬けの日々で覚えてない。あ、話が長くなるなら食べ終わってからでいいか?」


「それは構いませんが、依頼を見に行かなくて大丈夫なんですか?」


 言っている意味が分からず首を傾げる。


「ソラさん達は冒険者ですよね?」

「「「冒険者? ……あ!」」」


 そういえば冒険者になるのがミナウスへ来る目的の一つだった。


「別に急いで依頼を見に行く必要はない。まだ冒険者じゃないし……後で冒険者組合の場所も教えてくれる?」

「それもそうだね」

「そうね。パジャマのアイデア料だかデザイン料で定期収入もあるし、鍛錬中に狩った魔物で既に一財産はあるものね私達」


 三世は目を輝かせて立ち上がる。


「ソラさんって超優良物件!?」

「既に二人と一匹住んでる」

「物件? 住む? ……私とウナちゃんの審査は厳しいよ!」

「あなた、泥棒猫になる気かしら?」


 部屋の気温が三度は下がった。

 ウナから凍気が漏れてる。


「あ、いえ。私、略奪愛よりダダ甘の純愛派なので!」

「そう」

「ウナちゃん、ご飯冷めるから抑えて」

「あ、ごめんなさいティア」

 

 話は食事を終えてからとなり、最終的に三世にミナウスを案内してもらう事となった。


 この世界『グラン・ジオール』は三つの大域——『大陸域アース・グランデ』『大海域マリン・グランデ』『大空域スカイグランデ』に分かれている。

 その各大域間は極限域と呼ばれる人が生きて通る事が不可能な空間によって隔たれ、大域間を行き来することは出来ない。


 しかし神々の悪戯か世界の抵抗か因果は不明だが各大域の極一部地域に次元を超えて重なる空間が存在していた。その空間を介せば人は不可能だが物資の交流が可能となり、大海域や大空域の食材や武器等が手に入る。


 次元を超えて流通ができる拠点に人が集まり都市となったのが次元流通拠点都市。三世の話を要約するとそんな感じだった。



「それで、こっから先の区画が大海域や大空域のモノが手に入る次元流通区画です!」


 振り返り後ろを示す三世の手の先にはここに来るまでのレンガ調や木造の建築物とは素材は同じだが建築方式の異なる異国風の建造物が建ち並んでいるのが霞がかって見えた。


「この結界の先が?」

「はい! って、よく都市の結界とは別の結果があると分かりましたね」

「魔力やらなんやらで霞がかって見えるから誰でも分かるだろ?」

「いえ、普通の人は大海域風建築の建物が見えるだけですからね?」


 言われて見れば港街っぽい気がする。


「ねぇ、この先に……鰹節? があるの?」

「はい、ありますよ。ただ大海域産の食材は値が張りますよ。まぁ、鰹節は主食級の食材ではないので比較的お値打ちですが」


 ティアナの興味は鰹節か。


「海って確か塩っぱい巨大な湖よね。なら海の魚もしょっぱい味なのかしら」

「おさかな!」「にゃぅ!」

「塩っぱくありませんよ。ただうちで料理して出そうとなると注文する人がいない金額になりますけど」


 魚と聞いて駆け出そうとするティアナと種族特性で今は成猫程度の大きさになっている騎虎のトーラを慌てて止める。


「なんで止めるのソラ! おさかなだよ!?」

「俺のイメージだと、朝行かないと良いのは残ってない」


 魚市とか早朝のイメージあるし。


「確かに自分で捌くなら朝市ですけど、次元流通区画内に他の大域の料理を出してくれるお店ならありますよ。高級店ですが」


「聞いたか、ティアナ。高級店だってよ」

「大丈夫! お金ならあるよ!」

「確かにお金はあるわよね」


 ウナまで行く気になってる!?


「あの……さっき朝御飯食べ終わったばっかりですよね。まだ入るんですか?」

「「魚は別腹!」」

「確かに!」


 三世よ、納得するんじゃない。

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