第3話 ことりとの再会、モブVSゴブリン!
8.
(side:ことり)
いつもの朝、いつもの学校、いつもの帰り道。
そこまでは本当にいつも通りだったのに・・・いつもの塾は、一瞬で灰色の壁と天井、土の地面に変わっていた。
さっきまでたくさんいた塾生のみんなや講師の先生もいなくなっていて、わたしと一緒にいたのは席の周りでおしゃべりしてたみいちゃんとしいちゃんだけ。
3人ともが着ている中学校の制服が、なんだか冗談みたいに見える。
ほんの一瞬、まばたきの間に世界が変わってしまって、わたしたち3人はしばらくの間、ただ座り込んで震えることしかできなかった。
怖くて、落ち着かなくて、頭の横でくくった髪を触って落ち着こうとしたけど、そんなのやっぱり無理で・・・
「ね、ねぇ、スマホ、つながらないんだけど・・・」
ショートカットのみいちゃんが、震える声でスマホの画面を見せてくる。
いつもは元気いっぱいなその猫みたいなツリ目も、今は涙で塗れて、見る影もない。
通話中、と記されている端末からは、『電波の届かないところに・・・』と聞こえてきた。
画面上のアンテナマークも今はなく、無情な『圏外』の文字。
「やだ・・・おとうさん・・・」
しいちゃんの声も、今にも泣きそうに震えている。
メガネの奥の切れ長の目にも、涙が溜まっていた。
・・・わたしだって怖い。
今自分がどこにいるのかもわからず、あたりも薄暗いし、頼れるような大人もいない。
3人いるからギリギリ保っているだけで、1人だったらとっくに泣いてたと思う。
お父さん、お母さん、レオにい・・・心の中で呟いて、わたしは立ち上がった。
「みいちゃん、しいちゃん、歩こう? とりあえず、ここがどこなのかわからないと帰れないよ!」
震えそうになるひざに力を入れて、わたしたちは寄り添いながら歩き始める。
「・・・ねぇ、なにか聞こえない?」
歩き始めて1時間くらい。しいちゃんが言った。
その眼はきょろきょろと不安そうに揺れている。
「やめてよっ」
顔色が真っ青のみいちゃんが、ちょっと怒ったように言った。
「ご、ごめん。 でも、なんか・・・ほら、また」
「「・・・」」
わたしとみいちゃんも黙り込んで、耳を済ませる。
たしかに遠くの方で、なにかの声?が聞こえるような。
テレビとかで聞いた、ジャングルにいる鳥みたいな・・・?
「あ・・・ねぇ、どっち行く?」
何度目かのT字路。
右と左に伸びる通路は、どっちも先が見通せない。
「さっきの声、どっちからだった・・・?」
「わ、わかんない・・・ことりは?」
「ごめん、わたしも・・・」
通路に反響して、右からだったのか左からだったのかわからない。
「じゃあ、せーの、で、指さそっか・・・?」
「うん、そうだね」
しいちゃんの提案に頷く。みいちゃんもそれでいいみたい。
「いっせーの、せっ」
右、右、左。
・・・わたしだけ左だったけど、とくに理由もない。
それじゃ、右に行こっか、と足を踏み出したその時。
薄暗がりの通路の先から、小さな人影が沁みだしてきた。
「だれっ!?」
半泣きのみいちゃんが大きな声で問いただすと、影はそのまま近づいてくる。
ひた・・・ひた・・・ひた・・・
土の地面を歩く足音・・・これって、裸足?
ゆっくりゆっくりと歩いてくる影は、小学校高学年くらい。
とんがった頭、黄色い眼、鉤鼻、涎の垂れる口、緑色の肌・・・人間じゃ、ない?
「「「きゃああああああああ!!」」」
わたしの喉から悲鳴がこぼれるのと同時に、みいちゃんしいちゃんも大きな悲鳴を上げる。
「ねぇ、やばいって! なんか刃物持ってるし、早く逃げよう!」
みいちゃんの言う通り、相手は大ぶりのナイフを持っていた。
ついさっきまでなんでもない日常の中にいたのに、唐突に出現した非日常。
刃物という現実的な恐怖に、わたしは大慌てで逃げ出した。
T字路を反対側、左へ進み、走り出す。
後ろからは荒い息と、(グギャ!グギャ!)という鳴き声。
怖い! 怖い!! 怖い!!!
