EP07-捌:死神の叫び


 稲光いなびかり


 そのフラッシュの中でさえ雄々しく立つ姿は、どこか本物の死神のように視えた。赤いマフラーなど、敵の返り血を浴びすぎてそうなったようにさえ思える。


貴方あなたはつくづく飽きさせないですね……」


 言葉にはしてみたものの、驚きも動揺も隠せてはいまい。


 まさかこんなに早く戻ってくるとは。昨夜の戦いで切り落としたはずの右腕も元通りに見える。しかも爆散したと思っていたバイクまで健在とは。


 だが、それだけだ。この〈N-X-0ネクス・ゼロ〉を攻略できるだけの力は感じられない。


 それなら、やることは一つだけだ。


もらいますよ? 貴方の全てを、ね‼」


 生成した槍を振り上げて飛び出す。


 蜷局とぐろを巻く先端には高純度のナノマシン。風雨をも巻き込み回転する微粒子レベルの兵装だ。触れれば確実に手足と胴体を分かつ一手。


HOPPERホッパー


 しかし、穂先ほさきを見ることもなく、高くび上がった宿敵。馬鹿ばかめ、そんなところに行けばどうなるか、忘れたわけでもあるまい。


 奴より上に小型の槍の群れを展開する。陣形は完璧だ。逃げ込めるすきなどない。


「この〈N-X-0ネクス・ゼロ〉に、何の策もなしに向かってきたことを後悔しなさい!」


 指を鳴らした瞬間に、穂先が銀の仮面を捉えた。弾丸のような速度で射出される武具たちが水滴を切り裂いていく。


「そんなものか?」


 刹那せつな、聞こえた声。それに重なって起こる眼前の現実に、目をく。


「武器を奪って、防御に使う……だと⁉」


 一発目、背中に当たるはずだったそれを腰から回転してかわしたと思えば、そのままつかを握って。続く二射以降も華麗にさばきながら落下していく。


 全ての攻撃を防ぎきって、何のこともなしと着地したその男は。


「今度はこっちから行くぞ」


 構えた槍と共に、この私を狙って地を蹴った。


 なるほど、自分のナノマシンを消費するよりも、私が錬成した武器を使った方が効率的だとでも考えたわけか。


めてもらっては困りますね!」


 システムが起動すると同時、顔面に迫った槍がちりとなって消えていく。


「ッ⁉」


「これが〈N-X-0ネクス・ゼロ〉、私が王になる為の力ですよ‼」


 両手に顕現けんげんさせたサーベルで斬りかかる。これだけの至近距離ならば、たとえ軽い剣でも防護に武装を使うはず。


HOPPERホッパー


 予想とは裏腹に、左足から地面をはじいて跳び退すさった敵は、着地してもなお次の攻撃に備えるように構えるだけ。


 おかしい。こいつの戦闘パターンからして、今の一撃は右腕の武装を展開して防御するはず。そうでなくとも、あんな無理矢理に回避するのは不自然だ。


 ということは。


「貴方、気付いていますね? この〈N-X-0ネクス・ゼロ〉の能力に……!」


 肯定でも否定でもなく、ただこちらをにらみつける赤い複眼。


 その悔しげな視線だからこそ、代わりに口にしてやろうと思えてしまうのか。


「そうですとも。〈N-X-0ネクス・ゼロ〉とは、自らのナノマシンを増長し、相手のナノマシンを無に帰すシステム。こと〈獣核ゲノム・コア〉を用いた戦闘において、これ以上ない反則級の能力! 長年の研究で、ついに私はこれを手に入れた!」


 何もできずに、ただ構えているだけの相手にとって、この説明こそ絶対の勝利宣言。


「私のナノマシンを使った武器ならダメージを通せると考えたのでしょう? でも残念でしたね。私自身が生み出した武器でも効果に変わりはありません」


 そう、どんなナノマシンであっても機能を停止させる。同じ〈ゲノム・チルドレン〉との戦いを見越して創り出したこのシステムには、一切の不備も墓穴もない。


「さて、どうします? まさか万事休ばんじきゅうす、なんておっしゃいませんよね?」


 挑発してやるが、動きはない。


 やれやれ、やはりこの素体は一年前のあの男とは根本的に違うらしい。


 あの男であれば、たとえ危険でも先制攻撃。そこで手酷い反撃を受けても、避けてかわしてすきを突いてくる。


 捨て身のくせに生存本能が強く。たった一つしか武装がないくせに、それを巧みに使いこなして全身を一つの武器へと変えてしまう。鋭利な剣にも、素早いブーメランにもなるあいつは、まさに変幻自在だった。


