第7話 八島家の人々と、変わってしまった日常

 18.


「あら、玲央、おかえり。唯花が飛んでったから、そうだとは思ったけど」

 言いながらくすくすと笑うのは、うちの母さん。

 たしか今年で38になるはずなのに、俺が小学生の頃からほとんど見た目が変わってない。

 エプロンを着けたままなのは、晩御飯を温めてくれてるんだろう。

「お、玲央も帰ってきたか。おかえり」

 ソファーに座ってテレビを見ていた父さんもこちらを振り返り、声をかけてくれる。

 こちらは年相応にシワなども見られるが、十分若々しい範囲なのではなかろうか。

 スーツを着たまま、ひらひらと手を振っている。

「ただいま・・・姉さん、離れてよ・・・」

「説明してくれるまでいや!」

 こちらの腕を捕まえたままの姉さんに、ダメ元で苦言を呈してみるが、案の定のお返事。

「説明? なにかあったの?」

「いや、それが」

「レオくんから他の女の匂いがするの!」

 堂々と問題発言をする我が姉。

 もはや誰でもわかるとは思うが、この人・・・超重度のブラコンなのである。

「他の女? まさか玲央、彼女できたの!?」

 母さんまでノってきてしまった。しかもやたらと嬉しそう。

 俺の腕にかかる圧力がハンパないから、マジでやめてほしい。

「できてない! できる予定もない!」

 結果、なんとも悲しい主張をする羽目になってしまったが、俺の腕はどうにか無事でした。

「なーんだ、残念。 それじゃ、どうしてこんなに遅くなったの?」

 利き腕消失の危機だったというのに、母さんは軽く流してしまう。

「なんていうか、説明が難しいんだけど・・・」

 帰り道を歩いてたらいきなりダンジョンに放り込まれて、自称神からスタートダッシュボーナスをもらって、レベルを上げてたら悲鳴が聞こえて、ゴブリンと殺し合いをした。

 母さんが温めてくれたチャーハンを食べながら、信じてもらえるとは思えないけど、つらつらと説明してみる。

「だんじょん? ごぶりん? ・・・ってなんなの?」

 案の定、母さんは混乱しているようだった。

「なるほど、その匂いはそういうことだったんだね! お姉ちゃん安心!」

「話聞いてた?」

 誰も匂いの話はしてねぇんですよ。

 いや、この人はずっとしてたわ・・・

「もしかして、これのことじゃないのか?」

 話の最中もテレビを眺めていた父さんが、画面を指さしながら言った。

 そこには、『世界各地で突如謎の構造物が出現!?』というテロップがデカデカと踊っている。

 女性リポーターの視線はあちらこちらを忙しなく動いており、現場の修羅場っぷりも伺えるというものだ。

 どうやら俺が放り込まれたあのダンジョンと似たような物が、世界各地の様々な場所で発見されているとのこと。

 出現範囲内にいたと思しき人たちはその中へ取り込まれており、帰還者はいまだほんの数人程度らしい。

 ・・・実際、俺たちも死にかけたわけだし、あそこの危険性はよくわかる。

 リビングからはいつの間にか会話も消え、リポーターの声だけが響いていた。


 19.


 テレビの向こうのスタジオからは、バタバタと人が走る音だったり、叫ぶような声が聞こえている。

 あまりにも非現実的すぎるためか、『ダンジョン』という呼称が使われることはなかったけど、話している内容はやはりダンジョンについてのこと。

 死傷者、失踪者多数。出現したダンジョンの数があまりにも多いため警察の手も追いついていないのか、テレビ局でもすでに侵入したらしいが、カメラで内部を撮影したはずの画像はなぜかただの真っ黒な映像になってしまうらしい。

 スライムについても少しだけ言及されており、今のところゴブリンに関してはなにも情報なし。

 最後に、ダンジョンは既存の建造物の中に紛れ込んでいるため、怪しい場所へ不用意に立ち入らないように、とリポーターは締めくくった。

 その後は何度も何度も同じ内容を繰り返すのみで、父さん、母さん、姉さんはそれを呆然と眺めている。

「うそ・・・」

 ぽつりと、母さんの口から言葉がこぼれた。

 俺だって何度も夢なんじゃないかと思った。だからその意見には全面的に同意したい。

「・・・玲央、怪我はしてないのか?」

 いつの間にか、父さんが真剣な顔でこちらを見ていた。

 心から俺を心配してくれているのがわかる・・・なんだろう、なんか、胸がじん、と熱くなった。

「うん、まぁ・・・あれ?」

 そういえば、何度かゴブリンに切り付けられたはずなのに、体が痛くない。

 咄嗟、頬に手を当ててみても、やはり傷痕ひとつなかった。

 ・・・なんで?

「レオくん、どうしたの? どこか痛いの? 舐める?」

「舐めないで!?」

 真っ先に『舐める』選択肢が出てくるのがまずおかしいでしょ!

「いや、なんか、なんだろ・・・大丈夫みたい」

「なによそれ。 まぁでも、よかったわ」

 軽い調子ながらも、ふぅと安堵の息をつく母さん。

 ・・・よく考えたら、俺以外にも誰かがダンジョンに取り込まれて、最悪死んでた可能性もあるんだよな。

 そう考えると、俺もみんなの顔を見回して、やっと笑えたのだった。


 20.


 疲れのあまり寝落ちしそうになりながらもどうにか風呂に入り、自室のベッドにダイブする。

「ふぁぁぁ・・・」

 頭を乾かす余裕すらなくて、濡れ髪のままぼんやりと天井を見上げ、さっきのことを思い出した。

「・・・やっぱ傷、ないなぁ」

 風呂でも確認してみたけど、どこにも傷跡一つ見当たらないのだ。

「あ・・・ステータス」

 ふと思いついて、ステータスを唱えてみる。

 半透明の板、ステータスプレートは自室でも変わらず出現し、これが現実なんだと目の前に突きつけてきた。

 そして気になるのは、そのスキル欄。


 スキル:剣術3(69%) 取得経験値5倍 魔力刃1(33%) 小治癒促進(6%)


 小治癒促進。どう考えてもコイツの影響で、傷が消えているんだろう。

 しかし、こんなスキルを獲得したような記憶はどこにもない。いったいいつ?

「ふぁぁ・・・まぁ、いいか・・・そういや、ことりたち、大丈夫だったんかな」

 霞がかかり始めた視界の中でスマホを操作し、有名なチャットアプリを起動すれば、友達追加のお知らせ、というポップアップの下に2という数字が表示されていた。

 ことりは登録済みだから、帰り際に交換した牧田さんと北村さんだろう。

「ことり、ことりなぁ・・・」

 過去のトークルームを開いてみれば、最後にやり取りしたのは1年以上前。

 眺めていたらちょうど、シュポン!という軽快な音と共に、敬礼する猫のスタンプが送られてきた。

「なんじゃこりゃ・・・はは」

 頭はほぼほぼ睡魔に侵されている。

 返事をするのを明日の自分に丸投げして、俺はスマホを枕元に置き、意識を手放した。

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