振り返ることもできず、ひたすらに走り続けると、目の前にはまたT字路。
左側、なんか嫌な感じ・・・?
自分でもはっきりと説明できない曖昧な感覚だけど、左側には行きたくない。
だけど、それを口に出す前に先頭のしいちゃんが左側へ行ってしまう。
「しいちゃん、待っ・・・あ、みいちゃん!」
だめだ、2人とも行ってしまった。
後ろからは、バケモノの声と息遣いがさっきよりも近く感じる。
「っ・・・!」
どうすることもできなくて、わたしも左へ走り出した。
「いやっ! いやぁぁぁ!!」
さっきまで見えなかったみいちゃんの背中が、見える。
後ろからバケモノがまだ追いかけてきてるのに、なぜか立ち止まっていた。
「みいちゃん! がんばっ・・・えっ」
薄暗い通路の先。
さらに見えたしいちゃんのすぐ目の前に、バケモノがもう1匹立って・・・
「しいちゃん! ダメっ!」
そのまま倒れこむようにしいちゃんに抱きついて、わたしたちは3人そろって地面に転がった。
頭のすぐ上を、冷たい刃物が過っていく。
土がむき出しの地面に倒れこみながら、後ろ手で少しでもバケモノから遠ざかる。
けれどわたしたちが走ってきた方向からもバケモノがやってきて、ゆっくりと近づいてきた。
ギラリと光る刃物。醜悪に笑うバケモノたち。わたしの喉はひきつれて、ひゅうと変な音を出した。
死ぬ・・・? わたし、死ぬの・・・?
「いやぁぁぁ! やだ! 来ないでぇ!!」
絞りだした声も、誰にも届かない・・・と、思っていた。
9.
警戒も何もなく、ひたすら全速力で通路を駆けた先。
一本道の端に何人かの人影を見つけた。
小学生か中学生くらいの小さな人影が2つ。
地面に倒れこむ人影が3つ。
状況的に、さっきの悲鳴は倒れこんでいる方だろう。
「オラァァァァァ!!!」
走り抜けた勢いそのままに、小さな人影の頭に竹刀を叩きつける。
(パァン!)
あ、やばい。と思ってももう遅い。
上がったステータスの影響か、竹刀が中ほどで割れてしまった。
まぁ、殴った1体はそのまま倒れたから、ヨシ!
すぐに地面に目をやれば、明るい茶髪にピョコンと飛び出た小さなサイドテール。
そこにいたのは案の定、幼馴染の柊ことりだった。
「大丈夫か、ことり!?」
「れ、れお、にい・・・?」
「あぁ。とりあえず、待ってろな」
服は結構汚れてるけど、パっと見、傷はなさそうだ。
それに安堵しながら、残るもう1匹に向き直る。
正直さっきはなにも確認せず、勢いで殴ってしまったけど、こいつ、人間じゃないな。
頭はとんがってるし、眼球も黄色いし、なにより肌が緑色。
粗末なぼろ布みたいな服を着て、結構大ぶりのナイフを持っている。
ゴブリン・・・か?
「おい、4対1だぞ。逃げろよ」
(グギャ! グギャ!)
うん、言葉は通じなさそう。
ついでに言えば、逃げる気もなさそう。
ナイフを頭上に掲げて、ぴょんぴょん飛び跳ねている。
威嚇してる、のか?
「くっそ・・・」
対するこちらは、4対1とはいえ戦えるのは俺だけだろう。
さらに武器である竹刀もついさっき割れてしまった。
一応構えてはいるが、これで叩いてもそこまでの威力は望めないと思う。
(グギャー!)
「っ!」
容赦なく振り下ろされるナイフに、反射的に竹刀を合わせるが、当然あっさりと切断されてしまった。
知らず垂れてきた冷や汗を無視して、吠える。
「籠手! めぇぇぇん!!」
前に突き出されたナイフの手元を叩く・・・と見せかけて、脳天へ一撃。
(ギャ!? グギャ!!)