 それでも、同じところはある。


「止まっていると狙いたくなると、言ったはずですがね!」


 極太ごくぶとの槍を空中に展開する。昨夜のそれを超える大きさが一息に振り下ろされるのはほんの一瞬。そして、その向かう先は銀の仮面ではない。


「く……ッ⁉」


 バイクのところで動けないでいる坂上さかがみあいへと急転直下する槍。


HOPPERホッパー……Exterminationエクスターミネイション


 錐揉きりもみ状に回転しながらのキック。こいつの得意技だ。その横合いからの衝撃で二つに折れた武器が宙を舞い、着地した男は狩りをする野獣のようにこちらを見据える。


 なるほど、これで理解できた。


「今の一手……なるほど。貴方、他の武装が使えないんでしょう?」


 ぴくりと動いた指先の震えを見逃さない。なんだ、そういうことだったのか。


「大急ぎで腕を付け直し、ボロボロの身体でも無理をして来るなんて、健気けなげなことだ」


 守られた女の方が、信じられないといった表情で自らの従僕じゅうぼくを見つめている。


 対して、見られていることを知っていてもなお、銀の仮面はこちらから視線をらそうとしない。


「どうですか? こんな不毛な戦いは辞めて、私の軍門に下るというのは? 彼女の安全も保障してあげましょう。それとも、勝てない戦いを続ける意味があるとでも?」


 返答はない。しかし確実に精神的な摩耗まもうをしていることだろう。少なくとも、後ろで身震いしている女主人はそのはずだ。


 昨夜の一戦では完封され。無能なりに対処方法を考えてきたらしいが、結果的にこの戦力差はくつがえらなかった。


 設計者だからこそ理解できる、その意味と重さ。


「私としても、貴方がこちらに来てくれるなら歓迎します。先月の戦いでやっと気付いたんですよ、私には貴方が必要だったと」


 女の顔がうつむくのが見える。先ほど話した内容でも反芻はんすうしているのか。私の側に来るということが、どういう未来かと想像しているのだろう。


「この〈N-X-0ネクス・ゼロ〉こそ、真の王を名乗るに相応ふさわしい強さ! それを得たこの私に従属するなら、貴方も正義の仲間入りだ!」


 そうだ、こいつを使って私は玉座へと至る。そのためにも、ここで必ず手に入れる。


「断る」


 きっぱりと告げたその声は、どこか鋭くがれたナイフのようで。胸の奥深くに刺さったそれが抜けないまま。


「たとえオレがこの世にってはいけない悪でも、オレはお前を認めない」


 続けざまに投げられた言葉が、さらに心臓を鷲掴わしづかみにするような錯覚を起こさせる。


 何を言っているんだ、こいつは。私は何故なぜ、こんな戯言たわごとに動揺しているのか。


「お前がこの街に振りいた絶望の全てを、正義だなんて言わせない」


 沸々ふつふつと湧き上がった感情の名前が思い当たった。


 怒りだ。シンプルだが、とても看過できないほどの、憎しみ。


「貴様ごときに、私の何がわかる……!」


 気付けば武器が飛んでいた。大小も不揃いなそれらをかわす相手にだけ視線を送りながら、ほとんど無意識に新たな刀や槍を錬成する。


「私がこの街で、どれだけ死に物狂いで生きてきたと思っている⁉」


「ッ⁉」


 ほとばしる感情に合わさって、自動的に放たれていく攻撃が叛逆者はんぎゃくしゃを襲う。


「意味も分からず殺されかける痛みがわかるか⁉」


 避けきれないと判断したらしく、地面に突き刺さった一本を掴んで防御に専念し始める姿。しかし、そんなもので、私の口から流れ出すこの感情は止まらない。


「あの〈リトロ〉のようには回復できなかった私が、薬がなくなれば脳が停止するかもしれないと脅されたこの私が!」


