第6話 ダンジョンからの帰還、そして姉

 15.


 なにはともあれ魔石とやらを手に入れた俺たちは、さらに先へ進むことにした。

 なお、魔石は手に持っていると邪魔になるので、ことりのカバンの中に入れておいてもらっている。

 スマホで時間を確認してみると、すでに22時に差し掛かろうとしていた。

「レオにい、おなかすいたー」

 お腹をさすりながらこちらを見上げることり。

「俺だって腹減ったよ・・・」

 残念ながら、食べられるような物はなにも持っていない。

 まぁ、学校帰りだったしなぁ・・・

「ことりー、チョコあるよ、チョコ。はい、あーん」

「わーい! みいちゃんありがとー! あーん」

 なんで女子って結構な確率でお菓子持ち歩いてるの?

 正直空腹も限界なので、うらやましいと思ってしまう。

「あ、センパイも食べます? はい、あーん」

「えっ!?」

 女の子からの『あーん』だと!?

 陰キャにこんなイベントが起こるなんて・・・!

「あ、あー・・・」

 感動しながら口を開けると、牧田さんの指がだんだんと近づいて・・・

「はむっ」

「あぁっ! ことり、なにすんだよ!?」

 ついに俺の口に入ろうかという所で、ことりにインターセプトされてしまった!

「レオにいは、あーんはダメなの! 100年早い!」

「なんで!?」

 俺には一生そんな機会が訪れないってこと!?

「ふふ・・・」

「おー、ことり、やるー!」

 上品に笑う北村さんと、なぜか感心している牧田さん。

 意味がわからん・・・

「はぁ・・・」

 結局俺は、すきっ腹を抱えたまま、さらに歩き続けるのだった。


 16.


 さらに歩き続けることしばらく。

 俺たち4人は、ついに発見した。

「階段だー! やったー!」

「これで帰れるー! いえーい!」

「いえーい!」

 飛び上がって喜ぶことりと牧田さん。

 テンションが上がりすぎて、ジャンプしながらハイタッチまでしている。

「ことり、みいちゃん、喜ぶのは早いよ。上ってみないと、なにがあるかわからないでしょ?」

 すかさず北村さんの冷静なツッコミが入った。

 ・・・正直、俺も一緒になって喜びかけたのは秘密にしておこう。

「よし、上るぞ」

 ごくり、と唾を飲み、階段に足を掛ける。

 見上げる上階からは、光が差し込んでいるようにも見えるけど・・・あまり期待しすぎないようにしないと。

 4人ともに、緊張しすぎて全く会話がない。

 今まで以上にゆっくりと上った階段の先にあったのは・・・

「・・・トイレ?」

 タイル貼りの床、クリーム色の壁、見慣れた小用、大用の便器。

 見間違えるはずもなく、トイレだ。

 さらに言えばちょっと・・・いや、だいぶクサい。

 公園の公衆トイレか?

 そのまま目の前に見える出口から出てみれば、やはりそこは見慣れた近所の公園だった。

「・・・なんか、あっさり出れたな」

 しかもダンジョンの出口(入口?)が公衆トイレの中にある階段って・・・もうちょっとなんかこう、他にあったんじゃなかろうか。

「うーっ! 外だーっ!」

 さっきのテンションが持続したままのことりが、脇を抜けて駆けて行く。

「よかったぁ・・・」

 牧田さんの方はどうやら空元気だったようで、安心したのか、少し涙ぐんでいた。

 北村さんは黙ってその背をさすっている。

「おーい、ことり、あんまり離れるなよー」

「わかってるー!」

 とりあえず駆け回っていることりに声をかけるが、明らかにわかってなさそうなお返事。

 日曜日のお父さんの気持ちが少しわかってしまった。

 なにはともあれ。

「はぁ・・・やっと帰れる・・・」


 17.


 あれから、牧田さん、北村さん、それとことりを家まで送り届け、俺もようやく帰ってきた。

 築30年、狭いながらも庭付き3LDKの一戸建て。

 カギを差し込んで玄関ドアを開ければ、そこには靴が3セット。

 どうやら家族は全員無事に帰宅しているようで、ひとまずは安心。

 玄関でボロボロのシャツを脱ぎ、部活後に着替えた物と交換する。

 明らかに切られてるし、心配させるのもなんだからあとでこっそり捨てておこう。

「ただいまー」

 家の奥へと声をかけつつ、靴を脱ぐ。

「レオくん!!」

 どっこいしょとばかりに足を持ち上げたその時、正面からやわらかい物体が文字通りすっ飛んできた。

「いってぇ!?」

 勢いに押されて倒れこみ、したたかに背中を打ち付けてしまった。

「ちょ、姉さん、痛い、痛いって」

「レオくん、レオくん、レオくん・・・!」

 こちらの抗議に耳を貸す様子もなく、ひたすら胸に顔をこすりつけてくるこの人は、俺の姉、八島唯花。

 ふわふわとして柔らかそうな黒いロングヘアが鼻先で揺れてくすぐったいし、なんかめっちゃいい匂いするし、歳のわりに非常にボリュームのある部位が腹でむにゅむにゅと動いてるし・・・いや、落ち着け俺。これは姉。これは姉。

「レオくん、無事だったんだね・・・よかった、よかったよ・・・うぅ、レオくんの匂い・・・あれ、なんだか生臭い・・・?」

「あの、無事を喜ぶか匂いを堪能するかどっちかにしてくれませんかね・・・?」

「いいの!? じゃ、嗅ぐね!!」

「やめて嗅がないで」

 額を手のひらで押し返し、どうにかこうにか距離を取るも、姉さんのホールドはその程度では緩まない。

「・・・・・・・・・」

「姉さん・・・姉さん? あの、そろそろ離して・・・」

「ねえ、レオくん・・・女の子の匂いもするよ? ねえ、どうして?」

「いや怖いよ!」

 なんでわかるのマジで!?

 目のハイライトさん、お願いだから帰ってきて!

「レオくん、お姉ちゃんが心配してたのに、こんな時間まで女の子とデートしてたの? 違うよね? ね? そんなわけないもんね? レオくん、そんな子じゃないもんね?」

「違う! ホント違うから離して! マジで怖い!」

 なんか今にも刃物とか取り出しそうな怖さがある!

「ほんと? ほんとに違うの? ・・・信じるよ?」

「ほんと! 誓ってデートなんかしてないから!」

「・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・(ゴクリ)」

「そっか! ごめんね、お姉ちゃん勘違いしちゃった! さ、お腹すいたよね? 早くご飯にしよ!」

 ハイライトさん、おかえりなさい!!

「食べながら、ちゃんと説明してくれるんだよね? ・・・ね?」

 ・・・どうやら、安心するにはまだ少し早いみたいだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る