しかし、やはりリーチが足りない。
「くっそ・・・!」
やばいぞこれ。わりと本気でどうしようもない。
「ことり! 逃げろ!」
「えっ」
「俺が走ってきた方に上り階段がある!」
「れ、レオにいは!?」
「俺はっ・・・くっそ、あぶねぇなおい!」
会話の最中だろうが関係ないとばかりに振るわれるナイフをどうにかかわし、再度ことりへ呼びかける。
「いいから逃げろ! コイツやったら俺も行くから!」
「でもっ」
「友達もいるんだろ! 早く逃げろ!」
「・・・っ」
15年にもなる付き合いだ、見なくてもわかる。
泣きそうな顔で唇かみしめてるんだろうな。
それでも、ことりなら友達を優先するはず。
「ちゃんと来てよ、レオにい!」
・・・3人分の足音が遠ざかっていく。
(グギャ! グギャギャー!)
「おーおー、キレてるなぁ・・・来いよ、もうちょい相手してやるからさ!」
こちらの武器も壊れ、倒す手段はない。
しかしレベルアップのおかげか、なんとか相手の動きは見えている。
ことりたちが逃げる時間くらいは稼げそうだ。
・・・その後、俺、どうしようかなぁ。
10.
柊ことり。
道路を挟んだ反対側の家に住んでいる、まぁ、いわゆる幼馴染ってやつだ。
ことりが生まれてずっとの付き合いだから、かれこれ15年になるか。
小さい頃は人見知りも激しく、いつも俺の後ろをちょこちょこついて回るような、かわいいやつだった。
中学入ったあたりからかな・・・急に明るくなって、友達も多くなって、あんまり俺との接点もなくなってしまった。
今は中学3年、ちょうど受験のタイミングだけど、そういえばどこ受けるとかも知らないな。
「っとぉ! あぶねぇぇ!」
制服がだいぶ切り刻まれて、もうボロボロだ。
これじゃゴブリンの服装も笑えないぞ。
あまりにも懐かしい顔を見たもんだから、ちょっと現実逃避してしまっていた。
「ちっくしょ・・・いい加減あきらめて帰れよ・・・!」
(グギャ! グギャ!)
正直こっちはだいぶ限界来てるんだが、元気そうだなぁオイ!
(side:ことり)
レオにい・・・!
もうダメだと思ったのに、来てくれた!
絶望の象徴でしかなかったバケモノを一瞬で倒してしまったレオにいは、どこからどう見てもヒーローだった。
でもわたしたちを助けるために竹刀が壊れちゃって、もう1匹のバケモノに苦戦しているみたいで・・・
「・・・ことり?」
いつの間にか足が止まっていたわたしに、しいちゃんが声をかけてくれる。
「あ、ごめんねっ・・・」
「ことり、あんた・・・」
気づけばみいちゃんもわたしの顔を覗き込んで、心配そうな顔をしていた。
「あ、ほら! 階段! あったよ、すごい!」
「あ、うん・・・」
やっと見つけた上り階段。
てっきりみいちゃんもしいちゃんも喜んでくれると思ったけど、2人はわたしの顔をじっと見ている。
「な、なに・・・?」
「ねぇ、ことり」
「あんた、戻りたいんじゃないの? その・・・さっきの人の所」
「・・・」
戻りたい。
今すぐにでも戻って、なにかできることを探したい。
でも・・・
「ことり。 戻りたいなら、戻ろう?」
「えっ・・・」
しいちゃんの言葉に、期待・・・してしまった。
「だ、ダメだよ! 危ないよ!」
「ことり・・・」
そもそも、わたしが戻ったところでなにができるわけでもない。
むしろ邪魔になってしまうかもしれない。
レオにいのそばにいたい、っていうのは、わたしのワガママだ。
「・・・ことり、戻ろう!」
「えっ、みいちゃん!?」
さっきまで真っ青な顔だったはずなのに、今はもう後ろ・・・レオにいの方を見てる。
「な、なんで?」
「ウチらだけじゃ、この先どうしようもないでしょ? あの人を見捨てて助かっても、結局後で全滅だよ」
・・・びっくりした。
みいちゃん、そんなにちゃんと考えてたんだ。
「ことり、私もそう思う。それに、やっぱり・・・戻りたいんだよね?」
「・・・・・・・・・うん」
戻りたい。
そんなの当たり前だよ!
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