田澤は見た

 そろそろ死者は四、五十人に達そうというところだろうか。

 最初の犠牲者からずっと見続けているが、いくら何でも残忍すぎてなんでも目をつむった。

 このままでは自分まであんな目に合う、あるいは、自分まであんな残忍なことをしてしまうのではないかという恐怖心と俺は戦ってきた。

「あの」

「うん?」

 と、何やら気分の悪そうな顔をした、自分と同じような紺のスーツの男がコチラを見ていた。

「どうされましたか?」

「少し来てください」

 顔色は良くないが、口調は至って冷静。

 ――あまり良くない話だな。

 俺はそう思ったが、ひとまず道路の脇へと、その男へと付いていく。

「ここで良いでしょう。では、質問させてください」

「……質問?」

 心を深い霞が覆ってゆく。

 相手はズボンのポケットから何かを取り出し、俺の顔の前に突き出した。

「……警察?!」

「渋谷署強行犯係、巡査部長の渋谷孝久しぶたにたかひさです。今回の事件についての捜査なので、ご協力をお願いします」

「なんで俺が?!」


「なぜって、ずっとあのガイコツを追っていらっしゃるようですから、何かあるのかと思いまして」


 顔に見合わぬ鋭い指摘が飛び出し、己の身体の中心をざくりと貫いてゆく。

「……そうですか。分かりました、お答えします」

「ありがとうございます。では、まずあなたの名前、年齢、住所、生年月日、勤め先などをお聞きしたいのですが……」

田澤剛たざわつよし、三十五歳。葛飾区の新小岩に住んでいます。一九八八年十月五日生まれで、勤め先は『カエイコールドフーズ株式会社』で、営業部の課長をやってます。ったく、中間管理職と言うのは酷いもんでね」

 思わず愚痴を漏らしてしまった。だが、渋谷は何の反応もせず、淡々と次の質問を浴びせてくる。

「そうですか。それでは、これまでの行動や目撃情報を教えてください」

「ええっと、シブヤさん、それって答えなきゃいけませんか?」

「はい。それと、シブヤではなくシブタニです」

「どっちでも一緒じゃないですか。シブヤ署なんだし……」

 なぜシブヤ署はこんな苗字の男を採ったのだろうか。

「目撃情報? ……そうですねぇ」



 💀



 九時二十分ごろだろうか。

 ハチ公の前に、青いジャケットをまとった大学生くらいの青年がいた。誰かと待ち合わせているのだろうか。

 ――だが、様子がおかしい。

 なんだか、肌が透き通りすぎている気がするのだ。元々そういう生まれなのか、それともそうなるようなケアを施しているのか……。

 俺はそっと彼の正面に回り、見つからないようにお顔を拝見した。西洋人のような鼻立ちに、茶色い細目、険しい眉毛……学校ではさぞかしモテているのだろうと思われる。

 その彼は、張り詰めた顔をして自分の両手のひらを見つめ、絶句していた。

 俺もよく見れば、在り得ない現象が起こっていることに気付いた。


 彼の手のひらが、透けていっているのだ。


 それだけではない。腕や足、首も、少しずつだが向こうの景色が見えてきている。

 彼はだんだんと見えなくなっていく両手のひらをただ呆然と眺めている。

 ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ハァ、ヒャア、ヒャア、ヒャア、ヒャア

 呼吸がだんだん多くなり、体中から滝のように汗が噴き出してゆく。

 カタ、カタカタ、カタカタカタカタカタカタカタ

 恐怖なのか寒さなのか、体の震えも。

 カチ、カチカチ、カチ、カチカチカチカチカチ

 そして、歯が小刻みに音を立て始めた。

 ――なぜ周りを歩く歩行者たちは気づかないんだ?

「おい、大丈夫か」

 俺は居ても立ってもいられなくなり、彼に声をかけた。

 ヒャア、ヒャア、ヒャア、ヒャ、ヒャ、ヒャ、ヒャ……

 息の音がだんだんと変化していく。彼は返事をしない。それどころか、体全体が透けていき、骨が見え始めてきていた。

「おい! 大丈夫かお前、どうなってるんだ?!」

 この声で、はっと彼はコチラを向いた。そして、目を見開いた。

「おひ、ひゃん……」

 身体がビクッと震える。


「ダメだ、来ちゃダメだぁっ!」


 刹那、元々彼の身体だった、透けている部分が霧のように、渋谷の街に四散した。彼は、完全に骨だけの身体となった。

 ヒャ、ヒャヒャ、ヒャヒャヒャヒャ

 ガチ、ガチガチ、ガチガチガチガチガチ

 カタカタ、カタカタカタカタカタ

 一気に音が大きくなる。俺は、血液が顔から落ちていくのを感じた。

 ワヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ

 刹那、彼はダンスを踊るような軽快なリズムを足で取りながら、出口から出てくるサラリーマンたちに猛然と向かっていった。

「う、うわぁっ!」

 腕を鞭のように使い、一人がなぎ倒される。

「な、なんだ、く、来るな……」

 彼はたのしそうに踊りながらサラリーマンに近づいていき、首根っこをつかんで持ち上げた。

 ヒャッヒャッヒャッヒャッヒャッヒャ

 顔が紫色になってしまっているサラリーマンの額の部分に、彼は大口を開けて近寄った。


 グシャッ


 今まで聞いたことのないような、耳が潰れてしまいそうなほどの恐ろしい音が響いた。

 サラリーマンの額は見事なほどに陥没し、ハチ公出口の路上にはおびただしい量の血が飛び散った。

 ワッヒャッヒャッヒャヒャヒャヒャヒャ

 彼は、いや、得体の知れないガイコツは、さらに激しく踊り、目を前の惨状に足が止まっている歩行者へと狙いを定め、飛びかかっていった。



 💀



「こんな感じでした」

「そうですか……では最後の質問です。あなたは、なぜそれからガイコツを追いかけたのですか?」

「そ、それは……」

 背後では、悲鳴と警察の怒鳴り声が入り混じり、遠くからは彼の叫び声が聞こえる。

「お願いします」


「実は……去年のハロウィーン、俺の知り合いが骨になって発見されたって言う話があって。その時にすぐそこで起こった殺人事件もあって、死人は二人、怪我人は二十二人でした」

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