 自分でも驚くほどにあふれかえる怒号と、呼応するように無限に生み出されていく武器の数々。


「必死に戦って、勝ち残って! それでも王になれぬと告げられた苦しみさえも、全てをこの仮面でおおい隠して!」


 奪った武装が粉々に砕けても、なお押し寄せる無情な連撃。


「諦めずに存在価値を証明してきた私の気持ちが、貴様などにわかってたまるか‼」


 かわす間もなく突き刺さる刃で、英雄気取りの銀の仮面が血赤に濡れる。


「少年っ⁉」


 女の悲鳴は、串刺しにされた哀れなスクラップには届いていないようで。


 最期の抵抗なのか、膝立ひざだちのまま沈黙する男は、それでも盾になるように両手を伸ばしていた。無意識にでも主人を守ろうとする騎士のつもりか。


「これでわかったでしょう? 貴方たちは私の強さに屈するしかない」


 投げかけた言葉も、聞こえていないのか。地面を濡らす雨粒の音だけが、この静寂せいじゃくを遠ざける。


「ミッションコード……解放……」


 不意に耳を打ったのは、かすれ切った男の声。


EMANCIイマンシ……PPPPピピピピ……ERRORエラー


 システムが、その発動を拒絶する。無理もない。白骨の剣や槍は、奴の首も手足も、力の源を制御するベルトにまで突き立ったまま。こんな状態で動くわけがない。


「ミッション……コード……変身……」


ERRORエラー


 足元まで近づいてみるとよくわかった。こいつはもう、何もできないんだと。


「ミッ、ショ……コ、ド……」


ERRORエラー


 壊れた玩具がんぐのように、同じ反応だけを繰り返す。なんて無様な存在だろう。


「もういい……少年、もういいから……」


 近づく体力も残っていないのか、女はただそこで手を伸ばしていた。落ちたマスクの下にあったのは、ぐしゃぐしゃの泣き顔。


 馬鹿な女だ。最初から〈スポンサー〉の言う通りに〈実験体〉を造っていれば、こんなみじめな姿をさらすこともなかっただろうに。


「ミッション……コード……!」


 どうしてか、荒々しい響きがした。


 もう何も残っていないはずの容器から無理矢理に一滴を絞り出すような、そんな幻が脳裏をかすめる。またその声は、かつて聞いた声に似ていた。


(へっ、そんなもんかい……〈ネクロ〉?)


 思い出されたのは一瞬。


 戦いの最中でさえ、圧倒的な劣勢を前にしてもなお、不敵に笑う男の声。




「……暴騒ぼうそう……!」




 自分が吹き飛ばされたのだと認識したのは、視界をふさいだのが泥だとわかった瞬間。


 起き上がった視線の先には、くれないの雨。


 それが膨大ぼうだいな量のナノマシンだと、眼下のシステムが識別する。


 なんて純度だ。我々よりも数段は劣るはずの一般枠の〈獣核ゲノム・コア〉で、ここまでのものが生成できるのか。


 気付くと、動かなくなったはずの敵が、ゆっくりと立ち上がるのが見えた。まだ剣も槍も刺さったままなのに、その動きはどこか悠然として、血の色じみた粒子のシャワーを受け続けている。


 その紅の奔流ほんりゅうが奴の背中に集結し始めた。形成された太く長い尾の両脇から無数のとげが突き出していって。


 最後の仕上げと言わんばかりに、銀の骸骨頭がいこつあたまの上から紅の仮面が貼り付いた。その有様はまるで化物が産まれる瞬間のようで。


 なんだ、この胸のざわめきは。どうして足の先が震えている。


 まさかこれは恐怖か。死神と呼ばれて恐れられたこの私が、おびえているとでも。




RIOTライオット




 ライオット。


 舞台の始まりを告げる鐘のように、高らかに鳴り響いたその名が意味するのは。


 暴動、だった。

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